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第三章 オンコジーン(変異)  6

 朝、朝日が昇ろうかという早い時間に出発した。

 とりあえず地図を片手に、なるべく人里離れた場所を目指して。

 とにかく捕まってはお終いだ。

 ありったけの武器と食料とを車に積み込み、ランゲルとは反対の方向へと進むことにした。

 

「悪かったな、こんなことになってしまって」

 世間では、彼女は人質として脅迫犯に連れ回されているとこになっている。

 悪者が俺一人であることは都合がよかったが。


「ううん。後悔はしてないから。もう、栗夏の顔を見るのもイヤだし」

 昨日の疲れも尾を引いている様子もなく、彼女の声は軽やかだった。

 運命の選択の後であっても、持ち前の明るさと、心の強さがうかがい知れる。


「せっかくだから、旅行気分で」

 どこまで逃げ切れるか分からないが、もしかするとずっと二人でいられるのかもしれないと、この時は真剣に考えていた。それに、逃げ切れる自身もあった。

 朱里という、守るべきものが出来た以上、どんな相手であろうと屈するわけにはいかない。


 いき行く街々では、車の中でも姿勢を低くし、なるべく顔をみられないようにして先を急いだ。

 大きな道路などでは検問も実地されているところが多く、地図に載っていないような小道やわき道を選び、人里離れた場所へと進む。

 ガソリンスタンドは、無人の所が何箇所かあり、人と接触することなく走り続けることが出来た。


 三日三晩走り、途中、車で過眠してきたが、さすがに朱里も限界に来ていた。

「ここら辺で休もうか」

 辺りは街灯すらない山奥。

 虫の声しか聞こえない。

 もう何時間も走っているが、家なども見かけていない人気のない場所だった。

 舗装された道からは随分離れ、砂利道が続く。


「そうね。こんな場所まで、警察などもこれないでしょうしね」

 やっと二人でゆっくりとした時間が取れる。本当は風呂などにも入りたいだろうが、贅沢はいってられない。

 昼間に、小川で体を清めるくらいが関の山だった。


「あっ、見て! 家があるわ」

 朱里の指差す方を見て見ると、うっすらと明かりが灯されている家が見えた。

 辺りは薄暗くなり始めており、霧が出てきていた。これ以上車を進めるのも限界だった。


 俺は車を明かりの点いている家の前に停め、木で出来た引き戸をノックした。

 今では珍しくなった藁葺きの屋根がどっしりとした、風情のある家だった。周りには、畑や田んぼが一面を覆っており、裏庭には、水路と水車が見える。

 明かりは障子越しに漏れ、中から煮物のいい匂いがしていた。

 

 しばらくすると、中からゴソゴソとした音が聞こえてきて、引き戸が開いた。

「お夕飯時にすみません。道に迷ってしまいまして。宜しければ少し休ませてもらえませんでしょうか」

 車のほうを見て、朱里がいることを知らせる。

 電線などがないので、テレビなどはないだろうと推測できたし、こんな山奥まで俺の指名手配の情報が流れてきているはずがないであろうと思っていた。


「まあ、それは大変でしたね。さあ、遠慮なさらずに中へどうぞ」

 中から出てきたのは、まだ若い娘だった。朱里よりもまだ若い、十五、六歳といったところだろう。

 朱里と俺とを招きいれ、座布団を用意してお茶を出してくれた。


 話によると、この娘さんのご両親は早くに他界し、祖父に育てられていたが、その祖父も病に倒れ、先日亡くなったということだった。身寄りもなく、どうしようかと悩んでいるという。

 祖父が病に倒れてからは、畑などの仕事も、家事も料理もすべて彼女が一人でやってきたので、食べるには困っていないという。


「今晩は泊まって行って下さい」

 久しぶりに話す同世代の女性の朱里を親密に思ってか、若い娘さんはとても親切にしてくれた。


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