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悪役令嬢にされたお姉様が○○されるのを断固阻止します!  作者: 夜宵
第三章 至宝の輝きと、鉄壁の守護者

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30:不遜なる王太子と、鉄の聖騎士

 翌日の午後。アルバレート公爵邸の広大な庭園には、昨夜の静寂とは打って変わって、火花が散るような緊張感が漂っていた。


 事の端端は、護衛も連れずに、まるで自分の庭を歩くかのような足取りで現れた男――王国王太子、シエル・フォン・アスラニアを、教会の聖騎士が真っ向から阻んだことにある。


「――止まれ。これ以上の接近は、聖女守護騎士団の名において許可できない」


 抜剣こそしないものの、カサンドラの手は銀の長剣の柄に深くかかっていた。彼女の瞳にはただ、守るべき「至宝」を狙う不届き者を見るような、冷徹な光が宿っている。


「おや。教会から遣わされた『番犬』というのは、君のことかな?」


 シエルは不敵に微笑み、カサンドラが放つ鋭い殺気を柳に風と受け流した。その整った容姿には、王族特有の傲慢さと、愛する者への執着が混ざり合った、危うい色香がある。


「私はこの国の王太子、シエル・フォン・アスラニアだ。婚約者であるリルセリアに会いに来て、なぜ他組織の騎士に止められねばならない。……少し、分を弁えたまえ」


「殿下であろうと関係ありません。リルセリア様は今、心身の安定を必要とされている。俗世の、それも政略の匂いがする貴方との接触は、彼女の純潔な魔力を乱す恐れがある。即刻、お引き取りを」


 カサンドラの物言いは、王太子に対しても一切の容赦がなかった。彼女にとって、主は唯一無二の神と、その力を宿した聖女のみ。王国の権威など、教会の前では二の次に過ぎないのだ。


 一方、庭園の東屋でその様子を眺めていたティアリアは、公爵邸の侍女が淹れた紅茶を楽しみながら、密かに口角を上げていた。


(あら、いいわね。シエル殿下をあそこまで真正面から拒絶できる人は、お父様以外に初めて見たわ)


 王城の研究室であれば、今頃ナターシャが横で「ティアリア様、よろしいのですか?」とハラハラしながら茶を注いでいただろうが、ここは公爵邸だ。ティアリアは独り、その光景を贅沢な見世物として楽しんでいた。


 殿下も最近、お姉様への独占欲が少しばかり過ぎていた。王太子として「手に入らないものはない」と信じているあの方に、自分の思い通りにならない『壁』が存在すると教えるのも、宮廷魔導師としての、そして何より妹としての務めだ。


 だが、庭園の中央では、シエルの瞳に冷たい、本物の怒りの光が宿り始めていた。


「……面白い。教会の騎士が、この私に『俗世』を説くか。ならば、その『聖なる守護』が、私の愛よりも強固なものかどうか、ここで試させてもらおうか」


 シエルが周囲の魔力を引き寄せ、空気がピリピリと震え出したその時だった。


「――二人とも、そこまでにしておけ。……庭園の花が枯れたら、ティアリアに何を言われるか分かったものではないぞ」


 割って入ったのは、昨夜の激務を感じさせないほど完璧に身なりを整えたレオンハルトだった。彼は二人の間に立ち、カサンドラの剣を指先で軽く押し戻すと、シエルに向かって深々と、だが事務的な礼をした。


「カサンドラ殿。殿下は王家が認めた正規の婚約者だ。教会のルールもあろうが、ここは公爵邸であり、王国の法と我が家の裁量が優先される。……殿下、リルセリアには私とティアリアが付き添います。それで妥協していただけませんか?」


 レオンハルトの冷静、かつ逃げ場のない仲裁。カサンドラは、昨夜執務室で見た彼の「静かなる執念」を思い出し、不本意ながらも剣を引いた。


「……魔術師団長補佐がそこまで言うのであれば。ですが、接触は二時間のみ。それ以上は、私が強制的に介入させていただきます」


 カサンドラの厳格な態度に、シエルは鼻で笑いながらも、ようやくリルセリアの元へと歩き出した。


 ティアリアはその光景を見送りながら、小さく呟いた。


「お兄様、カサンドラ様を扱うのがずいぶんとお上手になりましたわね。……ふふ、思っていたよりも賑やかになりそうだわ」


◇◇◇◇◇


 シエルとカサンドラの衝突から数日後。公爵邸に漂う空気は、さらに重苦しいものへと変化していた。きっかけは、王宮からティアリアの元へ届けられた、一通の親書だった。


 ティアリアは現在、公爵邸での休養期間を除けば、王城にある自身の研究室に詰め切る生活を送っている。かつてヴァルドが支配していたその場所は、今やティアリアの手によって不浄な遺物が一掃され、最先端の魔導具と、助手のナターシャが管理する膨大な資料に埋め尽くされていた。


「ティアリア様、例の件ですが……やはり、ガレリア帝国からの使節団が王都に入ったようです」


 ナターシャが眉を潜めながら、王宮の受付から回ってきた書状を差し出した。ガレリア帝国。王国の東方に位置する軍事大国であり、古くから国境紛争が絶えない宿敵とも言える国家だ。


「建前は『新たな奇跡の発現に対する祝賀』。けれど、本音は偵察、あるいは……」

「連れ去り、かしらね」


 ティアリアは書状の内容を走査し、冷たく言い放った。書状には、帝国の第一王子、ゼクス・ガレリアが、親善訪問の全権大使として近日中に公爵邸を直接訪問したい旨が記されていた。


(聖なる力が発現したとなれば、軍事大国の帝国が放っておくはずがないわ。ましてや、あの野心家のゼクス王子が動くなんて)


 ティアリアの脳裏に、前世の忌まわしい記憶が蘇る。かつての時間軸において、聖女は現れなかった。しかしゼクスは、王国の内政が混乱し魔術的防衛が弱まった隙を突き、凄惨な侵略戦争を仕掛けてきた張本人なのだ。彼は利用できるものは何でも利用し、他国の至宝を奪い去ることに躊躇がない略奪者だ。


「ナターシャ、お兄様に連絡を。カサンドラ様にも伝えて。……毒蛇が這い寄ってくる前に、庭の手入れをしておかないといけませんもの」


 ティアリアの瞳が、賢女としての鋭い光を宿す。


 お姉様を、国の道具にも、教会の操り人形にも、ましてや帝国という飢えた獣の餌食にもさせない。史上最年少の宮廷魔導師は、来るべき嵐に向けて、静かに魔力を練り始めた。


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