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虚空と光の戦場

王国は沈黙を恐れた。

加護塔の消失を“虚空の呪い”と呼び、神殿は祈りを捧げ続けた。

だが祈りは届かない。

王は決断する。――神の沈黙を破るため、聖騎士団を出陣させる。


虚空と光、二つの理がぶつかる時、

世界の構造が初めて“歪む”。

夜明け。

灰色の霧が王都を包み、祈りの声が響いていた。

聖騎士団――王国の象徴にして神の刃。

その先頭に立つのは、団長ライナルト・ヴェルデン。

白銀の鎧、胸に刻まれた光の紋章が淡く輝く。


「光は沈まない。

我らが祈る限り、神は見ておられる。」


彼の背後で、数百の騎士が膝をつく。

神官が詠唱を終えると、加護の光が彼らの剣を包んだ。

塔の沈黙を“虚空の呪い”と断じた王の命により、

彼らは北の霧の谷――“加護塔の跡地”へと進軍する。



一方その頃、ヴェルアインの黒の塔。

ゼル=イグナシアは円卓に立ち、地図を見下ろしていた。

加護塔を改変した余波で、虚空因子の深層が変質している。

《虚空収納》――存在を情報化し、虚空に沈める新たな力。


「神の観測を、完全に断てる……」

「つまり、殺さずに“消せる”ということか?」

マアラが呟く。

「違う。存在を“外”に避難させる。

……世界の外側で、再構築の余白を作るだけだ。」


その言葉と同時に、黒の塔が微かに震えた。

遠方――王国軍が動いた兆候。


「光の軍勢、来るぞ。」

「ようやくか。……試す時だ。」



昼下がり、霧の谷。

白と黒の軍勢が相対する。

祈りの光が霧を割り、魔族の影が地を這う。

ゼルはその最前線、黒い外套を翻して立っていた。


「ここが、お前たちの信じる“神の地”か?」

「虚空の徒よ、穢れた理を持ち込むな!」

ライナルトが剣を抜く。

「神の光は万象を裁く。お前のような存在も例外ではない!」


光が爆ぜ、戦端が開かれた。

祈りが風を裂き、加護の槍が雨のように降る。

魔族たちは防御陣形を組むが、光の威圧は凄まじい。


ゼルは一歩前へ。

《虚写》が視界を覆い、陣形の構造が線となって浮かぶ。

祈り、加護、魔力、信仰――それらの繋がりを“数式”として捉える。


(……なるほど。構造は美しい。だが脆い。)


指先を弾く。

《虚空因子》が位相反転を起こし、光の障壁が内側から崩壊した。

光が音もなく沈み、祈りが途切れる。


「な……何をした!」

「間違いを正しただけだ。」


祈りの連鎖が消え、戦場が静寂に包まれる。

だが――一人だけ、まだ立っていた。

白銀の鎧を纏う男、ライナルト。


「……神は沈まぬ。」

「沈んでることにも気づかないのか。」

「貴様こそ、神の理を歪める異端者だ!」


光が彼の全身を包む。

聖紋が燃え、鎧が天の光柱と化す。

その光を見た瞬間、ゼルは冷静に口角を上げた。


「……興味深い。」


《虚写》発動。

光の流路を読み取り、内部構造を写し取る。

《虚空収納》が同時に反応。

ライナルトの身体が淡く震え、視界から“抜け落ちた”。


残ったのは、鎧の残光と、静寂。


マアラが目を見開く。


「……ゼル。今のは?」

「存在を虚空に沈めた。殺してはいない。

代わりに、彼の“構造”を写した。」


手を掲げると、霧の中に白銀の影が現れる。

それは、ライナルトと寸分違わぬ姿。

声も、魔力も、魂の匂いすら同じ。


「……神ですら、見分けられまい。」

「だが、目的は何だ?」

「混乱だ。

王国に“希望”を返す。偽りの光を、な。」



数日後、王都。

聖騎士団が帰還。

傷ついた兵たちの先頭に、団長ライナルトが立っていた。

彼の声は静かで、しかしどこか冷たかった。


「虚空は退けた。神の御加護は、我らと共にある。」


王は涙を流し、神官たちは祈りを捧げる。

だが、その祈りの光は――微かに焦げていた。


夜。

神殿の壁が光り、祈りの像が軋む。

加護が過剰反応を起こし、周囲の空気が燃え上がる。


「……神が喜んでおられる!」

「違う、それは……!」


聖印が割れ、光が暴走する。

祈りが、炎となって街を焼く。

ゼルは遠くの丘で、それを見下ろしていた。


「神の加護は、毒にもなる。

それでも人は祈るのか。」


マアラが隣で問う。


「偽りの光が、世界を壊す……それが、お前の望みか?」

「違う。

これは“予行演習”だ。

神が何を見失ったのか――知るためのな。」


黒い空に、ひび割れのような光が走った。

神の観測系が再び動き出す。

しかしその目は、ゼルを“認識できなかった”。


「……見つけられないか。

よし、それでいい。」


夜風が吹く。

王国の鐘は鳴らない。

光と虚空の狭間で、世界は音もなく変わっていく。

王国に“勝利”を与えたはずの聖騎士団。

だがその光は、救いではなく“罰”だった。

神の加護は暴走し、祈りは街を焼いた。


そして神は、初めて“理解できない存在”に直面する。

虚空。

光と闇の理の外側にある、完全な余白。


次章、第9章──観測不能領域(天界編)

神が目を開く時、世界は初めて自らを疑う。

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