黒き天使 第208話――母の願い
ここまで『黒き天使』を読んでいただき、ありがとうございます。
前回、組織は崩壊寸前となり、それぞれが新たな決断を下しました。
そして今回――物語はついにクリザードの王、アレスのもとへと進みます。
一人の母の願いが、戦争を止めるのか。
それとも、さらに大きな嵐を呼ぶのか。
ぜひ最後までご覧ください。
クリザードの戦争の間。
巨大な宮殿の奥深く――王の間。
そこでは、宴が開かれていた。
各惑星の王たち。
無数の将軍。
強大な軍勢。
杯が掲げられ、笑い声が響く。
それは――戦争前の祝宴だった。
XPへの侵攻を目前に控えた、勝利を確信した者たちの宴。
その最上段。
玉座に座る男。
アレス。
その周囲には、五人の妃たちがいた。
炎。
大地。
風。
水。
雷。
それぞれが、異なる圧倒的な存在感を放っている。
――その時。
扉が開いた。
轟音。
空気が震える。
笑い声が止まり、沈黙が広がる。
全員の視線が入口へと向いた。
――――
そこに立っていたのは、キラ。
その背後から、もう一人の女性が現れる。
ラウラ。
彼女は泣いていた。
身体は震え、今にも崩れ落ちそうだった。
ざわめきが広がる。
「戻ってきたのか……」
「王を捨てた女が……」
キラは中央で止まる。
しかしラウラは歩き続けた。
一歩ずつ。
玉座へ向かって。
そして――
膝をついた。
――――
「アレス……」
声が震える。
涙が止まらない。
「お願い……」
頭を下げる。
「オーディンが……ララを連れ去ったの……」
その瞬間。
広間が完全な静寂に包まれる。
ラウラは続ける。
「あなたはもう……リーを奪った……」
言葉が途切れる。
「これ以上……失いたくない……」
声が崩れる。
「ララまで失ったら……私は……」
涙が床に落ちる。
「自分で命を絶つ……」
空気が重くなる。
「彼女は……私のすべてなの……」
顔を上げる。
涙に濡れた目で、真っ直ぐにアレスを見る。
「もし……助けてくれるなら……」
わずかな沈黙。
「私は……あなたのもとへ戻る……」
広間がざわめく。
「もう一度……あなたのものになる……」
声が震える。
「だからお願い……」
その言葉は、かすれながらも確かだった。
「あなたの娘を……助けて」
――――
その静寂を破ったのは、炎の妃だった。
「図々しいにもほどがある」
怒りの炎が瞳に宿る。
大地の妃が腕を組む。
「この男が何を失ったと思っている?」
風の妃が冷笑する。
「彼の心を壊したのは、あなたでしょう?」
水の妃は静かに言う。
「これは個人の問題ではない……戦争の問題よ」
雷の妃がアレスを睨む。
「また同じ過ちを繰り返すの?」
「XPを見逃すの?」
「裏切られたのに?」
「子を失ったのに?」
ざわめきが広がる。
緊張が高まる。
――――
その時。
アレスが手を上げた。
「……黙れ」
低く、だが圧倒的な声。
一瞬で静寂が戻る。
――――
アレスはゆっくりと立ち上がった。
その存在だけで、空間が支配される。
「ララは……」
彼の視線がラウラに向けられる。
「俺に残された、唯一の娘だ」
沈黙。
その声には、重みがあった。
「俺は命じたはずだ」
拳を握る。
「お前たちには手を出すな、と」
瞳に怒りが宿る。
「だが――」
空気が震える。
「今度は違う」
その一言に、全員が息を呑む。
「誰も……生き残らせない」
――――
「違う!」
ラウラが叫ぶ。
「私たちの民は関係ない!」
前に出る。
「悪いのはオーディンだけ!」
涙を拭いながら訴える。
「殺すなら……彼だけにして!」
息を整える。
そして――
静かに言った。
「もし……まだ私を想うなら……」
広間が凍りつく。
「あなた一人で行って」
誰も動けない。
「軍を動かしたら……私は死ぬ」
その言葉は、真実だった。
――――
その時。
キラが前に出る。
ラウラの隣に膝をつく。
そして、手を握った。
ゆっくりと顔を上げる。
アレスを見る。
「これが見えるか?」
自分の腹部に手を当てる。
「この子は――あなたの孫だ」
広間が騒然となる。
アレスの目が見開かれる。
「……何を言っている」
低い声。
ラウラが答える。
「嘘じゃない」
「確かめれば分かる」
――――
三人の感応者が前に出る。
クリザードの感知能力を持つ女性たち。
彼女たちはキラに手をかざした。
目が光る。
沈黙。
やがて一人が口を開く。
「……間違いありません」
「生命反応を確認」
「そして――」
一瞬の間。
「アレス様の血を継いでいます」
――――
再びざわめきが爆発する。
妃たちが声を上げる。
「またか!」
「またあの女のために!」
「正気なの!?」
だが――
キラは動じない。
静かに言う。
「孫を見たいなら」
「そしてラウラを取り戻したいなら」
一歩も引かない視線。
「彼女の願いを聞け」
――――
沈黙。
すべての視線が、王へ向く。
アレスは目を閉じた。
わずかな時間。
そして――
口元がわずかに歪む。
「……いいだろう」
その一言で、空気が変わる。
「XPへの侵攻は中止だ」
広間が凍りつく。
彼は振り返る。
「俺が行く」
その背中から、圧倒的な力が溢れ出す。
「ここで待っていろ」
歩き出す。
「すぐに戻る」
――――
ラウラはその場に崩れ落ちた。
涙が止まらない。
だが――
その表情には、確かな希望があった。
戦争は止まったわけではない。
だが、一つの可能性が生まれた。
母の願いが――
王を動かしたのだから。
――続く。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
このエピソードでは、「母としての覚悟」と「王としての選択」を描きました。
ラウラの決断、キラの覚悟、そしてアレスの選択。
それぞれの想いがぶつかり合い、大きく物語が動き始めています。
次回はいよいよ――アレスとオーディン。
最強同士の衝突が描かれていきます。
引き続きよろしくお願いいたします。




