39:氷の処刑台と、毒蛇の終焉
国立魔法学園の卒業式は、厳かな静寂の中で午前中に幕を閉じた。
午後からの謝恩パーティー。華やかに着飾った下級生や卒業生たちがホールに集う中、壁際で死んだ魚のような目をしている一人の卒業生がいた。
「……レオンハルト様、顔色が優れませんね。シャンパンをお持ちしましょうか?」
「いや、いい……ベネディクト。ただ、少し眩暈がしただけだ」
レオンハルト・アルバレートは、自身の卒業証書を重そうに抱え、深く溜息をついた。
「……思い返せば、最終学年のこの一年。私は一体何をしていたんだ? 帝国との外交問題、暗号の解読、ゼクスの監視、そしてティアリアの無茶振りの数々……。それだけじゃない。ロレンツォ教官が崩壊した直後には、奴の金銭的不正とヴァルドの関与を示す送金記録を精査して、王室へ秘密裏に提出しなければならなかった。ヴァルドの悪事の情報収集に、ナターシャの家のバレリー男爵家への不当な債務請求を無効化させる法的手続き……。学園生活の記憶がまったくない。私は今日、本当に卒業したのか? 幻覚ではないのか?」
「実務に忙殺されるあまり、青春の記憶がすべて『仕事』で上書きされてしまったのですね。……お労しや。ですが、今日がゼクス王子の滞在最終日。これが終われば、ようやく『通常業務』に戻れます」
「……それが唯一の救いだ。さて、最後の仕事を終わらせるとしよう」
レオンハルトが気を取り直したその時。パーティーの主役であるシエルが、リルセリアの手を取ってダンスフロアの中央へと歩み出た。王国の希望を象徴するような二人の姿に、会場中がうっとりとした溜息をつく。
ホールの中央、シエルの手を取って優雅に踊るリルセリア。その美しさが最高潮に達した瞬間、突如として会場の明かりがすべて吹き消された。
「――っ、何だ!?」
「きゃあああ!」
暗闇の中、爆発的な紫の魔力がホールの壇上に集中した。
ゼクスが、帝国に伝わる禁忌の転移魔導具を起動させたのだ。監視の目を盗み、自身の心臓に魔力を直結させるという、命を削る狂行。その狙いは、混乱に乗じてリルセリアを強制転移させ、帝国へ拉致することにあった。
「くははは! シエル殿下、貴公の負けだ! 聖女は帝国が、この私が貰い受ける!」
紫の触手のような魔力がリルセリアに絡みつこうとしたその時、暗闇を切り裂く「銀の閃光」が走った。
「――お兄様の卒業という門出を台無しにするなんて、万死に値しますわ」
冷徹な一喝。
次の瞬間、ホールは昼間のような眩い光に包み込まれた。しかし、それは照明魔法ではない。ティアリア・アルバレートが展開した、絶対零度の結界術式――『氷鏡の処刑台』から放たれる魔力の残光であった。
全校生徒が見守る中、壇上のゼクスは身動き一つできずに固まっていた。彼の足元から胸元にかけて、透き通るような、しかし鋼鉄よりも硬い氷の蔦が、その身を完全に拘束している。
「な、なんだこれは……!? 帝国の転移術式が……無効化された……!?」
「無効化ではなく、上書きしたのですよ。貴方が心臓の鼓動に合わせて術式を組むことなど、一週間前の解析で予測できていましたわ」
ティアリアは、観覧席からゆっくりと、優雅に壇上へと歩み寄った。彼女の指先が虚空をなぞると、ゼクスを縛る氷がさらに鋭く、その喉元を突き刺すように形を変える。
「宮廷魔導師として、そしてリルセリアの妹として宣告します。……学園の神聖な式典を汚し、我が国の令嬢を拉致しようとした貴方の罪は、もはや万死に値しますわ。……いいえ、死なせはしません。生きながらにして、己の無能さを世界に晒すがいい」
ティアリアが杖を地面に叩きつけると、ゼクスの背後に巨大な氷の鏡が現れた。そこに映し出されたのは、ゼクスが裏で糸を引いていたこれまでの工作の全容――ゴーレムの暴走指示から、リルへの精神干渉の記録まで――が、すべての生徒と教師たちの前で「上映」されるという、究極の公開処刑であった。
「やめろ……やめろぉぉぉっ!」
ゼクスの絶叫が響き渡るが、ティアリアは一瞥もくれない。
壇上の脇からは、既に逃走経路を封鎖したカサンドラとレオンハルトが現れ、ゼクスの部下たちを次々と取り押さえていく。
「往きなさい、哀れな王子。貴方の居場所は、もうこの学園にも、この国にも……そして貴方の祖国にもありませんわ」
ティアリアの冷たくも美しい瞳が、絶望に染まったゼクスを映し出す。
全校生徒の冷ややかな視線と、嘲笑。かつて「帝国の至宝」を自称した男は、今や舞台に曝け出された、滑稽な操り人形に過ぎなかった。




