2.兄ちゃん、騎士と仲良くなる
――パンッ!
僕は両手で頬を強く叩いた。
クヨクヨしていても仕方ない。
今もゴミの山に鼻をつくような刺激臭がする。
「頑張らなくちゃ!」
まずはここを掃除するのが今の僕の役目だ。
やると引き受けたからには、しっかりとやらないといけない。
「エルドラン団長!」
「なっ……なんだ!?」
突然元気になった僕にエルドラン団長は戸惑っていた。
そんなことを気にしていない僕は、遠くに放置されているものを指さす。
「ゴミは投げちゃダメですよ」
僕はニコリと微笑んだ。
急いで駆け寄ってきたから、ゴミをその場で投げ捨てていたのを僕はちゃんと見ている。
「おっ……おう」
エルドラン団長はバツが悪そうな顔をしながら頭を掻き、ゴミを捨てに行った。
背中から少しだけ安心しているように感じた。
僕のことを心配しているのだろう。
本当に悪役と言われる人には全く見えないな……。
その後も騎士たちに指示をしながら、ゴミの片付けをしていく。
「だいぶ綺麗になりましたね」
「床を見たのは久しぶりだな」
片付けは騎士たちが手伝ってくれたおかげで、思ったよりもすぐに片付け終わった。
今までどんな風に生活をしていたのか気になるところだ。
――グゥー
僕や他の騎士たちから、お腹の音が鳴っている。
片付けることに必死になって、お腹が減っていたことを忘れていた。
「そういえば名前はなんて言うんだ?」
エルドラン団長に名前を聞かれて、少し戸惑った。
自分の名前は知っているけれど、この体の持ち主の名前はわからない。
それにこの子の名前も思い出せないのだ。
どうしようか考えていると、次第にエルドラン団長をはじめとする騎士たちの表情が険しくなる。
腹も減っているから、機嫌が悪いのだろう。
いつまでも待たせるなって思っていそうだな。
「そっ……ソウタです!」
結局は元の名前である奏太と伝えることにした。
だって、僕より大きな男たちに囲まれて睨まれたら、食べられちゃいそうな気がする。
「そうか……。俺は黒翼騎士団の団長エルドラン――」
「俺はジンだ! 平民出身だから気にせず話してくれ!」
ジンさんがエルドラン団長の話を遮って、勢いよく名乗った。
まるで周囲を気にせず堂々としている彼の様子が、少し安心感を与えてくれる。
それに短くボサボサになった赤茶の色の髪と太めの眉が特徴的で、どことなく柴犬に似ている。
「お前は俺が話している時に――」
「だって、エルドラン団長の顔が怖いから、ソウタもびっくりしますよ」
「なんだと!」
エルドラン団長とジンさんは仲が良いようだ。
「ハスキーと柴犬が戯れているように見える……」
「二人はいつもあんな感じだからな。私はゼノだ」
次に紹介してくれたのは、少しくせ毛な金髪を一つ結びにしている騎士だ。
流し目が印象的で、どこか俳優のような見た目をしている。
「ゼノさんって、女性が放っておけない見た目をしていますね」
「あっ……ああ」
妹が見ていた少女漫画にも出てきそうで、チャラチャラした見た目の王子様みたいだ。
女性たちが黄色い声を出して、追っかけしていてもおかしくない。
「ははは、ゼノは昔から女に好かれやすいが、ちょっと色々あってな!」
「おい、私の過去の話はいいだろ!」
本当に追っかけされていたみたい。
女性関係のトラブルがあって、今は静かに暮らしているらしい。
モテる男も大変なんだね。
僕を助けに来てくれたのは、エルドラン団長、ジンさん、ゼノさんの三人だ。
他にも黒翼騎士団所属の騎士はいるが、町の外に仕事に行っているらしい。
――グォォォン!
「ソウタはよっぽどお腹が空いているらしいな」
エルドラン団長は僕の顔を見ているが、今の音は僕ではない。
むしろ、何か動物の鳴き声みたいで僕もびっくりしたぐらいだ。
「ははは、今のは俺のお腹ですね」
恥ずかしさもなく、豪快に笑っていたのはジンさんだ。
「くくく、何かお腹に飼っているんですね」
聞いたことのない音に僕もついつい笑ってしまった。
いつも弟妹たちがお腹を空かして、音楽のように鳴っていたのが懐かしい。
だって、僕は六人兄弟の長男だからね。
「何か食べにいくか?」
「あっ、助けてもらったお礼に何か作りましょうか?」
三人は僕の手を握ると嬉しそうにキラキラした目で見つめてくる。
まるで弟妹を見ているようだ。
何も言ってはこないが、今すぐにでも作って欲しいのだろう。
「簡単なものになりますが、すぐに作りますね!」
ご飯の準備をするのは、僕にとったら日常だ。
僕の両親は共働きだから、代わりに僕が作ることが多かったからね。
この世界に来る前も、僕はご飯を作ろうと思って材料を買いに行っていたぐらいだ。
エルドラン団長に案内されるがまま、調理場に行くとここだけは綺麗に片付いていた。
騎士団の庁舎には料理人がいるのだろうか。
もし、いるなら勝手に使うのは気が引ける。
「勝手に使ってもいいんですか?」
「ああ、いいぜ。ここは誰も使ったことがないからな」
「へっ……!?」
エルドラン団長の言葉に僕は呆気にとられた。
「エルドラン団長は酒とつまみしか食べてないぞ?」
「お前は肉ばかりだろ!」
相変わらずエルドラン団長とジンさんは仲が良いようだ。
「私たちは基本外で食べているからね」
ゼノさんの話では、食事は外で食べることが多く、みんな好きなものを食べているらしい。
まさか体が資本の騎士に専属の料理人がいないなんて、考えられなかった。
「よし、お兄ちゃんが栄養があって美味しいご飯を作ってあげよう!」
僕は胸を張って、軽くポンと叩いた。
異世界に来てもお兄ちゃんはお兄ちゃんらしく、ご飯を作らないといけないようだ。
「くくく、ソウタのやつお兄ちゃんって言ったぞ」
「子どもが頑張っているんだから静かにしろ」
ジンさんのお尻をゼノさんが蹴っていた。
本当に騎士たちは仲が良いんだね。