12:孤独な再会と、短い警告
ナターシャの居場所を特定してから二日後。
ティアは、昼休みの時間を狙った。この時間帯は、ロレンツォ教官が他の教師との社交に忙しく、監視結界のチェックが最も手薄になる瞬間だと、オルセン教授の助言で把握していた。
ティアは、オルセン教授から渡された「魔力迷彩」の触媒を制服のポケットに忍ばせ、Aクラス棟を離れた。魔力迷彩は、ティアの強大な魔力を『無害な一般生徒』の波動に偽装し、ロレンツォの監視網を欺く。
(時間は三分。ロレンツォ教官が研究室に戻るまでの、最短ルートよ)
Cクラス棟の裏手にある古い資料室は、埃っぽく、生徒からも忘れ去られた場所だった。ティアが静かに扉を開けると、窓際にぽつんと、ナターシャ・バレリーが座っていた。
ナターシャは分厚い古文書を抱え、窓の外の光景を、感情のない瞳で見つめていた。まるで、誰かに命令され、そこに座っている人形のようだ。
(ヴァルドの魔力支配が、ここまで進行しているなんて……)
ティアは、ナターシャの周囲に漂う粘着質な「不協和音」を、肌で感じた。ナターシャの魂は、この黒い魔力に深く縛り付けられている。
ティアは、ナターシャからわずか数歩の距離に立ち、静かに呼びかけた。
「ナターシャ嬢」
ナターシャは、ビクッと体を震わせ、驚きと恐怖の入り混じった目でティアを見上げた。
「あ……、アルバレート様……」
ナターシャの瞳には、「公爵家の、高慢な令嬢」としてのティアの姿が映っているはずだ。
ティアは、前世で何もできなかった自分への自責と、目の前の哀れな友への後悔を込めて、深く頭を下げた。
「ごめんなさい。わたくし、あの時……あなたの言葉を聞くことができなかった」
ナターシャは顔を強張らせ、恐怖に支配された声で言った。
「わ、わかりません。何を仰っているのですか。私は、何も……。早く、お戻りください。ここは、あなたのいる場所ではありません」
ナターシャの言葉は、まるで誰かに聞かせているかのように、抑揚がなく、虚ろだった。しかし、その奥で、ティアは僅かな抵抗の魔力を感じ取った。
ティアは、ヴァルドの支配魔術が届かないナターシャの魂の核に、直接語りかけるように、強く、静かに言った。
「いいえ、あなたはわかっている。あなたは、誰にも操られていない。あなたはナターシャ・バレリーよ」
その瞬間、ナターシャの瞳に、一瞬の正気が宿った。彼女の唇が震え、今にも何かを叫びそうになる。
だが、その正気の瞬発力は、ヴァルドの魔術の反動を呼び起こした。
ナターシャの身体の周りの「不協和音」が激しく収縮し、まるで魔力の枷が彼女の首を絞めるように締め付けた。
「ひっ……!」
ナターシャは痛みに喘ぎ、再び恐怖に表情を歪ませた。彼女の目は、ティアを恐怖の対象として見据え始めた。
「ち、ちかよらないでください!わたくしは……わたくしは、王太子殿下の妃にふさわしい令嬢になるのです!邪魔を、しないで!」
そのセリフは、前世でリルセリアを破滅へと追いやった際の、ナターシャの言葉と酷似していた。支配が強化され、完全に「ヒロイン」としてリルセリアを排除する役割を演じさせられているのだ。
ティアは、これ以上滞在すれば、ロレンツォに察知されると判断した。
「わかったわ。でも、覚えておいて。私は、あなたの真実の魂を知っている。私が、あなたを必ず、自由にする」
ティアは、ナターシャの混乱した瞳に強い決意を焼き付け、踵を返した。




