40:毒蛇の埋葬と、黄金の夜明け
翌朝、王都の港は、季節外れの冷たい海風に包まれていた。
学園の卒業パーティでの「公開処刑」を経て、罪人として拘束されたゼクス・ガレリアとその使節団を待っていたのは、煌びやかな送別会ではなく、鉄格子に近い窓を持つ帝国の軍艦だった。
タラップの前。泥を啜ったような顔で立ち尽くすゼクスの前に、シエル、ティアリア、そしてレオンハルトの三人が、勝利者として立ちはだかった。
「……殺せ。こんな辱めを受けるくらいなら、いっそここで私を斬れ!」
ゼクスが震える声で叫ぶ。昨日の「上映会」により、彼の名は王国の歴史に「卑劣な拉致未遂犯」として永遠に刻まれた。もはや王子としての威厳など微塵も残っていない。
そんな彼を、シエルは憐れみすら混じった冷徹な瞳で見下ろした。
「殺す価値もない。……ゼクス、君は一つ大きな勘違いをしている。君は『聖女を奪えば王国は崩壊する』と思っていたようだが、今のこの国に、君が入る隙間などどこにもないのだよ」
「……何だと?」
「君がこの一ヶ月、我々に監視されながら必死に書き溜めていた『聖女の弱点レポート』。……あれは今頃、君の本国の皇帝の元に届いているはずだ。……ベネディクト」
シエルの合図に、一歩後ろに控えていたベネディクトが、一枚の書状の写しを取り出した。
「はい。ナターシャ殿の協力により、通信内容はすべて書き換えさせていただきました。現在の帝国本国では、『ゼクス王子は王国の罠に嵌まり、帝国の最高機密を漏洩させた挙句、精神に異常をきたして無能を晒した』という報告が公式記録として受理されております」
ベネディクトの事務的な、それでいて容赦のない声が響く。
「さらに、レオンハルト様が作成された公式抗議文も同時に受理されました。……内容は、今回の不祥事に対する巨額の賠償金、および国境付近の利権譲渡。……そして、『ゼクス王子の継承権剥奪』の要求です」
「な……ッ!?」
ゼクスの顔が、土気色を通り越して真っ白に染まる。
「お前の席は、もう君の弟君のものだ。……帝国は君という『失敗』を切り捨て、賠償金を払うことで王国との全面戦争を回避する道を選んだよ。君が夢見た『侵略』のシナリオは、一行残らず書き換えられたのだ」
シエルの言葉に、ゼクスは膝から崩れ落ちた。
前世で彼が蹂躙したこの国は、今や彼の野望を打ち砕く強国へと変貌していたのだ。
「さようなら、ゼクス殿下。……二度と、私のお姉様の視界に入らないでくださる?」
ティアリアが、軽蔑を込めて背を向ける。
タラップを無理やり引きずられていくゼクスの背中に、王国の民衆からの罵声が浴びせられた。
出港する軍艦を見送りながら、シエルは隣に立つリルセリアの肩を抱き寄せた。
「……終わったな、リルセリア」
「ええ、シエル様。……でも、少しだけ悲しいですわ。あの方も、もっと別の形で出会えていれば……」
どこまでも優しいリルの言葉に、ティアリアは苦笑して首を振る。
「お姉様、それは甘すぎますわ。……でも、その甘さを守るために、私たちがいるんですものね」
朝日が昇る海。
前世の悲劇を塗り替えた一行の影が、黄金色の波間に長く伸びていた。
王国の未来は、もはや誰にも邪魔させない。若き知略家たちは、清々しい表情で、自分たちの守るべき日常へと歩き出した。




