第一章 シグナル(刺激) 2
俺は中古の車にジェネを乗せ、彼女の家まで送った。
彼女の家は、国の保有する広大な山の中にあるという。
地図には、ただの山しか載っていないのだが、そこに住んでいるのだと。
この山の名は果布治(カプジ)という。
その昔、神々が住んでいたという言い伝えがある山であるが、信じているものはいない。
神の山に住む娘との出会い。
「いったい、何者なんだ?」
ジェネは素性を一切明かさなかったが、ただ者ではなさそうだ。
「行けば分かるわ」
彼女はまっすぐで素直な性格の持ち主なのであろうが、相当に気が強い。そのせいで、周囲との反発が必至なのであろう。
山の麓まで着いてからは、車を草むらに隠し、歩いていくことになった。
車ではすぐに見つかってしまうという。
警備員に監視カメラ、見張りの警備犬。侵入者を捕獲するための罠があちこちに仕掛けられているのだと。
ジェネはその多くを把握していたので、秘密の裏道を案内され進んだ。
「あの三本松を目印に、右へ」
「あの岩を目印に、東へ」
裏道は正確だった。俺は帰り道のためにメモを執りながらジェネの後を追った。
車を置いてから、約3時間、距離にして10kmほど歩いただろうか。
やっと城のような建物が見えてきた。
ジェネは疲れた様子一つ見せていない。毎日鍛えているのかもしれないと感心した。
「なんじゃ、こりゃ」
城というよりも、要塞。外からは窓一つ見えない。壁についている黒い点は、レーザーの発射口だという。
周囲が池になっており、一本のつり橋が渡されている以外、出入り口はない。
「どうやって入る?」
つり橋からは入れない、すぐに見つかってしまう。
誰にも見つからないように送り届るのが、今回の任務だ。
「つり橋の下を伝う。出来る?」
つり橋は鉄で出来ていた。そこで用意してきたがの、強力な磁石だった。左右一つずつ磁石を持ち、うんていの要領で、磁石を付けて外してを繰り返して渡れというのだ。
俺は、小さい頃から、過酷な訓練を受けてきた。ヒットマンになる為には、ありとあらゆる能力が求められる。中でも体力系は要だ。いろいろ訓練メニューがあるが、30Kgの重りを背負って懸垂100回というのもある。
だから、体重40kg前後のジェネを背負って、50m越のつり橋をうんていで渡るのは可能ではあるが、俺以外の普通の一般人ならば、きっと難しいであろう。
ジェネは、俺が渡れることを分かっていたのだろうか。
「しっかり捕まってろ」
橋の上には警備員が4人。見張り台の上に2人。
なるべく音を立てずに渡るには神経を使う。
難なく城へと渡り終え、警備員には気付かれず城の中に入ることが出来た。
要塞は、外見は古めかしく見えていたが、中は相当ハイテクだ。
玄関は指紋認証システム。
俺は、予め作っておいたジェネの指紋テープを付け、玄関はすんなり通過した。
「誰も傷つけちゃダメよ」
誰にも気付かれない、それが今回の約束だった。
俺が用意したのは、サイレント麻酔銃。弾痕が残らない特注品だ。
城の中に入ってから、警備員はサイレント銃で眠ってもらい、監視カメラは電磁波発生装置でノイズを起こしながら進み、ジェネの部屋を目指す。
大きな城の中は、まるで迷路だった。
隠し扉、トラップなどまである。
「EPI?」
城の中では、この文字の書かれた家具やインテリアを見かけた。
「そう、ここはEPIの屋敷よ」
やっと、ジェネの部屋にたどり着いたようである。
そこは、見晴らしのよい、最上階の部屋だった。
「EPIって、あの『絵卑』か?」
絵卑|(EPI)、それは国有数の財閥の一つである。機械工業系から、電子工学、医療にまでと幅広く手がけており、普段の生活でEPIの字を目にしないことはないだろう。
地図にすら載っていない城というのも納得が行く。
「そう。私の名前は絵卑慈恵音よ」
えぴじえね。それが彼女の名前だという。