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――ええ、私からですけれど?

作者: あけはる


煌びやかなシャンデリアが天井を彩り、

王宮の大舞踏会場には華やかな音楽と香水の香りが満ちていた。


各国の貴族、騎士、商人、神官――王国の中枢を担う名士たちが一堂に会し、

この夜の中心人物の登場を今か今かと待っていた。


やがて、壇上に姿を現したのは、王国の第一王子、アルベルト・フォン・レイグラン。

そしてそのアルベルトとぴったりと密着して腕を組み、親密な様子で隣を歩く

純白のドレスを纏った少女、聖女リリィ・ミルディア。



婚約者ではない令嬢を伴って、公的な場に現れた第一王子。


その姿に、出席した貴族たちがさまざまな憶測を交し合うなか、

ゆっくり時間をかけ、中央まで歩をすすめた親密気な二人。


口元に薄く笑みを浮かべた第一王子アルベルトは、一呼吸置き、貴族たちをぐるりと見まわして

声高に宣言した。


「諸君、本日は王国にとって重大な決断を発表する場だ。

私、第一王子アルベルト・フォン・ハインリッヒは、この場を借りて宣言する!

 

――――セレナ・グランシェリ公爵令嬢との婚約を、ここに破棄する!


そして、この清らかで可憐な聖女、リリィ・ミルディアを、あらたに婚約者とする!」


場内は水を打ったように静まり返った。


幼いころから聡明で、マナーも完璧、

進学先の貴族学園では優秀な成績をおさめ、現在は生徒会長として学園生徒をまとめており、

その将来を期待され、”卒業後はぜひうちに”と、王国内の各省庁から推薦状が届いていると名高い令嬢セレナ。グランシェリ。


その、”完璧令嬢”セレナ・グランシェリが、婚約破棄された――――!


その事実をようやく飲み込んだ瞬間、会場内に怒涛のようなざわめきが巻き起こった。


そして人々の視線は、壇の前に一人で立つ女性――グランシェリ公爵家の一人娘、セレナに注がれる。



しかしながら、少女の表情は、一ミリの変化もない。

むしろ、アメジストのように輝く薄紫の涼やかな瞳が、アルベルトを真っ直ぐに見据えていた。


動揺のかけらもないセレナの瞳を見たアルベルトは、さらに声を荒げた。


「セレナ、お前のような傲慢で冷たい女を、私は最初から愛したことなどなかった! 

悪名高い“氷の令嬢”と呼ばれているらしいな!

人を見下し、他人の心など歯牙にもかけぬ。感情もない人形のような女が、

この第一王子である僕に、愛されると思ったか!?」


さらに彼は吐き捨てるように続けた。


「それに……リリィから聞いているぞ!

貴族学園で、俺の寵愛をうけるリリィを目障りに思い、彼女に嫉妬し、

何度も冷遇や嫌がらせをしていたと!

授業中にわざと彼女の答案を隠したり、昼食の席から追い出したり、彼女の靴に泥を塗ったり……。

平民出であるにもかかわらず、俺の寵愛を受けている彼女をねたんでいたのは、

誰がどう見ても明らかだったと!」


その言葉に場内がざわつく中、

隣に立つリリィはここぞとばかりに、アルベルトの腕に縋り付き、


「わ、わたくしは・・・毎日いじめられて・・・とても怖かったのです・・・!」


と涙目になってふるえている。

だがその扇に隠した口元は勝ち誇ったように、弧を描いていた。


侮辱と嘲笑とざわめきの中、

セレナは一歩前へと歩を進める。

そして冷静な表情のまま、ワイングラスを静かに置いた。




「……あら?それは奇遇ですわね」




 しんと静まり返った場内に、凛と響く声が割り込む。



「私も、ちょうど今夜この場で、婚約を取りやめさせていただこうと決めておりましたの」




その言葉に、貴族たちが驚きと困惑にざわつく。


―――――なぜ“捨てられた側”が、こんなにも堂々としている?


「何をふざけたことを、被害者ぶって同情でも誘うつもりか?」


 アルベルトが鼻で笑うが、セレナは一歩も引かない。


「いいえ、事実を述べているだけですわ。

 ……殿下。私の耳には入っておりますのよ?

 ああ、これ以上は、申し上げないほうが良いかと存じますが・・・」


「それがなんだというんだ、セレナ!

 お前が俺から愛されないことを妬み、陰湿にいじめたと、聖女であるこのリリィが証言しているのだぞ!」


自信満々にリリィを抱き寄せそう話すアルベルトに対し、


「私はリリィ様をいじめたことはございませんわ。

 助言をいたしましただけです、そこにおられるリリィ様は、その・・・婚約者のいらっしゃる貴族令息とあまりにも親密でいらっしゃったので・・・それも複数。」


冷静に切り返すセレナ。


「なっ、なによ!そっ、そんなデタラメ!嘘よ!」

「そうだ!リリィは先ほども、俺一筋だと言っていた!これは真実の愛なのだ!」


あくまでもセレナを悪者にしようとする二人に対し、セレナは新たな事実を告げる。


「真実の愛はかまいませんが・・・

 これは、殿下の名誉にもかかわりますので、言及すべきか迷いましたのですが。しかたがないですね。申し上げます。

 神殿からの供物――本来ならば貧しい民のために使われるべき聖なる品々を、リリィ様への私的な贈答品として流用していた事実。これは到底、見逃すことはできません。」


 そう言って、セレナは手にしていた封筒を取り出し、壇上に向けて高く掲げた。


「これが証拠です・・・!」


会場にどよめきが走る。


セレナが広げた書類には、アルベルトとリリィが密会していた日付や場所、目撃証言が記されていた。

加えて、それを裏付ける魔術印付きの証拠記録と、神殿供物の流出経路を示す、詳細な文書も添えられていた。


「そッ、そんなのはデタラメだ!」

「デタラメよ!ありえない!うぅッ・・・また私をいじめるのね・・・」


焦る二人を後目に、セレナは内容を読み上げていく。


「たとえば、三日前の夜。王宮裏門を抜けて、南の聖泉のほとりで密会。そこで交わされた会話――『もうすぐセレナを完全に追い出せる。あとは名家の令嬢の座も、名声も、すべてお前のものだ、リリィ』――と」


「や、やめろッ!!」


 アルベルトが怒鳴り、声を重ねる。

 顔を真っ赤にしてセレナを睨むが、もはや威厳など、どこにもなかった。


「殿下……っ」


 リリィもまた、青ざめた顔でアルベルトの腕にしがみつく。

 さきほどまでの余裕は消え失せ、唇がわなわなと震えていた。


 

 そのときだった。


 セレナの背後から、一人の男が静かに進み出る――


 銀色の髪を肩まで流し、鋼のような青い瞳を持つ青年騎士。

 その整った容姿はまるで絵画から抜け出したようであり、

 鍛え上げられた体躯は戦場で数々の勲章を勝ち取ってきた証。

 王国の防衛戦では最前線に立ち、竜討伐の功績をあげた英雄――――


 レオナルド・エインズワース。王国騎士団副団長にして、若き天才軍師と称される男。


 その威厳に満ちた佇まいに、場内の空気が一変した。


「セレナ・グランシェリ公爵令嬢からの陳情をうけ、王国騎士団の命により、

 調査を行った結果である。記録は全て正当な手続きにより収集されたものだ。

 内容に虚偽は一切ない。私が証人となろう。」


「れ、レオナルド……っ」


 アルベルトの声が震える。

 彼は昔からレオナルドを密かにライバル視していた。知性と武力を兼ね備えた美貌の辺境伯令息レオナルド。同年代ではあるが、貴族学園在籍時の成績は一度も勝てたことがなかった。


「なぜ、お前がここに……!」

「そ、そんな……どんな女にも靡かないレオナルド様が……!」


 リリィが青ざめたまま、呆然とつぶやく。


 レオナルドは一歩、セレナの隣に並び立つ。


「……まだ、彼女を貶めるおつもりか?」


 その低く鋭い声に、会場は再び沈黙した。



 セレナはゆっくりと壇上へと歩を進める。


「私の名誉を傷つけ、国を私物化しようとした者に、これ以上関わる義理はありません。

 よって、正式に”アルベルト第一王子の有責”にて、婚約をとりやめさせていただきます」


 その瞬間、静寂を打ち破るように、会場の一角から拍手が起こる。

 それは一人、また一人と広がっていき、やがて舞踏会場は喝采の渦に包まれた。


 ――勝者は誰か。それはもう、誰の目にも明らかだった。



  後日、聖女リリィは、神殿供物を横領した罪を問われ、神殿から追放された。

 アルベルト王子は王位継承権を剥奪された。




 すべてが片付いた朝、

 セレナは静かな王宮の庭園で、ひとりの騎士と向かい合っていた。


「これで、ようやく肩を並べられますわね」


 彼女がそっと呟くと、レオナルドは静かに微笑んだ。


「……いいや。セレナ。あなたは、最初から俺にとって眩しいほどの存在だった」


 手と手が触れ合う――それは、偽りから解放された、真実の始まり。



短く楽しめるものにしてみました・・・!

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