第三章 オンコジーン(変異) 1
世の平穏は続く。人々は毎日をただ過ごすことにだけ注力し、なるべく悩みなど少なくて済むように祈っている。
それらを横目に、一部の金持ちと権力者がのさばり、彼等の欲のために日々が浪費されていく。
明日は結婚式のパレードが行われる。そして明後日にはいよいよ結婚式の予定だ。
街はお祭りムード満載で、多くの旅行者や、各国のお偉いさん方、有名人が来ていると噂されていた。
普段見慣れない人々が多くなっているので、少しの変装で俺は街へと忍び込むことに成功していた。
解毒剤を手に入れてから三ヶ月、俺は姿を消していた。
誰にも会わず、誰とも連絡をとらず。
生きている痕跡を一切消し去って、この日を待っていた。
俺が解毒剤を手に入れ生きていることを知って、おそらく爺達が俺を必至になって探しているだろう。
俺はひたすら山奥へと入り、生き延びた。
そして決意した。生きる目的を手に入れるために。
「ミイフ、頼んだぞ」
俺は再びベタの地へと戻ってきた。そして計画を実行する。
地下組織の一件は全て闇に葬られたが、その真実を知るシーズとミイフは俺の味方でいれてくれたことが何よりも救いだった。
ミイフは信頼のおける運び屋だ。彼に計画の全貌を認めた手紙を、朱里へと届けてもらう。結婚式を前に、朱里の警備は一段と厳しいものになっており、一般人はおろか、ほとんどの人は彼女には近づけなかった。
だが、ミイフは運搬業者として朱里に近づける数少ない人の一人だったのだ。
「今度こそ年貢の納め時かもな」
そういって、二度目の晩餐を俺とミイフとシーズで酒を交わしていた。
地下組織の襲撃は、俺一人の単独行動ということになっており、シーズやミイフは疑われていなかった。だから、シーズの家にはあの時のまま、俺の車と武器弾薬が保管してくれていたのだ。
三人で飲むのも、これが最後であろう。
「まさかルイが生きているとは思わなかったがな」
酒に浸れるとシーズはいつものように上機嫌だ。
公には、俺は始末されたことになっている。罪状は朱里の暗殺を企んだとか。やつらにとって都合のよい解釈が正義なのだ。
「今回も、あんたらは無関係だ。知らぬ存ぜぬで通してくれ」
俺の身勝手な計画に、二人を巻き込むわけには行かない。
ミイフのお陰で、アルフの街の詳しい情報が得られた。
朱里と栗夏の結婚は予定通りだが、やはり韻一族は栗夏の一族の傘下へと入ることが確約されているようである。栗夏の一族は二十歳を迎えると栗夏一人に全ての権限を与えることになっており、栗夏が実権を握れば、ベタの街もどうなるか分かったもんじゃないと。
だが朱里は逆らえず、ただ、言いわれるがままに従うしかなさそうだという。
韻の一族が存続できるかどうかは、朱里の肩にかかっているのだ。それを知っている栗夏は、朱里を思いのままにするのであろうと民衆は気に病んでいるという。
その現実に耐え切れず、朱里は毎日泣いているという噂まであり、彼女は欝病になってしまったという噂もあった。
噂はあくまで噂だが、遠からずであろう。
このままでは、この国のためにもならない。
何より、朱里が幸せになどなれやしない。
俺たち三人は互いの意志を確認し合った。
「さあ、祭りが始まるぜ」