25:王城地下、最終決戦
夜明け前の王城。ティアとリルセリアは、オルセン教授の転移魔術陣の上に立っていた。
「ティア。ヴァルドは、以前中継魔方陣を破壊された後、王城周辺の空間魔術を徹底的に監視しているはずだ。通常の転移魔術は、一瞬で無効化される」レオンハルトの緊迫した声が、無線魔術で届いた。
「わかっています、お兄様。だからこそ、これは『転移』ではない」ティアは、冷静に答えた。
ティアが発動させたのは、オルセン教授が開発した「魔力残滓の擬態」という特殊な術だった。これは、魔力的な存在として、空間の壁を滑り込ませるという、極めて高度な潜入術だった。
ブォン……
一瞬の空間の歪み。ティアとリルセリアは、王城地下図書館の隠された扉の前、ヴァルドの研究室の真上に降り立った。
「成功ね、リルお姉様」
しかし、すぐに周囲の空気が重くなった。ティアの防御ピアスが微かに震え、警告を発する。
その時、無線魔術がかすかに震えた。レオンハルトの声だ。
「ティア、陽動は成功している。ヴァルドの意識は会議の裏工作と、僕たちの演習に集中しているはずだ。だが、地下の魔力は異常な高まりを見せている。君たちの命が最優先だ、危険ならすぐに転移で戻れ!」
「わかっている、お兄様。これが、私たちがこの世界で幸せになるための、最後の戦いよ」ティアは無線を切った。
二人が重い石の扉を開けると、広大な地下室が広がっていた。そこには、書籍よりも、無数の複雑な魔方陣が床と壁にびっしりと書き込まれていた。
部屋の中央には、巨大な魔力結晶が設置され、シエルを模した人形がその上に置かれていた。人形からは、黒い支配の魔力が太い帯となって結晶へと流れ込み、地下室全体を不気味な赤黒い光で照らしていた。
「あれが、ヴァルドの四十年間の支配の根源、魔力炉ね」ティアが静かに告げた。
その直後、魔力炉の結晶が赤黒く激しく点滅した。
「チッ、魔力炉に連動した警報システムか!」
ティアは舌打ちをした。レオンハルトたちの陽動は、ヴァルドの「物理的な注意」は逸らしたが、「魔術システム」による潜入検知までは防ぎきれなかったのだ。
部屋の隅の暗がりから、ヴァルド・エインズワースが姿を現した。彼は、優雅な笑みを浮かべ、両手を広げた。
「ホッホッホ。空間監視を破る「魔力残滓の擬態」か。賢い小娘よ。だが、私の魔力炉の防衛システムは、君たちの潜入を瞬時に感知した。もう逃げ場はない」
「ヴァルド!」リルセリアは、父の仇、そして殿下の支配者である男を前に、怒りに顔を染めた。
「おや、公爵令嬢まで連れてきたのか。愚かだね。君たちの小細工は全て無駄だ。私を追及したランドール公爵も、私の古代禁術によって、今頃……」
「お父様はご無事よ!」ティアが遮った。「そして、あなたを止める!」
ヴァルドは、魔力炉に手をかざし、部屋中の魔力を一気に引き出した。
「お前たちの覚悟は認める。だが、魔力は才能と年月の積み重ねだ!私には勝てない!」
王城の全ての魔力と、40年の禁術を背負ったヴァルドの攻撃は、ティアがオルセン教授の部屋で受けたものとは比べ物にならない、絶対的な破壊力を持っていた。巨大な黒い魔力体が、唸りを上げて迫る。
ティアは、咄嗟に防御ピアスの魔力を最大に引き出し、リルセリアを庇って防御結界を張った。彼女の瞳は、魔術の濁流の中で、ヴァルドの魔力の核心、すなわち「支配の法則」を瞬時に解析しようと動く。
「この魔術……!支配を維持するため、魔力炉と連動している!破壊するなら今しかない!」
ティアの防御結界は、ヴァルドの魔力を一瞬、数秒だけ食い止めた。ティアは、その短い時間を利用し、解析したヴァルドの魔術の穴を突くように、強力な反作用魔術を叩き込んだ。
ガァン!
反作用魔術は、ヴァルドの魔力体をわずかに揺るがせたが、破壊には至らない。しかし、その反動で、ティアの結界は限界を超えて砕け散った。
ティアは身体を強く打ち付けられ、口から血を吐きながらも、這いつくばってリルセリアの前に盾になった。
「くっ……!お姉様……私の魔力は、もう……これ以上、持ちこたえられない……。でも、ここまでは辿り着いた。あとは……お姉様だけよ」ティアの意識が途切れかけた。
ヴァルドは、勝利を確信し、冷酷に告げた。
「さあ、諦めろ。そして、私に服従しろ。君たちの敗北だ」
ヴァルドの支配の魔力が、意識を失いかけたティアへ、そしてリルセリアへ襲いかかる。その瞬間、リルセリアの瞳に、決意の光が宿った。
「ティア!」
(ティアを、家族を、殿下を……誰にも傷つけさせない!)
リルセリアは、倒れ込んだティアの背中に手を置き、自らの聖魔力を、躊躇なく解放した。
キィィィン!
部屋全体を支配していた赤黒い支配の魔力が、全てを飲み込むような強烈な白い閃光によって、一瞬で消し飛ばされた。
それは、40年の邪悪な魔術を、瞬時に浄化する、奇跡の光だった。




