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悪役令嬢にされたお姉様が○○されるのを断固阻止します!  作者: 夜宵
第三章 至宝の輝きと、鉄壁の守護者

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41:寄り道のミントと、解けゆく緊張

 帝国の脅威が去り、王都には穏やかな陽光が戻っていた。

 学園の騒動が一段落したとはいえ、事後処理という名の事務作業は山積みである。この日、ベネディクトとナターシャの二人は、レオンハルトの命を受け、魔導具の補充と消耗品の買い出しのために城下町の市場へと足を運んでいた。


 数軒の専門店を回り、腕には大きな荷物が抱えられている。ナターシャは疲れを見せないよう必死に歩調を合わせていたが、その額には薄っすらと汗が滲んでいた。


「……ナターシャ殿、少し歩き疲れましたか?」


 隣を歩くベネディクトが、足を止めて問いかけた。彼の表情はいつも通り冷静で、呼吸一つ乱れていない。だが、その視線はナターシャが左足を僅かに引きずり気味であることを見抜いていた。


「えっ! い、いえ! 全然大丈夫です、ベネディクトさん。まだ次のお店もありますし、早く戻ってティアリア様のお手伝いを……」

「……事務効率を維持するには、適切な休息が不可欠です。今の貴女は、集中力が十五パーセントほど低下しているように見受けられます。これは『実務上の問題』です」


 ベネディクトはそう断言すると、ナターシャの制止を待たずに、通りに面した小さなテラス席のあるカフェへと彼女を導いた。そこは、市場の喧騒から少し外れた、ハーブの香りが漂う静かな店だった。


「さあ、座ってください。五分、いえ、十分だけ休憩しましょう。……マスター、ここの特製ハーブティーと、今日の一番良い菓子を二名分」


 慣れた手つきで注文を済ませ、ベネディクトはナターシャの向かいに腰を下ろした。ナターシャは恐縮しながらも、差し出された椅子に腰を沈め、ようやく深い溜息を漏らした。


「……ありがとうございます。ベネディクトさんは、いつも完璧ですね。私のダメなところも、全部お見通しで」

「ダメなところなどありませんよ。……今回の帝国の件、貴女は本当によくやってくれました。ナターシャ殿がいなければ、通信の改竄も、あの結末も成し得なかった。それは、レオンハルト様もティアリア様も、そして私も……心から確信していることです」


 ベネディクトの言葉は、淡々としているがゆえに真実味がこもっていた。ナターシャは熱くなった目頭を抑えるように、運ばれてきたハーブティーの湯気を見つめた。


「……私、ベネディクトさんがいてくれなかったら、きっと途中で怖くなっていました。貴方の背中が、あんなに真っ直ぐで揺るがないから……私も頑張れたんです」

「……」


 ベネディクトは僅かに視線を逸らし、ポケットから銀色に輝く小さな小箱を取り出した。それは、彼が普段から携帯している事務的な飴の袋とは明らかに違う、細工の凝った高級な菓子箱だった。


「……ご褒美と言っては何ですが、これを受け取ってください。以前、ナターシャ殿が『ミントとカカオの組み合わせは、魔法のような味がする』とおっしゃっていたのを思い出し、手配しておきました」


 箱の中には、ミントの葉を模した繊細なチョコレートが並んでいた。ナターシャは目を見開き、震える指でその一粒を摘み取った。


「私の……あんな何気ない一言を、覚えていてくださったんですか?」

「……私は執事ですから。大切な協力者の好み(データ)を忘れることはありません」


 ベネディクトはそう言って視線を逸らしたが、その指先はわずかに震えていた。


 ナターシャがチョコレートを口に含むと、爽やかなミントの香りと濃厚なカカオの甘みが溶け合い、連日の徹夜で強張っていた彼女の心が、温かなお湯に浸かったように解けていく。


「ふふっ……。本当に、美味しいです。ベネディクトさんのおかげで、なんだか、魔法にかかったみたいに元気が出てきました」


 ナターシャが屈託のない笑顔でそう告げると、ベネディクトは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、静かに口を開いた。


「……魔法、ですか。……私はあいにくティアリア様のような魔導の才はありません。ですが、もし私の用意したこの一粒が、貴女の疲れを一時でも忘れさせることができたのなら……。それは、私にとってどんな高等魔術を成功させるよりも、意義のある『仕事』です」


 彼は「仕事」という言葉を使った。だが、その声のトーンは、いつもの事務的な報告のそれよりもずっと低く、深く、響いた。ナターシャはチョコを噛む手を止め、じっとベネディクトを見つめる。


「……ベネディクトさんって、本当にずるいです」

「ずるい、とは? 何か失礼な言動がありましたか」

「そんなに真っ直ぐな顔で、そんなに優しいことを言うんですもの。……私、もっと頑張らなきゃって思っちゃいます。貴方が支えるレオンハルト様に負けないくらい、私もティアリア様を支えられる、立派な魔導助手になりたいって」


 ナターシャのその真っ直ぐな向上心に、ベネディクトは僅かに目を細めた。そして、珍しく自分から彼女の手元のチョコ箱に指を添え、囁くように言った。


「……貴女は、今のままでも十分に、私にとっての『最高の戦友』ですよ。……いえ、それ以上の、何かなのかもしれませんね」


 不意に放たれた、限界ギリギリの賛辞。ベネディクトは自分の発言の気恥ずかしさに気づいたのか、慌てて空のティーカップを口に運んだが、その耳の端は隠しようもなく赤く染まっていた。


「……コホン。……さて、予定より数秒過ぎましたが、あと一分だけ休憩を延長しましょう。……貴女がそのチョコを、最後の一粒まで味わいきるのを見届けるまで、私はここを動きませんから」


 ぶっきらぼうな言い回し。けれど、そこには「君との時間を、理由をつけてでも引き延ばしたい」という彼なりの不器用な情熱が透けて見えていた。


 ナターシャは「……はい!」と幸せそうに頷き、一粒ずつ、大切に「魔法」を味わった。


 市場の喧騒が遠くに聞こえる中、二人の間に流れる時間は、どんな魔導具よりも甘く、そして温かな「信頼」という名の輝きを放っていた。

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