第三章 オンコジーン(変異) 2
万全の準備が整い、パレードが始まった。
盛大な空砲とラッパの音がけたたましく鳴り響き、ベタの朱里の家の前から大通りを抜け、大きな橋を渡り、一度アルフへと渡る。朱里と栗夏の二人はオープンカーへと乗り込み、待ち行く人々に手を振り愛想を振りまく。
警備は厳重を極め、大きな建物などには監視の者が多数配置されていた。
二人の結婚は、この国の将来をも左右する重大な意味を持つ。
アルフでは街を一周し、栗夏の城の前を抜け、再び大きな橋を渡ってベタへと戻る。皆が歩いてもついてこれるようなゆっくりな速度で、一日がかりのパレードだ。
その後、二つの街を見下ろせる高台のある教会へと行き、そこがゴールである。そして翌日、その教会で式が執り行なわれることになっていた。
俺は二人の車が、橋を渡ってベタへと戻って来た所で待ち構えていた。
丁度橋を渡りきった所に、使われていない三階建てのビルが建っており、屋上に見張りが一人いるだけであった。そしてビルの前の警備をしてるのがシーズだ。橋を渡った場所の警備の責任はシーズに任されており、屋上の見張りは麻酔銃で眠らせてある。
橋をゆっくりとこちらへ進んでくる車が見える。
その上には、栗夏と朱里が微妙な距離を保ちながら愛想を振りまいているのが見えた。
ウエディングドレスに身を纏った朱里は、すごく可愛いらしかった。
一族のために自分を偽性にし、夢も希望もない結婚を虐げられた彼女のことを思うと、胸が苦しくなった。
だが、それも今日もまでだ。
車が橋を渡り終え、空きビルの前に差し掛かった時に、爆発が起こった。
予め道の四方八方に仕掛けておいた煙幕だ。
風はそれほど吹いていなかったので、煙幕はもうもうと上へ上へと舞う。
煙は朱里達の乗っている車をすっぽりと覆い、周りにいる人たちまで巻き込んだ。
視界はほとんどない。眼を開けると煙が目に入り痛いので、眼も開けれない。
煙幕の少し前方に囮の爆弾が仕掛けてあった。
煙幕と同時にその爆弾も爆発するようにしてあり、皆の注意をそちらへ反らす。シーズがうまく誘導してくれていたので、警備員達は煙幕の中を、前方の爆発へと注意が向いていた。
「さあ、朱里。行こう」
俺は煙幕の中をゴーグルをしてそっと朱里の車へと近づいた。
朱里は手紙の指示通り、眼をギュッと固く閉じていた。
「き、貴様! なに奴だ」
煙に巻かれながら、必至に眼を開いている栗毛が横で息巻いている。
そして、拳をこちらめがけて振り上げた。
「お前に朱里を幸せにする資格はない」
カウンターで俺の掌が、栗夏の顎へとヒットする。そのまま栗夏は気絶した。
栗夏も相当訓練を受けており、身のこなしは一流のものだが、煙の前には成すすべなしであった。
「もう、思い残すことはないわ」
そう言って朱里は俺の手をギュッと握り返してくれた。それは彼女の選択だった。一族を捨てて、しがらみから開放されて、自由の身へ。自分の幸せのために。
朱里は俺の手からゴーグルを受け取り装着した。
「ルイ、生きていてよかった」
おもわず抱きしめたくなったが、今は時間がない。朱里を車から降ろし、すぐ脇にある空きビルへと滑り込んだ。