2.再会の言葉
この日、お酒を飲みながら財布のレシートを整理していると静子さんにもらった魔法のカードが出てきた。既にもらってから1か月が経とうとしている。
(これ、戻れるカードって言って静子さんから貰ったんだよな。いつも冷静な静子さんだけど占いとか好きなのかな?)
そんなことを思いながらカードを眺めている。クレジットカードと同じサイズの透明なカードにラベンダーで縁が金色にキラキラと光る付箋が3枚張られている。
(確かにこの付箋、綺麗だけど時が戻れるって言ってもなー。非現実的すぎて信じられないんだよね。)
椅子に腰かけハイボールを飲みながら、腕を伸ばし魔法のカードを眺める。部屋の照明にあたって金縁部分がキラキラと光っている。
(んーー。なんて言ったら恋に発展する?彼の袖をつかんで潤んだ瞳で囁くように『まだ帰りたくないの』とか?うふふ、なんかドラマの世界みたい。)
そう思ってもう一口ハイボールを飲もうとグラスに口をつけた瞬間、ドライアイスのような白いモクモクとした煙が部屋中を包み込んだ。一瞬にして視界は真っ白になり何も見えない。
(えっ……何これ?)
ドドドドドドドド……
次の瞬間座っていた椅子が凄い勢いで上下に動き出した。震度6ちかくあるのではないか、激しく動く椅子と部屋中真っ白で何も見えない光景に混乱していると、今度はプツンと音を立て辺りは真っ暗になった。
気がつくと圭一さんと出逢った居酒屋の店先にいる。
「この旅の一番の思い出になりました。思いがけない幸せをありがとうございます。」
県外から旅行に来ていた圭一さんはそう言って微笑んでいる。
(これってあの時の!!!!)
私も微笑み返すとしばらくの間沈黙になり店先で私たちは静かに見つめ合っていた。この先は私が視線を外して、ちょっと変な空気になりそのまま別れを告げたのだった。
しかし、次の瞬間にしたことは違った。私は圭一さんの袖をつかんで潤んだ瞳で見つめている。
(え、これってまさか……。)
『まだ帰りたくないの』
囁くように予想していた言葉を私は囁くように呟いている。
圭一さんは私の腕を引き寄せ勢いよくキスをしてきた。
(わ、何これ夢……!?)
先程思い浮かべたことを言っている私がいた。空の上から圭一さんと自分の様子を見ていたが、圭一さんにキスをされて私の意識は私の身体へと戻っていった。
目を開けると圭一さんのまつ毛と鼻が、唇には圭一さんの唇の感触がある。腕を引き寄せられ、圭一さんの右手で髪を撫でられ、左手は私の腰に手を回しギュッと抱きしめられている。
「ん、んっ……。」
色んな衝撃で思わず声を漏らすと、圭一さんは両手で私の頬を包み込みながら見つめている。
「そんな誘惑するような台詞言うと、どうなっても知りませんよ。」
少し困ったような顔をしながら、微笑んで囁いてくる。
(ああ、私は半年も思い過ぎて酔っぱらっておかしくなってしまったのだろうか。こんなゲームのような甘いセリフを実際に男の人は言うのだろうか。)
今まで自分から誘惑することがなかったのでこんな台詞は言われたことがない。
(これはきっと妄想だ。恋愛に臆病になっているミドサー女が甘いセリフにときめいて恋のドキドキを思い出そうとしているんだ。誰かと久しくいい雰囲気になっていないからいい処方箋なのかもしれない。普段言うことの無い台詞を言ったらどんな展開になるか味わえるかも……。この妄想の世界を思う存分楽しんでみよう。)
私は視線を外さずに圭一さんの唇と瞳を見つめながら答えた。
「私、もっと圭一さんのこと知りたいです。」
「はああ、もう。」
抱かれてキスをされたあとに言う、『もっと知りたい』という言葉は圭一さんを煽ったようで先程より激しく舌を入れてキスをしてくる。唾液が交換できるほど激しくキスをし、乱れた呼吸を戻すため唇を離した。顔はまだ10㎝以内の近い距離にある。私は視線を反らせずにずっと見つめていた。
「彩さん……これは誘っていると思っていいのですか。」
そう問われて返答に困りながらも拒めずにいると、手首を掴み彼が泊まっているホテルに直行した。そしてそのまま一晩中甘い言葉を囁きながら朝を迎えるのだった。
(ひぃぃぃぃ、やってしまった……。)
目が覚めて頭の中に即座に出たのがこの言葉だった。隣には一糸まとわぬ姿の圭一さんがすやすやと寝息を立てている。
逃げるようにそそくさと支度をしていると圭一さんが目を覚ます。
「あ、あの、私はこれで……。」
立ち去ろうとした時に、圭一さんが起き上がり手首を掴まれた。
「帰ってしまうのですか。……あなたは他の人にもこんなことをしているのですか。」
そこには戸惑いと少し軽蔑の目をした圭一さんの姿があった。
「そんなことありません!!初めてです!!!」
すぐに否定をしたが、圭一さんの瞳と言葉に居たたまれなくなり私はホテルの部屋を出た。
(ああああーーー、もうこんなはずじゃなかったのに。戻りたい!!!)
ホワンホワンホワン
またしても白い煙が一面を覆い、私は自分の部屋に戻ってきた。手に持っていた魔法のカードは付箋が2枚になっている。
(1枚減っている……これって本当にあの時に戻ったの?静子さんが言っていたことは本当だったの?)
確かに3枚あったはずの付箋が1枚減っている。部屋を見渡しても落ちて取れた様子はない。そして、目の前が白くなる直前に思っていたことを言う私と結末の違い。
これは本物かもしれない、そして上手くいかなくなる現実世界に戻ってくるのか?不思議な力を持つカードをもう一度じっくりと見つめた。
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