第二章 プロセス(進化) 2
俺は正式に朱里のボディーガードとして雇用されることになった。
それは朱里の強い希望があってのことだと聞いている。
俺が朱里の命の恩人だということが、その理由であるのだが、本当は彼女を殺すことが目的だったのだ。
噂では、今までのボディーガードを務めていたサイモシンは重症を負い、入院治療を余儀なくされ、インフェももう一度特殊訓練を受けるために仕事を離れたということだった。
俺のような新参者が、朱里の第一ボディーガードになるのは異例の事だとか。
外出時には、常に朱里の傍らに付き添う。
「ルイ、これを見て」
ボディーガードを引き受ける条件として、俺の名前を『ルイスさん』と呼ばないこととした。
彼女が手にしているものは三角形の板のようなものだった。
「穴蔵であなたに頭を押さえつけられた時に、目の前に落ちていた物なの」
人目のあるところでは毅然とした振る舞いを崩さない朱里だが、俺と二人きりになった時には、別人のように親しく接してくれる。内緒の関係のような、そんな振る舞いがとても心地よかった。
だから、俺も同じように、二人きりの時はボディーガートは止めて素に戻るように心がけた。
「辞典とか調べたり、科学班とかにもあちこち聞いてみたんだけど、何かわからないんだって」
朱里の目はいつもキラキラ輝いており、たまに覗かせる八重歯がとてもかわいらしい。
あんまり顔が近づき過ぎた時には、わざとらしく離れる。監視カメラがいたるところにあるので、気を使った。
「あっ。俺のと同じかな」
驚いて、朱里の持っていた三角形の板を覗き込んだ。
手に取って比べてみると、大きさ形はまったく同じだった。
ただ、三角形の二辺にギザギザがついた凹凸があるのだが、よく見るとその凹凸が少し違う。
材質も少し違うようだ。
朱里の持っていた板は、肌ざわりがつるつるしており、石のような物だった。宝石のような類かもしれないが、朱里が調べてわからないということは、一般的な宝石ではないのであろう。ただの石かもしれない。
俺のは金属質である。同じ形でありながら、質感の異なるふたつの板。
いったい、何なのだろうか。
「ええ! ルイも持っているなんて! これって絶対運命だよ」
はしゃぐ彼女を横目に俺は二つの板に見入っていた。
俺は、運命などという言葉は信じていない。
多くの事象は予め決められているか、そうなるように仕向けられているだけだ。もしくは、なんの因果関係もなく影響を与えないもののどれかだろう。
だが、今回の朱里が見つけたものと、俺がジェネからもらったものが同じ形状だったのは、ただの偶然なのである。
「価値あるものだといいな」
いつの間にか朱里のボディーガードという仕事に万進している。
体も心も、彼女を守りたいという気持ちが芽生え始めている自分に気づいていたが、その気持ちをセーブする気にはなれなかった。それほどに、彼女との時間は愛おしく、そして心地よいものだったのだ。
俺はもの心つく前に捨てられ、爺に拾われ育てられた。だから、母親の愛情などはどんなものなのかも知らない。そして、殺し屋として厳しい修行の毎日だったので、愛などという世界とは無縁の生活を送って来たのだ。
「じゃ、二人だけの秘密ね」
朱里は二十歳の誕生日に結婚することになっている。その事実は変わらない。その日までに俺は彼女を暗殺する。
だが、今はその現実から目を背けるしかなかった。
日に日に近づく朱里との距離、膨らみ続ける想い。そして抑えがきかなくなりそうな欲望。
おそらく朱里もその事には気が付いている。そして、結婚しなければならないことも受け入れている。だからこそ、今この瞬間を精一杯楽しんでいるに違いない。
だが、彼女は一線を越えるようなことはしない。 俺と朱里が、いくら惹かれあっても、結ばれることはないのだろう。
彼女は、真面目で、優しい、本当に素敵な女性だった。