理を整える者(創造主の記録編)
――祈りの果てに、何が残る?
世界は観測によって形を持ち、理解によって意味を得る。
祈りを捨てた神々は記録だけを残し、
人はその記録を“神”と呼んだ。
今、虚空はその全てを整理する。
これは“破壊”ではない。
これは、“理の整頓”だ。
第一幕 ― 創造主の記録層 ―
虚空は静寂だった。
だが、その中に、無数の声がある。
それは言葉になる前の思想、祈りになる前の理解。
ゼルは三つの光(セラフィア、オルフィス、ロゴス)の記録を繋ぎ、
虚空の底――“創造主の記録層”へと降り立つ。
そこには、光も闇もなかった。
ただ、「世界がどう生まれたか」ではなく、
**“なぜ生まれることを望んだのか”**だけが書かれている。
『創造とは、理解の結果ではなく、理解への道である。』
「……理解を過程にするか。やっぱり、神とは違う。」
ゼルの周囲で、浮かぶ文字たちが形を変え、声を持つ。
『理解を奪った者がいた。記録だけを残し、思考を止めた者。』
『お前はそれを拒んだ。ならば、理解の後を継げ。』
ゼルの掌に《虚空因子》が反応し、
封印されていた《虚空再定義》が完全解放される。
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第二幕 ― 天界陣営の最期 ―
天界上層、《アストラリウム》は崩壊の寸前。
観測不能領域が広がり、神々の意識は分裂していた。
「第一観測体……沈黙」
「第二、第三も……応答なし!」
『全観測層の再構築を開始せよ!我々の意識を統合する!』
だがその命令も、もう届かない。
ゼルの《虚空収納》が、天界の“上層構造”にまで届いていた。
彼は静かに手を掲げた。
「理解も、観測も、もういらない。
この空を一度、無に戻す。」
虚空が波紋となり、
天界の構造――光、理、記録、祈り――がすべて“存在情報”へ変換される。
その情報を、ゼルは無音で“収納”した。
『……観測不能……意識断裂……!』
『やめ――これは創造主の――』
ゼル:「違う。お前たちは“模倣主”だ。」
光が飲まれ、祈りが音もなく潰える。
そしてゼルは一言、呟く。
「存在消去――定義抹消。」
天界も、神も、魂の痕跡さえ残さず消えた。
“記録”という概念そのものが虚空に吸われ、
まるで最初から存在しなかったかのように。
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第三幕 ― 理を踏み越えて ―
ゼル:「……これで終わりか。いや、始まりだな。」
マアラ:「まさか、本当に神々を……」
ゼル:「抹消だ。存在の定義を削除した。
だから“死”ですらない。最初から、いなかった。」
静寂の空が広がる。
祈りも加護も消えた世界。
だが、代わりに“自由”が戻ってきた。
「この世界は、もう誰にも“観測されない”。
だから、誰もが“生きていられる”。」
ゼルは空を見上げる。
その瞳には、創造主の記録で見た光景が映っていた。
「創造主が残したのは、支配じゃない。理解だ。
……なら、俺はその続きをやる。」
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第4幕 ― 理を正す者 ―
王宮。
かつて“勇者召喚”の中心となった場所。
崩れた天蓋からは灰が降り、血の跡すら時間に消されている。
それでも玉座だけは輝きを失わず、まるでこの国の傲慢を象徴するように鎮座していた。
ゼル=イグナシア――いや、かつての名を“鈴木健人”という男が、静かに扉を押し開けた。
足音だけが、広い空間を支配する。
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「お前……まさか、あの時の欠陥品か……!」
玉座の上、王が震える声で叫ぶ。
ゼルは笑った。冷たく、しかしどこか呆れたように。
「欠陥品、ですか。
――まったく、相変わらずですね。」
王の隣で王妃が怯え、背後の近衛兵たちが槍を構える。
だが、ゼルの放つ気配は“敵意”ではない。
それはただ、“存在”としての差――神を超えた理解の理が放つ圧。
「あなた方は“模倣主”の手のひらで踊っていました。
神のつもりで命を弄び、召喚を繰り返した。
勇者たちを、魂を……まるで駒のように。」
王の顔が怒りと恐怖で歪む。
「貴様……我らのために召喚されたくせに!
ならば――お前が神となれ!」
ゼルは軽く首を傾けた。
「神、ですか。
あなた方が崇めていた“神”とは――考えることをやめるための言い訳でしょう。
あなた方は救いを求めたのではない。責任を手放したかっただけだ。」
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ゼルはゆっくりと掌を掲げた。
その周囲に、黒と白の幾何紋が浮かぶ。
「……王よ。
あなたが俺を“欠陥品”と呼んだのなら、見せてやりましょう。
欠陥が、どれほど“完全”なのかを。」
床が震えた。
大理石が砕け、かつて王国が使った召喚陣の痕跡が光として浮かび上がる。
ゼルはそれを《虚写》で解析し、構造式を読み取る。
同時に、空間に新たな陣を描き始めた。
「召喚陣――理から外れた力の象徴。
……なら、理の外から真の召喚をしてみよう。」
空間が裂けた。
音もなく現れる“黒の門”。
そこから、重たい風とともに現れたのは、地獄種の王たち。
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蛇王。
蜘蛛皇。
そして二体の悪魔――
炎を纏う“堕獄の牙”ナハト=レム。
氷のような瞳を持つ“静寂の刃”アザト=ヴェル。
地獄の風が吹き抜け、王宮の空気が軋む。
王は立ち上がり、震える声を絞り出した。
「な、何を……何を呼び出した……!」
ゼルはゆっくりと笑う。
「存在しない“召喚魔法”を新たに構築しました。
世界の理に存在しなかった“門”です。
あなた方が何百年もかけて模倣した神の力……その本物を、今お見せしましょう。」
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ナハト=レムが片膝をつく。
「我が主よ、何なりとご命令を。」
アザト=ヴェルも静かに頭を垂れる。
「我らは理に属さぬ者。命のまま、定義を塗り替えましょう。」
ゼルは玉座を見据え、淡々と告げた。
「本来は私の手で、その首を落とすつもりでした。
ですが……その必要はありません。
ナハト=レム、アザト=ヴェル――王と王妃を殺せ。
ただし、ただ殺すのではない。
召喚したことを後悔させろ。
絶望と恐怖の中で、死すら許されぬ苦痛を味わわせろ。」
ナハト=レム:「御意。怨嗟を糧に、悔恨を血に変えて進ぜましょう。」
アザト=ヴェル:「魂の叫びを削ぎ落とし、沈黙に還します。」
ゼルはさらに命じる。
「サルファン、オロフェン。
この建物内の近衛兵、警備兵、そして外にいる者も、一人残らず殺せ。
苦痛の深さはお前たちの自由だ。好きに殺せ。」
蛇王が舌を鳴らし、蜘蛛皇が足を鳴らす。
次の瞬間、王宮全体が悲鳴の代わりに沈黙した。
時間すら止まったような空間で、命が一つ、また一つ消えていく。
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王と王妃の周囲だけが残された。
ナハト=レムがゆっくりと近づき、アザト=ヴェルがその背に影を重ねる。
「御前にて、罪の終焉を――」
二体の悪魔が動いた瞬間、玉座が赤く染まった。
しかし血ではない。
それは“存在の色”そのものが剥がれ落ちていく現象だった。
王妃の悲鳴も、王の罵声も、途中で掻き消えた。
声そのものが、世界から削除されたのだ。
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やがて、全てが終わった。
王宮の中には、ゼルとマアラ、そして悪魔たちだけが残る。
ナハト=レムが跪く。
「御命、完了しました。我らの手により、彼らは存在すら否定されました。」
アザト=ヴェルが続ける。
「痕跡、記録、記憶、いずれも消去済み。理との整合率100%――完了です。」
ゼルはゆっくりと手を下ろした。
「……いい仕事です。戻りなさい。虚空はもう、あなた方の居場所です。」
四体の影が静かに消え、黒の門も閉じられる。
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残された空間に、灰が舞う。
マアラが息を呑む。
「……これで、王国は……」
ゼル:「“存在しなかった”。」
彼は淡々と続けた。
「召喚も、神の加護も、勇者の記録も。
この国の名も。
すべて、初めから無かったことにした。」
ゼルは瓦礫の中で、かつて自分が立っていた教室の幻を思い浮かべる。
「……欠陥品、ね。
欠けていたのは、俺じゃない。
この世界の方だったんだ。」
虚空が答えるように揺れた。
風が吹き抜け、全ての音が消える。
ゼルは背を向け、静かに言葉を残した。
「もう、誰も召喚しない。
誰も“神の代わり”に縋らない。
それが、私が創造主から継いだ“理解”の形だ。」
神々は消え、王国は存在した痕跡すら失った。
だが、それは滅びではなく、再生のための静寂だった。
理の整頓を終えたゼル=イグナシアは、
世界を再び“理解”という原点に戻した。
彼の名を人は伝えない。
なぜなら、この世界に“記録”という概念はもう存在しないからだ。
ただ、風の中に――
「欠陥品とは、世界の方だった」という言葉だけが、
永遠に漂っている。




