第三章 オンコジーン(変異) 5
警察や警備員などの追従を免れ、ベタの街を出た。
行く先など決まってはいないが、俺の計画はここまでで、この後は成り行きに任せようと思っていた。
とりあえず、俺のアジトへと向かう。爺に知られていない隠れ蓑がまだあった。
そこなら、当分の間は見つからずに済むだろう。
車を走らせること四時間と少し、途中買い物に寄り食料品などを買い込み、アジトへと着いた。
辺りはすっかり暗くなり、ホッと一息つき、テレビをつけると、大変な騒ぎになっていた。
どのチャンネルも緊急特番として、朱里の誘拐騒動を報じていたのである。
煙幕の中、かすかに俺の顔が映っており、犯人として、全国へと一斉指名手配とされていた。
そして悲劇の主人公として、栗夏が涙ながらに訴えているのである。
「私の愛する人を返して下さい。非道な誘拐犯を私は決して許さない」
栗夏の演技も見事なものだが、朱里を思いどおりに出来ないという下心が見え見えだ。彼等にとって都合のよいことだけが真実なのである。
そして、彼等の追従を逃れるのは簡単な事ではなさそうだ。
「逃げ切れるのかしら」
朱里は不安そうな面持ちでテレビを見つめていた。
今まで箱入り娘として育てられてきた彼女にとっては、このような非現実的な境遇に戸惑っているのだろう。
「大丈夫。俺が命を賭けて守るから」
そう言いながらテレビを消した。真実は二人だけのモノで、それだけでよかった。
「でもこの街には俺の顔を知っている人が大勢いるからな。明日の朝には発とう」
朱里との二人の時間は愛おしく、いろいろな事について語り合った。家族のこと、結婚のこと、お互いの気持ち、そしてこれからのこと。
俺の身勝手でこのような形でしか朱里と一緒にいれないことが残念だったが、後悔はしていない。
「お誕生日おめでとう」
丁度十二時を回った時だった。
そう、朱里の二十歳の誕生日。本当であれば、今日は彼女の結婚する日でもあった。
お祝いにと、さっき買った小さなショートケーキ。
ロウソクに火をともし、二人の間に邪魔をするものは何もない。
そっと近づくと、朱里は静かに眼を閉じた。
熱い口付けは二人を包み込み、俺の心は朱里に包まれた。
決して結ばれてはいけない二人。出会ってはいけない異世界の臨界。
神の定めた順列には、決して背けない。