7:再会と不協和音の蔓延
石造りの巨大なホールには、陽光がステンドグラスを通して降り注いでいる。煌びやかなシャンデリアと、数百人の貴族の子弟が発する熱気で、国立魔法学園の入学式は厳かながらも華やかだった。
ティアリア・アルバレートは、壇上のマイクの前に立っていた。紺碧色の制服は、上質な仕立てであるにも関わらず、その小さな体躯にはまだわずかに余裕がある。
ティアは、壇上から広大なホール全体を見渡した。
まず、彼女の視線が捉えたのは、来賓席のさらに奥、警備に囲まれた特別席に座る王太子シエルだ。彼は3年生の学生として、今日ここにいる。
そして、王太子の斜め後ろ、まるで影のように控えるヴァルド・エインズワース宮廷魔導師長。
「……ッ!」
ティアの魔力が激しく反応した。
頭の奥で鳴り響く「不協和音」は、あの初めて会ったお姉様の誕生パーティの時よりも遥かに強烈だ。ヴァルドは顔色一つ変えていないが、ティアの感覚では、その存在自体が空間を歪ませる毒のようだった。
(これが、黒幕の視線……)
ティアは震えそうになるのをこらえ、深呼吸をする。
そして、挨拶を始めようと口を開いた瞬間、彼女の感知魔法は、新たな、そして決定的な情報を捉えた。
ホール全体に、薄く、しかし確実にヴァルドの魔力の残り香が張り付いている。それは、ヴァルド自身が放つ強烈な毒とは異なり、まるで低音のノイズのように持続的に存在していた。
(この魔力は、ヴァルドのものじゃない。でも、ヴァルドの術式だ……!学園内に、常駐している駒がいる……!)
入学式という公的な場で、ティアが最初に成し遂げたのは、学園が既にヴァルドの支配下にあるという事実の確認だった。
彼女は気付かないふりをして、堂々と新入生代表の挨拶を読み上げた。入学の喜び、勉学への意欲。完璧な言葉選びに、ホールからは拍手が沸き起こる。
壇上から降りる直前、ティアは最後に新入生席へと視線を向けた。
(いる……!)
新入生たちに紛れて、地味な制服に身を包んだナターシャ・バレリーが座っていた。以前と変わらない怯えた表情。彼女の身体の周りに漂う「不協和音」は、幼い頃一度だけティアが緩和魔法を使った時よりも、さらに濃く、粘着質になっていた。
ヴァルドはナターシャを隔離した上で、さらに支配を強め、この舞台へと放り込んだのだ。
入学式が終わると、ティアは姉のリルセリアとともに、廊下へと向かった。
「ティア、凄いわ!さすが公爵家始まって以来の天才ね!」
リルセリアは心から妹の偉業を誇りに思っている。
「お姉様には負けますわ。さあ、早く行きましょう」
ティアはリルセリアを先に歩かせ、視界から姉の姿が消えると、素早く角を曲がった。待ち伏せていたのは、最上級生の制服を着たレオンハルトだ。
「ティア、無事だったか。ヴァルドの視線が集中していたぞ」
「お兄様、大問題よ」
ティアは息を切らしながらも、簡潔に報告した。
「ナターシャは学園に来ている。そして、ヴァルドの魔力は、学園中に張り付いている。常駐の手下が確実にいるわ。たぶん、教師の中に」
レオンハルトの表情が硬くなる。彼は残り一年という卒業までの期限を思い、強く拳を握った。
「わかった。僕が卒業するまで、残り一年足らずだ。その間に、リルセリアを狙う駒を二人特定する。ティア、君はまず魔力を徹底的に隠せ。そして、不協和音の発生源を突き止めろ。それが、僕たちの最優先目標だ」
ティアは頷いた。
「はい。もう、見てるだけじゃない」
彼女の学園生活は、華やかなエリートコースではなく、危険な秘密の調査から始まったのだった。




