33:相容れぬ守護者たち
ガレリア帝国の第一王子、ゼクス・ガレリアが「親善」の名の下に王都へ滞在し始めてから、数日が経過した。一ヶ月という限定された猶予は、アルバレート公爵邸、そしてこの王立学園に、終わりなき神経戦のような緊張感をもたらしていた。
学園を彩る瑞々しい緑の回廊。リルセリアを中央に挟み、シエル・フォン・アスラニア王太子と聖騎士カサンドラが並んで歩く光景は、もはや学園の「日常」の一部と化していた。しかし、その内実を知る者がいれば、あまりの魔圧の激突に近づくことすら躊躇うだろう。
「……リルセリア、顔色が優れないようだ。やはり、昨夜はあまり眠れなかったのかい?」
シエルは、触れるか触れないかの繊細さでリルセリアの肩に手を添え、低く、甘く囁いた。その瞳には、最愛の婚約者を労る深い慈愛が宿っているが、同時に、数歩後ろを歩く「毒蛇」への苛立ちが隠しきれずに滲んでいた。
「まあ、シエル様。わたくしなら大丈夫ですわ。ただ、少しだけ……皆様の視線が熱くて、落ち着かないだけですから」
リルセリアは困ったように微笑む。彼女が歩くたび、周囲の生徒たちは期待と畏怖の入り混じった溜息を漏らす。だが、シエルにとってその視線はすべて、彼女という「至宝」を侵食する毒に等しかった。前世で彼女を失い、血の涙を流した記憶が、彼の魂を執拗に突き動かす。
「今度こそ、誰にも彼女を奪わせない。たとえ神であってもだ」――その独占欲は、日を追うごとに鋭さを増していた。
「君は優しすぎるんだ、リルセリア。……おい、背後の。いつまでそこにいるつもりだ」
シエルが氷のような視線を背後へ飛ばすと、そこには優雅に歩くゼクス、そして彼を監視する名目でリルセリアの真後ろを固めるカサンドラがいた。
「殿下。その『背後の』という呼び方、私をも含んでいるのであれば、聖教会に対する明白な侮辱と受け取りますが?」
カサンドラが、銀の長剣の鞘をカチャリと鳴らした。金属が擦れ合う冷たい音が、回廊に鋭く響く。彼女にとって、シエルのリルセリアに対する過保護は、愛ではなく「支配」という名の不浄な執着に見えていた。
「教会の聖騎士殿。君は少し、リルセリアとの距離が近すぎるのではないか? 彼女は私の婚約者であり、将来のアスラニア王妃だ。護衛といえど、王族の私的な領域に土足で踏み込むことは許されない」
「私にあるのは、彼女をあらゆる災厄から遠ざける義務だけです、殿下。……たとえそれが、婚約者である貴方の歪んだ独占欲であっても、私は容赦しません。リルセリア様が健やかに、そして自由に呼吸できているか。私の剣はその一点のためにのみあります」
カサンドラの物言いは、相手が次期国王であろうと一切の容赦がなかった。彼女の正義は教典の中にあり、シエルの正義は執愛の中にある。二人の間に走る亀裂は、もはや修復不可能なほどに深まっていた。
板挟みの形となったリルセリアは、さらに困り顔で、後ろを歩くもう一人の「招かれざる客」を振り返った。
「ゼクス様……。その、本日はお天気が良いですから、あまり難しいお話はなさらずに、中庭の噴水でもご覧になりませんか?」
「くく……。これほどまでに愛されている貴女は、実に幸福な女性だ。……ですが、あまりに強い光は、時として周囲を焼き尽くし、自身をも焦がしてしまう。少し、心配になりますね」
ゼクスはそう言って、優雅に、けれど計算された仕草でリルの視線を絡め取った。彼の言葉は常に暗示的で、聞く者の不安を巧みに煽る。そのたびにシエルの魔力が青白い火花を散らし、カサンドラの瞳が処刑人のように鋭く光る。
この不毛な睨み合いが、ゼクスが滞在する一ヶ月間、二十四時間体制で毎日続く。シエルはヤキモキとする自分自身を呪いながらも、その手をリルセリアの腰に回し、強引に彼女を引き寄せた。
「……私の庭から、一歩も出させたくないな」
シエルの本音が漏れ、回廊の空気が一気に重くなる。
その光景を、物陰から冷ややかに観察していたティアリアは、手元の魔導手帳に記録を付けながら、小さく溜息をついた。
(シエル殿下もカサンドラ様も、もう少し冷静になっていただけないかしら。お姉様が困っていることにも気づかないなんて。……でも、おかげでゼクスの視線がどこを向いているかはっきりしたわ)
ティアリアの瞳には、感情に流される「守護者たち」とは対照的な、冷徹な分析官としての光が宿っていた。毒蛇が牙を剥く瞬間を、彼女は一秒たりとも見逃すつもりはなかった。




