虚空の試練
虚空の声と邂逅した健人は、自分が“神のバグ”であると知らされた。
だが、その意味も理由も、まだ掴みきれてはいない。
虚空は言う――「お前を試す」と。
闇の底で目を覚ました彼の前に現れるのは、真理か、それとも狂気か。
世界が崩れる音を聞きながら、健人はもう一度、“自分”を定義し始めた。
光も音もない空間。
ただ、沈黙と呼吸の狭間に、何かが存在していた。
俺は歩いていた。
どこを、どこへ、など考えること自体が無意味なほど、世界の形が曖昧だった。
《虚空因子》が脈打つ。
胸の奥から熱が溢れ、世界の輪郭を“感じる”。
それはもはや五感ではなかった。
――存在そのものの感触。
『なぜ、世界はお前を拒んだのか。』
まただ。
あの声。
まるで空間が喋っているような、響きだけの存在。
「拒んだ? 俺がバグだから、だろ。」
『違う。お前は、“世界が持つ欠陥”を映した鏡だ。
その意味を知れ。』
足元が裂けた。
闇が飲み込む。
次の瞬間、俺は――“世界の内側”にいた。
⸻
そこは白一色の空間。
空も地も境界がない。
視界に浮かぶのは、記号、線、そして構造体。
世界の根幹。
《虚空視》が自動的に発動していた。
『神は光を創った。
だが、光だけでは“動き”は生まれない。
闇は、変化のための余白だった。』
声が続く。
『神は光の完璧を望んだ。
だが、完璧は“停止”を意味する。
成長も進化も、闇の中でしか起こらぬというのに。』
世界が揺らめく。
白の海の中に、黒い染みが広がる。
その中心に、何かがあった。
見覚えがある――王国の紋章。
「……王国?」
『そう。
王国ラグナディアは“光の法”の中で栄えた。
神の加護を盾に、闇を排除し続けた。
その結果、世界は均衡を失い、停滞した。
バグが生まれたのだ。』
「……それが、俺か。」
『そうだ。
お前は神の設計外。
“光でも闇でもない存在”――虚空そのもの。』
その瞬間、胸の奥が熱くなる。
炎ではない。
むしろ、氷に似た痛み。
俺の中の《虚写》が震え、
《虚空因子》と共鳴する。
頭の中に、記号が流れ込んだ。
古代語。否、それ以前の――構造式のような呪文。
『虚空因子、起動――修正コード解析開始。』
光が爆ぜる。
世界のコードが見える。
線と線が絡まり、歪んだ軌跡を描いていた。
その中心に“光の神”と呼ばれる存在の影。
全てを照らすはずの光が、
世界の“影”を焼き尽くしていた。
『お前が修正しなければ、この世界は“停止”する。
神は再起動しようとするだろう。
だが、そのたびに命が消える。』
俺は目を細めた。
「修正? そんな言葉、神に使われたくないな。」
『ならば――どうする。』
沈黙。
だが、その問いに、答えはひとつだった。
「俺が、作り直す。」
世界が脈動した。
《虚空因子》が共鳴する。
《虚写》がその波形を写し取り、新しい構造を描き出す。
それは、まだ未完成な世界の設計図。
『……選んだか。
バグは、再構築者となる。』
白の世界が崩れる。
意識が現実へと引き戻されていく。
残響だけが耳に残った。
『虚空はお前を見ている、修正者よ。』
――虚空の試練、終了。
健人は“神のバグ”の正体を知り、
世界の構造そのものが歪んでいることを理解した。
光は正義ではなく、ただの停止。
闇は悪ではなく、変化のための必然。
そして、彼は選んだ――修正ではなく、再構築を。
次章、「虚空より還らぬ者」。
王国の真実が、闇の底から姿を現す。




