6:黒幕の封鎖と、運命への飛び級
ナターシャ男爵邸からの秘密の帰還から三日後の夜。
レオンハルトとティアは再び男爵邸を訪れた。ティアが感じた「緩和」の効果がどれほど持続するかを確認するためだ。
だが、邸宅の周囲の様子は一変していた
。
「……警備兵の数が倍になってるな」
ティアは茂みに隠れながら、警戒に当たっている兵士の数を確認した。王都警備兵ではなく、私的な雇われ兵だ。
「このまりょく……」
邸宅の敷地全体を覆うように、ティアの魔力を遠ざける無機質な防御魔術が張り巡らされている。それは、複雑で強固な結界というよりも、外界からの隔離を目的とした、ヴァルドの得意とする種類の術式だった。
「僕が調べた。ナターシャ嬢は『重い持病のため、人前に出ることを控え、静養に入る』という形で、公的な活動を全て停止させられたみたいだ」
レオンハルトの報告に、ティアの小さな拳が地面の土を掴む。
(ヴァルド……!私がナターシャに接触したことを確信したから、こんな手を……!)
わずかな介入で、ヴァルドは脅威を察知し、即座に贄を手の届かない場所へ封じ込めたのだ。ティアが運命を覆すための最初の「糸口」は、わずか三日で断ち切られてしまった。
「ティア。これではもう直接的な接触は無理だ。僕たちが動けば、父上と公爵家にまで疑いの目が向く」
ティアは唇を噛み締めた。その瞳に、悔しさと、そして更なる強い決意が宿る。
「……わかった」
◇◇◇◇◇
アルバレート公爵家は、ティアの狂気じみた努力の舞台となった。
国立魔法学園は五年制。通常は15歳で入学し、20歳で卒業する。
彼女が公爵令嬢として通常入学する年齢は15歳。だが、ティアは2歳下の13歳で入学する必要があった。学園こそが、リルセリアを間近で守り、ヴァルドの陰謀の証拠を見つけ、再びナターシャに接触できる唯一の場所だからだ。
その九年間、ティアは一日たりとも努力を怠らなかった。
日中は父から基礎魔術を教わり、夜はレオンハルトが秘密裏に持ち出す高度な文献を読み漁る。彼女の修行の目的は、単純な魔力増強ではない。
「感知魔法」でヴァルドの魔力の痕跡を寸分違わず見抜く精度。
「緩和魔法」で禁術の影響を打ち消す、純粋で繊細な魔力の制御。
そして、魔力を完全に隠蔽する「隠密」の術。
公爵家で「魔力の天才」と囁かれたティアは、13歳になるまでに、通常であれば15歳の優等生が持つべき知識と技術を全て手に入れ、2学年分の飛び級を果たすに至った。
一方、姉リルセリアは、王太子の最優先婚約候補者として、その美貌と才覚で社交界の注目を集めていた。
しかし、その瞳の奥には、どこか寂しさが漂うようになっていた。王太子からの情熱は感じられず、婚約話は進むものの、二人の間には常に冷たい壁が存在していたからだ。
そして、レオンハルトは公爵家跡取りとしての責務を果たす傍ら、学園の最終学年(5年生)として、密かにヴァルドの背後にある帝国魔術研究部門の情報を収集し続けていた。
(僕が卒業すれば、リルセリアを守る盾はいなくなる。ティアの飛び級が、唯一の希望だ)
◇◇◇◇◇
時が経ち、その日が来た。
リルセリア15歳。ティア13歳。
国立魔法学園の入学試験の結果が発表され、公爵家には驚きと歓喜の声が上がった。
「公爵令嬢ティアリア・アルバレート、史上最年少での飛び級合格」
そして、入学の日。
入学式の会場へと続く、華やかな貴族の子息令嬢の行列の中。ティアは、フリルの少ない、シックな紺碧色の制服に身を包んでいた。その隣には、純白の制服がよく似合う姉、リルセリアがいる。
ティアは、一瞬だけ、目を閉じた。
(お姉様、必ず守るわ。もう、後悔しない)
彼女は再び目を開き、その瞳に強い光を宿して、姉と並んで大扉をくぐった。
運命の舞台、国立魔法学園の幕が開いたのだった。




