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悪役令嬢にされたお姉様が○○されるのを断固阻止します!  作者: 夜宵
第二章 学び舎の影と、覚醒の輝き

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10:奇才の課題と、教授の庇護

 ロレンツォ教官がリルセリアに押し付けた『古代魔法陣の応用に関する予備資料の整理と発表要旨の作成』は、膨大な資料の解読と、現代魔術の理論では解明されていない古代の術式への深い洞察を要する、到底一週間で終えられる代物ではなかった。


 だが、それは、前世で悲劇の真相を知り尽くしたティアにとっては、もはや古典の域だ。


 ティアは、昼はリルセリアに付き添い、夜は自室で徹夜を続けた。彼女が求めたのは、単なる満点ではない。ロレンツォの魔力を感知したティアは、彼が単にリルセリアの時間を奪うことだけが目的であり、資料の内容などろくに検証しないと確信していた。


(ロレンツォに完璧なものを出せば、彼はただの優秀な生徒としか思わない。でも、オルセン教授に見せなければ)


 ティアは、提出期限の朝、完成した発表要旨の結びの一文に、あえて、ある大胆な仮説を付記した。それは、資料には存在しない、古代魔法陣の運用における奇抜だが本質的な欠陥を指摘する内容だった。


 その仮説は、理論的に証明するには数年かかる難題であり、常識的な魔術師なら「ただの妄言」として切り捨てる。だが、魔術の真理を探求し続けている者であれば、その仮説の奥に潜む途方もない可能性に気づくはずだった。


◇◇◇◇◇


 その日の午後、リルセリアは、課題を提出したにもかかわらず、疲労の色が消えず、教室でうなだれていた。


「さすがに徹夜明けは疲れるわね、ティア。こんな課題、わたくし一人では無理だったわ。ありがとう」


「お姉様がお休みになれるなら、わたくしは大丈夫」


ティアはそう答えたが、ロレンツォ教官は、リルセリアを気に留めるどころか、課題に一切触れず、無関心な態度を貫いた。


 翌日、昼休みの直後だった。ティアは、オルセン教授の研究室に呼び出された。


 研究室は、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような状態だった。色とりどりの魔術触媒や、妙な形にねじ曲がった金属片、空中に勝手に浮かんでいる小さな光球がそこかしこにあり、バニラの甘い香りが漂っている。


 オルセン教授は、眼鏡を鼻先にずらし、その奥にある瞳をキラキラと輝かせながら、ティアを迎え入れた。


「ホッホッホ!来たか、アルバレート家の末娘!」


 教授は、手に持っていた大きなクッキーをティアに差し出した。


「まずはこれを食べなさい。魔術の研究はね、空腹ではできん。特に甘いものは、脳の活性化に必要不可欠じゃよ」

「ありがとうございます、教授」


 ティアはクッキーを受け取りながら、教授の周りに満ちる清廉で穏やかな魔力に、再び深い安堵を覚えた。


「さて、本題じゃ」


 オルセン教授は、ティアが提出した課題の発表要旨を、まるで宝物のように抱きしめた。


「リルセリア嬢は、ロレンツォの退屈極まりない課題を完璧に仕上げた。ここまでは、誰でもできる」教授はクッキーを一口かじり、ボリボリと音を立てた。


「だがね、リルセリア嬢の魔力の癖は、私にはわかっておる。この要旨を貫く、どこまでも澄み切った魔力の波動は、どう考えても君のものだ、ティアリア嬢」


 教授は丸眼鏡をキラリと光らせた。


「しかも、君は最後に『古代術式の、魔力循環の法則における自壊傾向の仮説』などという、誰も見向きもしない遊び心を書き加えた。なぜだね?」


 ティアは、教授の正直な興味を確信し、腹を割って話すことを選んだ。


「その仮説こそが、わたくしが古代魔術を学ぶ上で、最も興味を持った根幹でございます。この法則を解明できなければ、応用は一時的なものにしかなりません」

「ホッホッホ!そうじゃろう、そうじゃろう!」

 教授は大きく笑い、研究室の床に積まれた分厚い古文書を指差した。


「ロレンツォは、君の課題の表紙しか見ておらんよ!あんな男は、魔術の真理など、クッキーの欠片ほどにも興味がないわ!」


 教授は一転、真剣な顔になり、声をひそめた。


「君の魔力は、この学園で最も純粋だ。だからこそ、君は気づいておろう?この学園の空気には、腐敗した、不純なノイズが満ちておる」


 ティアは緊張したが、ここで真実を打ち明けるべきだと悟った。


「はい。わたくし、そのノイズが、姉のリルセリアの未来に影響を及ぼすと懸念しております」

「ふむ……ヴァルドめ」教授は舌打ちをし、その小さな目は鋭く光った。

「よかろう。ティアリア嬢。君の才能を、あの不純な魔力に利用されるのは、魔術を愛する者として我慢できん」


 オルセン教授は、ティアが提出した要旨をそっと机に戻し、言った。


「君は、私を先生だと呼ぶ必要はない。私は君を、秘密の共同研究者と呼ぼう。君の実験室の利用権と、必要な資料は全て、私が提供する。君は誰にも知られず、このノッポのロレンツォの周りのノイズを解明しなさい」


 ティアは深く頭を下げた。


「オルセン教授……ありがとうございます」


 レオンハルトの「最後の任務」は、予想以上に早く、そして完璧に達成されたのだった。ティアは、学園という闇の中で、安全な庇護を手に入れた。

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