32:学び舎の再会と、嵐を呼ぶ見学者
ヴァルド・エインズワースの失脚という激動を経て、一時休学していたティアリアとリルセリアの姉妹は、ついに王立学園へと復帰した。
馬車から降り立つ二人の姿に、登校中の生徒たちが一斉にどよめく。一人は、国を救った「聖なる光」の象徴として。もう一人は、史上最年少で「宮廷魔導師」に上り詰めた若き天才として。学園の空気は、彼女たちの帰還を祝福すると同時に、得体の知れない熱量に包まれていた。
「お姉様、大丈夫ですか? 少し人が多すぎますわね。気分が悪くなったらすぐに仰ってください」
「大丈夫よ、ティア。みんなが温かく迎えてくれて、わたくし、とても嬉しいわ」
リルセリアはいつもの穏やかな笑みを浮かべるが、ティアリアは油断なく周囲に認識阻害の結界を薄く張り巡らせていた。今のリルセリアは、王国にとっての至宝であると同時に、他国にとっては喉から手が出るほど欲しい魔力資源なのだ。
そんな中、学園の視察という名目で、招かれざる客が同行していた。帝国の第一王子、ゼクス・ガレリアである。そして彼を「案内」するという建前で、シエル・フォン・アスラニア王太子もまた、鋭い視線を隠さぬままその隣に立っていた。
「ほう……。王国の学園は、石造りの校舎こそ古いが、漂う魔力の質は悪くない。特に、あそこに咲く花のような令嬢が放つ輝きは、帝国のどんな宝石よりも眩しい」
ゼクスが芝居がかった仕草でリルセリアを指し、シエルに向かって挑発的に微笑んだ。
「ゼクス殿下。我が国の『至宝』を花に例えるのは結構だが、摘み取ろうなどとは考えないことだ。その花には、君のような毒蛇を容易に焼き払う、苛烈な守護がついているのでね」
シエルの声は低く、氷のような冷徹さを湛えていた。二人の男性の間には、物理的な衝突こそないものの、魔力とプライドが激突する音が聞こえそうなほどの圧力が生じている。
「愛の守護、というやつかな? だがシエル殿下、愛だけでは至宝を磨き上げることはできない。帝国なら、彼女の力を百倍にも千倍にも引き出す設備と環境を用意できる。……彼女を、小さな鉢植えで枯らすつもりかい?」
「枯らす? 冗談はやめてもらおう。彼女が望むなら、私はこの国すべてを彼女の庭にしてみせる。……君のような略奪者に、彼女の本当の価値を語る資格はない」
シエルとゼクスが、リルセリアを挟んで一触即発の口撃戦を繰り広げる中、ティアリアは、お姉様を護衛(という名の監視役として同行していたカサンドラ)に任せ、足早に自身の聖域へと向かっていた。
◇◇◇◇◇
学園の奥深くに位置する、オルセン教授の研究室。そこでは、別の意味で熱い「戦い」が繰り広げられようとしていた。
「――っ、これはひどい! 術式の組み方が実に卑劣だ! だが、この吸収回路の連結部分は実に興味深い……!」
オルセン教授が、ティアリアの持ち込んだ『海神の涙』を拡大魔術で投影し、興奮のあまり鼻息を荒くしていた。その隣では、王城から機材を抱えて駆けつけたナターシャが、手際よく魔力波形のグラフを空間に展開している。
「ティアリア様、見てください。この三層目の隠し術式、身につける者の感情が高ぶった瞬間に、強制的に魔力を吸い上げるよう設定されています。……これ、ゼクス王子は『安定のため』と言っていましたが、実際には『聖女を脱力状態にする』ための罠ですね」
「ええ、予想通りだわ。でもナターシャ、この変換効率を見て。吸い取った魔力を、どこか特定の座標へ転送している形跡があるわ。オルセン教授、この座標、帝国の秘密研究所か何かに繋がっていませんか?」
「ふむ……。少し待ちなさい、今逆探知の術式を組む。……ナターシャ君、そこの霊素触媒を持ってきてくれ! ティアリア君は変換式の解読を頼む!」
「分かりました! オルセン教授、この第七階梯の封印は私が解きます。……さあ、毒蛇の尻尾を掴んでやりましょう」
研究室の中は、最新の魔導理論と古い知識が入り混じり、ワチャワチャとした、それでいて極めて知的な喧騒に包まれていた。
学園の庭園で繰り広げられる「美しき男たちの権力闘争」など、彼女たち魔導オタクにとっては、この『未知の術式』を解明する喜びに比べれば、些細な出来事に過ぎなかったのである。




