15:破壊工作と、嘲笑の罠
中継魔方陣の破壊が目標に定まり、ティアとオルセン教授は秘密裏に準備を進めた。
「教授、この触媒で、本当に古代の禁術を打ち破れるのですか?」
オルセン教授は、ティアが解析した「不協和音」の波動に反発する、虹色に輝く特殊な液体が入ったアンプルを手にしていた。
「ホッホッホ!心配いらん!この触媒は、精神支配系の魔術を、その発生源ごと逆流させるという、私の究極の遊び心の産物じゃ!中継魔方陣に注入すれば、ヴァルドが作った結界全てが、自壊するぞ」
破壊の実行役は、上級生として学園の構造を熟知し、護衛魔術に長けたレオンハルトに決まった。ティアは、魔力迷彩を使い、レオンハルトを地下倉庫まで誘導する役割を担う。
(あとは、ロレンツォの注意を、どうやって地下から引き離すか……)
◇◇◇◇◇
中継魔方陣の破壊を決行する前日、ロレンツォ教官は焦燥感に駆られていた。そしてリルセリアの精神的な回復力に、彼の支配魔術が上手く浸透しないことに苛立ちを覚えていたのだ。
ロレンツォは、学園内で最も権威ある「魔術論文発表会」の場を使い、リルセリアを公的に抹殺する計画を実行した。
この日、壇上には発表を控えたリルセリアが立っていた。ロレンツォ教官は、聴衆の注目が集中する中、冷酷に告げた。
「皆さん、注目してください。本日は、公爵令嬢であるリルセリア・アルバレート嬢が提出した論文について、重大な不正が発覚しました」
彼は、壇上でリルセリアが以前提出した、ティアが作成した『古代魔法陣の応用』に関する要旨を手に、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。その表情は、普段の愛想笑いを完全に剥ぎ取り、内面の醜悪さを露わにしていた。
「この論文の論理構築は、この若さの生徒に可能なレベルではありません。調査の結果、この論文の一部に、数年前に学園を去った元教官の極秘資料からの盗用が確認されました」
もちろん、盗用など事実無根だ。ティアが作成時に意図的に残した「奇抜な仮説」を、ロレンツォが「盗用の決定的な証拠」として捏造したのだ。
「アルバレート嬢。あなたは、王太子の婚約者の地位を利用し、不正な手段で学園の権威を汚しましたね?貴族としての品位はどこへ行ったのですか!」
ロレンツォの声は学園の講堂全体に響き渡った。リルセリアは青ざめ、その場で立ち尽くした。
「わ、わたくしは……!」
「言い訳は無用です。どうせ、妹君のティアリア嬢に書かせたのでしょう?公爵家は、妹の才能を、姉の地位固めのために利用するなど、卑劣極まりない。そのような卑しい手段を使う者は、王太子の隣に立つ資格はない!」
彼はリルセリアのプライド、努力、そして公爵家の名誉全てを踏みにじった。ロレンツォは、これこそがヴァルドが求めていた「破滅のシナリオ」だと確信し、満面の悪意の笑みを浮かべた。
(これで終わりだ、リルセリア嬢。君は学園を去り、殿下からも見放される。そして私は、ヴァルド様から更なる報酬をいただくぞ!)
ロレンツォは、この論文不正を、観客席に座っていた王太子のシエルが直接裁くことを期待していた。
◇◇◇◇◇
観客席にいたティアは、怒りに震えながらも冷静だった。
(ロレンツォの魔力は、今、最大の興奮状態にある。彼が中継魔方陣の管理を一時的に緩めるのは、この瞬間しかない!)
ティアは、自分が立ち上がって不正を否定すれば、ロレンツォはさらに状況を混乱させ、リルセリアへの追及をエスカレートさせると理解していた。
(ごめんなさい、お姉様。ここは、少しだけ耐えて)
ティアは静かにレオンハルトの袖を引っ張った。そして、手に持っていたオルセン教授の魔力迷彩のアンプルと、事前に用意した学園の地下地図をレオンハルトに握らせた。
「お兄様。今よ。このアンプルを使って。ロレンツォの魔力は興奮しすぎて、彼の周囲の監視だけに集中しているわ」
「だが、ティア。君は……」レオンハルトは躊躇した。
「わたくしはここに残る。ロレンツォの視線が、お姉様とわたくしたち兄妹から逸れないように、釘付けにする。これが、最も長く監視の穴を確保できる方法よ。迷わないで、地下倉庫へ!」
レオンハルトは、屈辱に耐えるリルセリアと、怒りを押し殺しながらも揺るがないティアの瞳を見た。
「わかった。リル、必ず君を救う。ティア、必ず無事でいろよ」
レオンハルトは、ロレンツォの冷酷な嘲笑と、動揺するリルセリアを後にして、静かに会場を後にした。ティアは一人、講堂に残り、怒りの眼差しでロレンツォを睨みつけていた。




