47:黄金の婚約式
王宮『白金の間』は、今まさに王国の歴史に残る祝祭の絶頂を迎えていた。
天井からは魔導で生み出された光の百合が降り注ぎ、その一つ一つが地面に触れる寸前で弾けて、甘い香りを振りまいている。
重厚なファンファーレと共に大扉が開くと、そこに立つリルセリアの姿に、会場にいた全ての貴族が息を呑んだ。
「……信じられない。あれが本当に、あの公爵家の『大人しい令嬢』なのか?」
「まるで女神が降臨したようだ……」
月光を織り上げた銀のドレス。ティアリアの魔導演出により、彼女の歩みに合わせて影さえもが光り輝き、彼女をこの世ならぬ女神へと昇華させていた。隣を歩くシエルの瞳は、周囲の称賛など耳に入らないと言わんばかりの独占欲を隠そうともしない。
「リルセリア。君を一生、私の光として繋ぎ止めよう」
「はい、シエル様……。わたくしも、ずっとお側に……」
祭壇の前、シエルが懐から取り出したのは、シンプルなプラチナの指輪。だが、その中央に埋め込まれた『陽光の魔石』は、シエルの魔力を直接供給し、彼女をあらゆる害意から守る王国の至宝だ。シエルが恭しくその指輪をリルセリアの左手に通すと、二人の魔力が同調したかのように柔らかな金色の光が溢れ出した。
「おめでとう、リル! ああ、天使だ、女神だ……! 誰だ、あのアホ王太子に娘を渡すと決めたのは! 私だ! 私だが、やっぱりあと四年……いや、あと百年は早い気がするぞぉ……!」
最前列でテオドール公爵が鼻を真っ赤にして号泣し、侍従ベネディクトに「閣下、鼻水で勲章が汚れます。あと四年あると言ったでしょう」と宥められている。その隣で、母リディアは満足げに扇を広げた。
「当然の結果ですわね。私の娘ですもの。ティア、貴女の演出も最高だったわよ」
「お母様、お褒めに預かり光栄です」
ティアリアは事務的に答えつつも、その瞳には姉を救い出した確かな達成感が宿っていた。会場の壁際では、警備を統括するレオンハルトが鋭い眼差しで周囲を警戒し、その隣には正装の聖騎士カサンドラが立つ。
「レオンハルト、警備は万全だ。……それにしても、いい式だな。お前の妹は、本当に綺麗だ」
「ああ。……正直、仕事どころではないがね。カサンドラ、式の後は公爵邸で一番いい酒を開ける。君も付き合え」
「はは、聖騎士を酒で買収するか? ……喜んで受けよう」
幸せが飽和したような空間。だが、その隅で、リルの指輪を呪わしげに見つめる少女がいた。モンフォール侯爵家の長女、フェリシア。
「……信じられない。あの指輪。あんな女の指に、王国の至宝を嵌めるなんて……!」
フェリシアの瞳に、歪んだ嫉妬が灯る。彼女の隣で、兄のルイスフォルテ・モンフォールは相変わらず猫背でガタガタと震えながら、別の方向を見つめていた。
「あ、あの……フェリシア。もう、やめなよ……。それより、あの術式……。指輪とドレスを……並列起動させている……。あんな計算、この国で……誰が……」
ルイスフォルテは前髪の隙間から、会場の隅で事務的に指示を飛ばすティアリアを見つめていた。その金色の瞳が、魔導の輝きを反射して純粋に煌めく。
「お黙りなさい、お兄様! 私はあの女のメッキを剥がすと言ったのよ!」
フェリシアが会場を去った後、ルイスフォルテは吸い寄せられるようにティアリアの元へと歩み寄った。
「あ、あの……! す、すみません……」
事務的な顔で警備兵に指示を出していたティアリアが、怪訝そうに振り返る。そこには、背が高いのに消えてしまいそうなほどおどおどした青年が、顔を真っ赤にして立っていた。
「……何かしら? モンフォール家のルイスフォルテ・モンフォール様ね。お姉様に何か用?」
「ひっ、ち、ちがう……! 違うんです。……あ、あの、先ほどの、第三回路の……凍結遅延。あれ、僕の理論だと……あと0.02秒、早めることが……できるかも、しれなくて……」
ティアリアの動きが止まった。
彼女が独自の理論で秘匿していた高度な調整。それを、このおどおどした青年は一目見ただけで見抜き、改善案まで口にしたのだ。
「……貴方、今、何と言いましたの?」
「あ、う……あ、あの……僕、ルイスといいます。シエル殿下の……幼馴染、で……。貴女の、魔導構築を……もっと、見てみたくて……。あの、これ……僕が作った、通信用の……。…………ひいいっ、ごめんなさい!」
ルイスは、自作の魔導具をティアリアの手に押し付けるように渡すと、脱兎のごとく逃げ去ってしまった。残されたティアリアは、手の中の魔導具と、あの金色の瞳を思い出す。
(……私の知らないイレギュラー。前世では若くして亡くなったはずの、モンフォール家の影。……シエル殿下の幼馴染に、これほどの怪物がいたなんて)
ティアリアの心臓が、リズムを乱してトクンと跳ねた。




