第一章 シグナル(刺激) 3
ジェネは絵卑家の一人娘だったのだ。
「部外者を入れていいのか?」
廊下などには至る所に監視カメラがあったが、ジェネの部屋には何もなさそうだ。
「あら、泥棒にでもなるの?」
俺が殺し屋であることは、ジェネがアジト来る前に、他言しないと約束させて話をした。彼女が裏切れば、消すだけだ。
どちらにせよ、ジェネは肝っ玉が据わっている。殺し屋を前にしても動じたりもしないし、俺の言うことを素直に聞き入れるだけの度量がある。視野が広いというか、もっと大きなモノを見ているような感じだ。
「どうして私がここを飛び出したのか、聞かないのね?」
自分の部屋でくつろぐジェネは、生娘の顔を覗かせる。まだ丸みを帯びた顔の輪郭は、これからの成長を匂わせる。きっと美人になるであろう。
「興味ないな。俺のターゲットにならにように祈ってるよ」
暗殺のターゲットといえば、汚い政治家か、どこかの金持ちと相場は決まっている。
今までに絵卑家をターゲットにしたことはないが、絵卑家の悪い噂も聞こえてこないわけではない。
「ルイに殺されるなら、それもいいかもね」
まだ若い彼女が、どのような立場で、これから自分の宿命を受け入れて生きていかなければならないことは一般人には想像もできない。だが、彼女は自分の運命以上に、人生を切り開いて行ける何かがあるような気がした。
「ありがとう、ルイ。幾ら払えばいいかしら」
そういって、彼女は財布を探していた。
俺は、綺麗に掃除され、整理整頓された広過ぎる部屋で、高級なソファーに腰掛けているのがどうも落ち着かなかった。
「いいよ。最初に3万もらったから」
殺し以外の仕事はなるべくしないようにしている。だから報酬をもらうのに気が引けた。
「いいか、俺に出会ったことは忘れるんだ。約束通りにな。じゃあな」
まさが、ジェネがこんな大金持ちの娘だとは思ってもみなかったが、なんとなく住む世界が違う人種なような気がしていた。
これで俺の任務は完了した。長居は無用だ。
「じゃ、代わりにこれ上げるわ」
そういって彼女が差し出したのは、正三角形の金属でできた板のようなものだった。純金ではなさそうだが、高価なものなのだろうか。手のひらにすっぽりと治まるくらいの大きさで、厚さは五ミリほどだ。
「この間散歩している時に裏山で見つけの。調べてみたけど、何かは分からなかったわ」
ジェネが調べたというのだから、それは最先端技術でもってしても、解読できないモノということである。
「成分は鉄と銅だから、たいしたお金にはならないと思うけど。記念に持って行って」
こうして、この三角形の金属の欠片は俺のもとへとやってきた。
そう、これが運命の始まりだった。
いや、運命はそのずっと前から始まっていたのかもしれない。
ほんの少しの偶然と、多くの必然と陰謀とに翻弄され、過酷な旅が始まろうとしていた。
「じゃあな。楽しかったよ」
俺はジェネの部屋を後にした。
来るときにサイレント銃で眠ってもらっていた警備員たちを起こさないように。よく見ると結構な数だ。
ジェネに教えてもらった裏道。メモの通り戻ると、何の問題もなく車の隠してある場所まで戻ってくることが出来た。
車に乗り込み、神の山『カプジ』を後にした。