23:助手と、魔石づくりの日々(ナターシャ視点)
ロレンツォ教官が去り、ナターシャ・バレリーの日常は一変した。家門を苦しめていた不当な債務が解消され、家族は安堵の涙を流した。全て、ティアリア嬢と、公爵家の力のおかげだった。
(このご恩は、命に変えてでもお返ししなければ……!)
ナターシャは、意を決してティアの元を訪れ、「助手にしてほしい」と頭を下げた。ティアは驚きつつも、「あなたには家のことがあるでしょう?」と断ろうとしたが、ナターシャは引かなかった。
「学園で得た魔術の知識、宮廷貴族の裏側の情報、全て提供いたします!ティアリア様がお一人で戦うなんて、絶対に許しません!」
その熱意に負けたティアは、オルセン教授の研究室を拠点とすることを条件に、ナターシャを助手として迎えた。
こうして、オルセン教授、ティア、ナターシャの奇妙な三人組による極秘の研究が始まった。教授は温厚で、ナターシャをすぐに受け入れてくれた。
「ほっほっほ。ナターシャ嬢、君の解析力は優れているね。休憩じゃ。焼きたてのメープルクッキーをどうぞ」教授はいつも白衣の下にエプロンを着用し、研究の合間にクッキーを焼くのが日課だった。
「ありがとうございます、教授。でも、教授。なぜそんなに美味しいのですか? 秘密の触媒を混ぜていらっしゃるのですか?」ナターシャが尋ねると、教授は目を細めて答えた。
「秘密じゃ。だが、愛情と上質なバターは、魔術と同じくらい大切じゃよ」
ティアは苦笑しながら、魔術書から顔を上げた。
「教授、それはヴァルド様には決して理解できない魔術ですね」
ティアがそう言うと、教授とナターシャは顔を見合わせて笑った。研究室にはいつも、魔術の薬液と、人間的な温かさが混ざっていた。
◇◇◇◇◇
ある日の夜、ナターシャはオルセン教授の研究室での研究を終え、久しぶりに自宅へ帰った。家に入った瞬間、ナターシャは心底安堵した。
以前、ヴァルドの支配下にあった頃のバレリー邸は、重く、陰鬱な空気に満ちていた。父のバレリー男爵は常に顔色が悪く、母は神経質になり、家計の不安といつ終わるかわからない恐怖に苛まれていた。
しかし今は違う。
父は、久しぶりに公務に集中できているようで、食卓では笑顔で今日の出来事を話してくれた。母は庭の花の手入れに精を出し、「ナターシャ、このバラ、去年よりずっと綺麗に咲いたのよ。心が落ち着いたからかしらね」と穏やかに微笑んだ。
「ティアリア嬢には、何とお礼を言えば良いか……。我々バレリー家は、もう一度、普通の生活を送ることができている」父が、グラスを傾けながらしみじみと言った。
(これが、ティアリア様が命をかけて守ろうとしている『日常』なんだわ)
ナターシャは、目の前にある家族の幸せを守り抜くため、改めてティアへの協力を誓った。この幸せを壊そうとするヴァルドだけは、絶対に許せない。彼女にとって、この研究室での仕事は、単なる「ご恩返し」ではなく、「未来を守る戦い」そのものだった。
◇◇◇◇◇
ティアは、オルセン教授のアンプルを精製した液体に、リルセリアの清らかな魔力を込めてもらった魔石をコーティングしようとしていた。
「お姉様の魔力は、ヴァルド様の支配の魔力とは真逆の、穢れを知らない光そのものです。これを核にすれば、強力な精神防御が築けます」ティアは、魔石を手に真剣な表情だった。
「この魔石を、家族とナターシャ嬢に身につけてもらいます。どうせなら、お母様が社交界で使っても違和感がないデザインにしたいわ」
「それなら、女性陣は耳元で揺れる華やかなピアスが良いでしょう」
とナターシャが提案した。
「リディア公爵夫人が身につければ、すぐに流行になります」
「なるほど、良い案だね」教授が頷いた。
「そして、男性陣にはどうじゃ? ランドール君とレオンハルト君は、あまり目立つものはつけたくないだろう」
「男性陣は、目立たないシンプルなイヤーカフでいきましょう」
ティアが即座にデザイン画を描き上げた。
「素晴らしいわ、ティアリア様!たった数秒で、魔術的な正確さとデザイン性を両立させるなんて、本当に尊敬します!」
ナターシャは、心からの賞賛を隠さなかった。
(ティアリア様の頭の中は、一体どうなっているんだろう。私の何倍もの魔力回路と、それを自在に操る驚異的な知性が詰まっている……!)
ティアは、仕上がったピアスを手に、いつものようにリルセリアへの愛を語った。
「お姉様、きっと似合うわ。あの美しい金色の髪と、この魔石の輝きがぴったりでしょう? お姉様の笑顔こそが、この国で一番美しい光だもの」
ナターシャは同意しつつも、内心で考える。
「ええ、リルセリア様はまさに太陽のような華やかさでいらっしゃいます」
(でも、私は、ティアリア様が持つ月の光のような美しさに惹かれます。全てを理解し、全てを背負う、静かで強い覚悟……。その知性が、私には誰よりも高貴に見えるけれどなぁ)
ナターシャは、その尊敬と心酔の念を胸に秘め、クッキーをかじり、ティアが作成したピアスに最後のコーティングを施した。
「ティアリア様、このピアスは、つけているだけで安心しますね。これで、私も、安心してヴァルド様の追跡に備えられます」
「ええ。これで私たち家族全員、そしてあなたも、心の防御は完璧よ」ティアは微笑んだ。
最終決戦に向けた、愛と知性の結晶が、ここに完成した。




