3.やり直し
現実世界に戻ってから先程のことを思い返していた。滞在時間と現実世界の時間軸は一緒なのか、こちらも朝になっていた。
『まだ帰りたくないの』と言って引き留めて居酒屋の店先で激しくキスをしている中年の男女。これではただの酔っ払いだ。お酒と雰囲気に飲まれているだけな気がする。
(袖掴んで目を潤ませて、まだ帰りたくないって誘いの台詞だよな。しかも、妄想の世界だと思ったから、もっと知りたいとか言って……。現実の世界で、あの場面で言うと、相手の内面を知りたいという意味ではなく、ただ興奮しているだけに聞こえるよな……。)
自分が脳内で思った通りの展開になっていると言うのに、なんてことを言ったんだと自分にビンタしたくなる。そして、気まずくなりそのまま帰ろうとした私を寂しそうに、でも憐れと軽蔑も滲んだ目で見つめる圭一さんを思い出した。
結末は最悪だったが、部屋で彼と過ごした夜の甘い時間は思い出すとニヤけてしまうくらい幸せだった。一方的なものではなく視線も仕草も優しい。遊び相手としての扱いではない……気がした。
(あの時、あのまま帰らなければ良かったのか……。いや、身体の関係を結んだ時点であるのは都合のいいセフレではないか。身体の関係から始まる恋もあるかもしれないけれど、私は圭一さんのもっと内面を知りたい。もっと彼のことを色々と知って距離を縮めたい)
次はもっと違う言葉で、一夜で関係を変えようとせずに連絡先も交換して今後も会って距離を縮められるような言葉にしたい。
そんなことを思いながら出勤の準備を始めた。パジャマを脱いでブラウスにスカート、ストッキングとOLスタイルで会社へと向かう。
(さっきのことは忘れて、今は目の前のことに集中しなくては。)
そう思いつつも、考えることはどんな言葉を伝えれば圭一さんと親しくなれるのか、連絡先を聞けるのかだった。
昼食を食べながら、圭一さんのことを考えていた。私はなぜここまで彼を忘れられないか、きっと周りの人はそう思うだろう。
半年前に偶然出会った県外から来た旅行客の男性。それだけ聞けば、ただ旅先でワンナイトラブを狙っただけだと思うだろう。そして私はもしかしたら落とせるかもしれない都合のいい女。
自分でも客観的に考えれば、忘れられないような相手でもなく過ごした時の会話によっては変なナンパに捕まったと思い、飲んでいたビールを早々に飲み干し店を後にしただろう。そして、静子さんの店で飲み直していたと思う。
あの日、彼と出会ってからは瓶ビールは残り1/3ほどしか残っていなかった。しかし、帰りたくなくてゆっくりと飲み、話し始めてからは日本酒2合をちびちびと口にしながら、お互いのことを語り合ったのだ。
あの場に残って盃を交わし合ったのは、私のことを話す前から自然と彼が私の求めていた言葉を発していたためだった。こんな人がいたら、こんな言葉をかけてくれたら……小さなもしもの妄想の言葉を彼が言葉で紡いでいく。私の心の内が読めるのではないか、そんな魔法のような体験だった。
(今後戻るなら、一夜の遊びだと思われないような言葉にするんだ。好意は伝えつつも、もっとあなたのことを知りたいってワードにするんだ。)
その言葉が何がいいかは分からなかったが、彼との素敵な再会のために私は頭を巡らせるのであった。
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