第一章 シグナル(刺激) 11
さて、朱里を家に届けるにしても移動手段がない。
朱里を助けるために慌てて飛び出したので、荷物などは車の中だ。
持ち物といえば、サイレント麻酔銃に、小型手榴弾があと2個、それに小銭が少し入った財布くらいしかない。
朱里も軽装で、カバンなども持っていない。
タクシーなども見つかりそうにない山奥だった。
偶然見かけたバス停の時刻表には、朝十時と、夕方四時のみと書いてある。
あたりは薄暗くなり、途方にくれた。
暗くなると、途中すれ違う車すらない。
なるべく遠くへ、町を目指して歩くより他なかった。
「大丈夫か」
朱里は限界に来ていた。それほど高くないハイヒールだったが、足に血が滲んでいる。
ちゃんと舗装されていない道を歩くことに慣れていないのだろう。
靴は砂埃で真っ白だ。
「ええ。大丈夫よ」
辛さを必至で押し殺し、笑顔を見せる。
「今日はこの辺で休んで行こう」
秋の夜は寒い。岩で出来た窪みのような場所を見つけ、そこで休むことにした。
木の枝や、落ち葉などを集めて、風を遮る防御壁を作る。
山肌と一体化し、寝床の区別はつかないよう迷彩を施す。
寒さに震えている朱里に、俺の上着を被せ、枯葉のベットへと寝かせた。
「それは……拳銃?」
俺が上着を脱いだ折、麻酔銃とホルダーが露わになった。
朱里の眼は困惑している様を映し出していた。
「ああ。俺はその……ボディーガードをしていたことがあって。これは拳銃ではなく、麻酔銃なんだ」
普通の人は拳銃など持ち歩いたりはしない。
拳銃を持っているとすれば、警察か、もしくは裏家業かのどちらかであろう。
「そうなのね。それで安心したわ」
安堵の表情を浮かべ、朱里はそのまま眠りに着いた。
俺は見張りを兼ねて、座ったまま過眠をとった。
ハクション!
「大丈夫?ごめんなさい。私のために」
さすがに寒くて風邪をこじらせたか。タンクトップのシャツ1枚では秋の夜には勝てないのかもしれない。
心配して朱里は眼を覚ました。
「大丈夫。さあ、寝ておかないと。明日も長旅になる」
朱里は頷いたが、体を起こした。
そして、そっと俺の首に手を回す。朱里の体の温もりが伝わってきた。
俺はスッと眠りに落ちていた。
それは温かい毛布に包まれているような、俺の心の闇を照らしてくれているような。
そんな気持ちだった。
ガサッ
すぐ近くで物音がする。
俺は、ハッと気がついて眼だけを動かし、辺りを見回す。
まだ朱里は俺の首に手を回したまま寝ていた。
枝と枯葉で作った防御壁のすぐ向こうに人の気配があった。
ボートは隠し、痕跡を残していないつもりではあったが、甘かったか。敵も素人ではなさそうだ。
俺は息を呑み、じっと動かずに待った。
どうやら、黒服のやつらが追ってきたようだ。
車を止め、こちらへ二人。反対側へ一人。合計三人の位置が把握できた。
朱里を起こさないように、サイレント式の麻酔銃の引き金を引いた。
ドサッ
目の前の一人の男が倒れこんだ。麻酔の効き目は約六時間。
事態に気ががついたもう一人の男が拳銃に力を込めながらこちらへと向かって来る。
防御壁の隙間から銃口のみを出し、もう一人の男も仕留めた。
「どうかした……」
朱里が眼を覚ました。何が起こっているかわからない様子だ。
俺は朱里の口を手で塞いで、敵がいることを合図した。
敵はあと一人。