21:安息と、確かな希望(リルセリア視点)
ロレンツォ教官が連行され、シエル殿下が「公務」で長期療養に入ったという知らせが学園から届いた後、アルバレート家は驚くほど穏やかな日常を取り戻した。
お母様は、毎日リルセリアの部屋を訪れ、温かいハーブティーと共に他愛のない話で笑いかけてくれた。レオンハルトお兄様も、以前の厳格な顔を公の場で出すことはあっても、家では相変わらず優しかった。
何よりも、学園の友人たちの反応が、リルセリアの心を温めた。ロレンツォの酷い糾弾が全国に広まった後、リルセリアの元には、「殿下はきっとあなたの味方です」「私たちは、先生の言動が異常だったと知っています」といった、多くの同級生からの心温まる手紙が届いたのだ。
(ロレンツォ教官が、あんなに酷いことをしたからこそ、みんなが私を信じてくれた……)
リルセリアは、ロレンツォの悪意が、逆に自身への同情と支持に変えられたことを感じ、救われた。
そして、ティア。
妹は、講堂でロレンツォの憎悪に満ちた言葉に耐えながら、ずっと側にいてくれた。
ある日の午後。ティアは、リルセリアの部屋で、膝の上に頭を乗せて寝転がってきた。
「お姉様、あのね」ティアは、幼い頃のような、甘える声を出した。
「お姉様の髪は、光に当たるとキラキラして、すごく綺麗。わたくし、お姉様の髪を撫でるのが世界で一番好きなの」
「もう、ティア。貴女だって、公爵令嬢よ?いつまでもそうやって甘えていないで……」
そう言いながらも、リルセリアは愛おしそうに、ティアの髪を撫でた。
「ふふ、わたくし、世界で一番、お姉様のお嫁さん姿が見たいの。だから、お姉様は元気で、幸せでいてくれなきゃ困るわ」
ティアの、揺るぎない、無償の愛情に、リルセリアの心は完全に満たされた。
(あの時、殿下は私を信じてくれた。ティアも、お兄様も、両親も……私には、こんなにも愛してくれる家族がいる)
彼女は、家族の揺るぎない愛情によって、傷が急速に癒やされていった。
特に、シエル殿下との一件は、リルセリアにとって決定的な希望となった。
(殿下は、あの時、はっきりと『君を愛している』と、私の手を取って言ってくださった)
ロレンツォの魔術的な支配が解けた瞬間に示された、殿下の本心。その記憶こそが、リルセリアの最も強い支えだった。
現在は長期療養中という名目で会うこともできないが、リルセリアは、殿下からの冷たい形式的な手紙が届いても、動揺することはなかった。
(殿下は今、辛い状況にいらっしゃる。だからこそ、私から殿下へ、無用な心配をかけるわけにはいかないわ)
リルセリアは、家族に囲まれ、安らぎを得ながらも、内心では殿下の帰りを待つという強い決意を抱いていた。
彼女は知る由もなかったが、この安息と希望こそが、ティアとレオンハルト、そして両親が、公爵家の総力を挙げて守り抜こうとしている宝物だった。




