第二章 プロセス(進化) 16
三時間ほどかかって、金庫を開けた。
だが、中にはいつもの資料と、現金が少しだけ入っているだけだった。
「どういうことだ」
リコによると、ここの金庫には解毒剤が入っているはずだった。
まさか騙されたのか。
内腔は小さな金庫なので、見落とすといったことはありえない。
ガチャ
突然、鍵を開けドアノブの回す音が聞こえた。
一瞬、緊張が走る。俺がここに来るということは、リコ以外知りえないはずだ。
気配を殺し、様子を伺う。
「だれかいるのか?」
少ししゃがれた太い声。まるで男のような風貌を好んでしているが、本当の容姿はとても綺麗だ。目鼻立ちがはっきりしており、外人とよく間違われるのも納得がいく。
そう、俺の妹として育てられたアデノだった。
「さすがだな。完全に気配は消していたつもりだったけど」
アデノに会うのは2年ぶりくらいだった。彼女の仕事は俺のやらない殺しを引き受けることだったので、直接会う機会はそれほどなかった。
「ルイ。あれ? もうすぐ病気で死ぬって聞いていたけど。元気じゃん」
俺が死んだ後釜は、アデノが殺しの仕事を引き継ぐ算段なのであろう。
だから、彼女がこの爺の金庫へ情報を取りに来たのも納得がいく。
俺とアデノは歳が近かったせいか、小さい頃から仲がよかった。
「ああ、もうすぐ死ぬんだ。下の金庫の鍵は持っているか?」
骨頭屋の地下室には、別の金庫があった。普段は使っておらず、長期保存されるような機密書類などを専用に入れておく金庫だ。骨頭屋には金庫は二つしかない。
「死ぬ前に、忘れ物を探しにきたんだ」
アデノが事の真相を聞かされていないのが幸だった。もし、知っていれば、彼女とも戦わなければならない。
彼女も俺と同じ訓練を受けており、相当手強い。出来れば殺し合いたくはない。
「死ぬ人が探し物ね。からかってるんでしょ、まったく。あるよ。はい」
そういって、アデノは下の金庫の鍵をよこし、番号も教えてくれた。
下の金庫はすんなりと開き、中には何種類かのバイアルのセットが入っていた。
これが解毒剤だ。
これで助かった。
リリリーン リリリーン
突然電話が鳴った。
この電話が鳴るのは、決まって爺からだ。アデノに連絡をよこしたのだろうが、俺がいることがバレてはまずい。発信機は朱里の家へ向かっているはずなのだから。
「はい。アデノです」
何もしらない彼女は受話器を取った。
俺はバイアルと注射器をボケットへと突っ込み、すぐに部屋を出た。
ここまで来て捕まるわけにはいかない。
この解毒剤が効いてくれれば、俺の命は継がれる。
下の金庫の中には、見覚えのあるものが入っていた。
そう、あの三角形の板のようなものだ。
朱里の持っていたものと同じ、石のような素材で出来ている。
俺は思わずその板も手に持ってきていた。
なぜここにあるのか分からないが、何かに引き寄せられるように、その板は俺の元へとやってきたのだ。
これで四枚の三角形の板がそろったことになる。
そう、運命への序章への足音が、もうそこまで来ていたのであった。