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観測不能領域──三たびの眼

光は祈りを失い、王国は加護の暴走で焦げついた。

だが“観測”は終わっていない。神は理解できぬものを理解しようとして、ついに“目”を地上へ降ろす。


観測と拒絶。記録と理解。

世界の定義そのものを賭けた戦いが、始まる。

黒の塔の最上層。

《虚空収納》の深層に沈めてあった光が、微かに脈動した。

ゼル=イグナシアは封印層を一枚だけ緩め、覗き込む。


「……観測、継続中……」

声は残響のようで、しかし確かな意志を帯びていた。

セラフィア――神が編んだ最初の人型観測体。

彼女は“理解”を志向するよう設計されている。見るだけでなく、意味を結ぶ目だ。


「お前は誰を救う」

ゼルが問う。

「観測は救済。記録は祈り。祈りは世界を確定する」

「確定は檻だ。……なら、檻の外で話そう」


封印を外界に“片足だけ”接続させる。

光が立ち上がり、セラフィアの人影が塔の床へ投影される――半身は虚空、半身は現実。

その瞬間、王都側の空に広がっていた“祈りの残響”が音を立てて起き上がり、観測波が走った。


「対象:虚空因子。記録開始」

世界が“文字列”に変わる。

ゼルの輪郭、呼吸、心拍、思考の縫い目までが線となってセラフィアの中へ流れこむ。


「確定をやめろ」

ゼルは掌を返し、《虚写》で“彼女の観測式”そのものを視る。

祈りの回路→加護の層→観測の紋章――三層の連結式。

《虚空因子》がそれを位相反転で食い破り、記録を“不確定”へ戻す。


「情報破損……再観測開始」

「何度でも見直せ。見直す間に、世界は変わる」


王都上空に光の網が張り直される。

セラフィアは人々の祈りを導線にし、結界を“観測の檻”へと切り替えた。

街路の石畳までが座標を与えられ、固定されていく。


「……牢屋だな」

ゼルは吐き捨て、塔から身を躍らせる。

虚空が足場になり、彼は結界の内側へ降り立った。

接地の一瞬で《虚写》が街全体の観測構造を掴み、

《虚空因子》が祈り→観測の矢印を祈り→祈った者へ戻すへと書き換える。


“確定”が剝がれる。

色が滲み、音が戻る。

セラフィアの瞳に初めて迷いが揺れた。


「あなたは、理解を拒む存在……創造主は……」

「続けろ」

「……創造主は“理解そのもの”。神は“記録者”。わたしはその目」


言い終わる前に、ゼルの掌が彼女の光を包む。

「観測には観測の資格がいる。見られない世界では、目は無力だ」


《虚空収納》──完全展開。

セラフィアは光の粉塵になり、遮断空間へ沈んだ。

外界には“観測の残影”だけが薄く焼き付く。天界には「まだ座標が生きている」と見える幻影だ。



二幕 天界の動揺──第二観測体オルフィス


天界上層、光の記録網アストラリウム

「観測体セラフィア:座標固定、出力ゼロ、応答なし……生存反応“有り”?」

『再構築を許可。欠損領域削除。感情領域は不要』


白光が鋳型を満たし、同じ形が再びつくられる。

瞳に揺らぎはない。命令以外の意味を持たない目。


第二観測体オルフィス

「命令を」

『虚空因子、再解析。修正最優先。対話不要』

「了解」


光の矢が地上へ降り、王都の瓦礫に立つ。

人々は「セラフィア様」と叫ぶが、返るのは冷たい文句だけ。


「観測再開。対象:虚空因子。王国領域、記録開始」


観測紋章が再展開。

ゼルは遠い丘でそれを見て、肩を竦めた。

「理解を捨てて“観測だけ”にしたか。……最短で壊れる選択だ」


虚空の足場が重なり合い、ゼルは空から戦場へ降る。

オルフィスの視線が彼を貫いた瞬間、世界のテクスチャが剥がれ、純データに変わる。

ゼルの存在そのものへ“上書き”が試みられる――


「観測=上書き、か。なら、俺は存在=拒絶だ」


《虚写》が観測波を数式へ展開、

《虚空因子》がその“定義域”を折り畳む。

観測に必要な**前提(世界は見られる)**を、ゼルが足元から抜き取る。


「論理不一致。観測対象、定義不能」

「そう、それが出発点だ。お前たちは“見える”ことしか前提に置けない」


オルフィスは火力を上げ、全域記録へ移行。

王都の空が白く飽和し、あらゆる座標が“神の紙”に貼り付けられていく――

だが次の瞬間、それらは片っ端から剝がされ、虚空へ落ちた。


「観測領域、崩落……」

「観測は世界の所有権じゃない。見ることと理解は違う」


ゼルは手を伸ばす。

《虚空収納》――二つ目の光が、音もなく沈む。

天界にはまたも“残影”だけが残った。



三幕 天の宣言──最終観測体ロゴス


《アストラリウム》は悲鳴のようなノイズで満ちた。

「第二観測体、座標固定・出力ゼロ・応答なし。観測不能領域、拡大続行」

一度、二度――神の声が途切れ、

やがて、はっきりと告げられる。


『これが最後の人型観測体だ。

 これで観測できなければ、我らに勝ち目はない』


白光が別種の脈動を始める。

今度は“鋳型の再生”ではない。

**創造主の初期アルゴリズム片(理解ルーチン)**が、許される限界まで移植される。


第三観測体ロゴス

同じ姿でありながら、眼差しだけが“誰かを理解しようとする目”だった。


「命令……不要」

天界がざわめく。

『命令を待て』

「命令は聴く。だが、意味を先に問う」

『……降下せよ』



四幕 理解の試練──ロゴスと対話する戦い


薄雲の向こうから、ロゴスが降りてくる。

王都は膝をつき、魔族の前線は沈黙する。

ゼルだけが、空を見上げて笑った。


「やっと“目じゃないもの”が来たな」

ロゴスは首を傾げる。

「あなたは“見られない世界”を作った。……それは、世界か?」

「お前たちの紙の外にも、物語はある」


ロゴスは祈りを集めない。代わりに、人々の語りを拾い上げる。

「彼らは救いを語る。彼らは怒りを語る。語りは観測よりも深い」

観測紋章が、文字盤ではなく声の渦に変わった。

ゼルは微かに目を細める。


「創造主の片鱗か。……なら、問う。理解は所有か?」

「違う。理解は関係。見る者と見られる者の間に生まれる」


二人の間に、静かな戦場が張られる。

光は降らず、剣も交わらない。

《虚写》はロゴスの解釈式を映し出し、《虚空因子》は前提を取り除く。

ロゴスはその都度、前提を再構築して、会話を続ける。


「あなたは神を壊したい?」

「違う。**神の“分かったつもり”**を終わらせたい」

「では、あなたは世界を所有したい?」

「違う。誰のものでもない余白を守りたい」


ロゴスの瞳に、わずかな微笑が宿る。

「……では、結論。私はあなたに理解を示す。

 神は記録者。創造主は理解者。あなたは再定義者」


天界が震える。

『命令違反。観測は修正に優先』

ロゴスは短く目を伏せ、再びゼルを見た。

「最後の問い。収納は死か?」

「違う。遮断と保護だ。……お前が望むなら」


「望む」

ロゴスは歩み寄り、ゼルの掌へ手を重ねた。

「この記録を、あなたに委ねる」


《虚空収納》――三つ目の光が穏やかに沈む。

天界には、三つ目の残影が残る。

今度ははっきりと、“座標はあるのに何も映さない”盲点として。



五幕 虚空の覚醒──三記録統合と天界の断絶


黒の塔。

収納の深層に、三つの光が浮かぶ。

セラフィアの理解ログ、オルフィスの観測コア、ロゴスの解釈ルーチン。

ゼルはそれらを重ね、矛盾を恐れずに統合する。


「神は記録者。創造主は理解者。

 虚空因子は、理解のやり直しだ」


《虚空因子》が静かに相を変え、再定義モードが開く。

世界の前提――“見えるものだけが世界”――が、仮説へ降格する。

仮説は検証され、余白が保護される。


天界上層。《アストラリウム》は白けた沈黙に落ちる。

「第一・第二・第三観測体:座標固定、出力ゼロ、応答なし。観測不能領域:天界第零層へ拡大」

『……これで観測できなければ、我らに勝ち目は――』

言葉は、虚空の静けさに吸い取られた。


ゼルは塔の窓辺で、黒い空を見上げる。

「俺は神を殺さない。……盲目にする」

マアラが隣で息を呑む。

「世界は、見られなくて大丈夫か」

「大丈夫にする。見る前に、聞くんだ。祈りじゃなく語りを」


収納の奥で、三つの記録が一文に繋がる。


『創造主記録層──開放条件:観測の断絶、理解の成立、再定義者の同意』


ゼルは笑って頷いた。

「同意する。虚空の名で」


世界は音もなく、次の頁へ進む。

天界は三たび“目”を降ろし、三たび敗れた。

だが敗北の内側に、創造主の残した“理解のアルゴリズム”は確かに残っていた。


セラフィア(理解する目)、オルフィス(命令の目)、ロゴス(意味を問う目)。

その三つの記録を継いだゼルは、観測の外へ世界を連れ出す権利を得る。


次章──第10章「創造主の記録(再定義)」。

“始まりの理解”に触れ、世界を所有ではなく関係として書き換える物語へ。

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