表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

2話

 リシャールは顎に手を添え、険しい表情を見せた。


「ふむ、うっかり人を噛んでしまったら大変だ。一体どの方向へ逃げたか分かるかい?」

「あっちです」


 少女が指さした方向は、人気のない方向。


「……貧民街?」

「より向こう……」

「……もしかして、戻れぬ森!?」


 こくんと少女は頷く。

 あちゃあ、とクロエは天を仰いだ。

 戻れぬ森というのは通称で、実際に戻れない訳ではない。しかし森は深く、非常に迷いやすいため、中に入って迷子になって……という話はよく聞く。おまけに魔獣も出るのだ。


「リシャール……犬は死にませんってテロップ出しといてもらっていい?」

「犬が無事かどうかは我々次第だろう」

「犬猫が傷つくのが一番心にくるの~。お嬢さん、私たちが探してくるから犬について教えてもらっていい?」


 えと、と少女は必死に言葉を紡ぐ。


「ちょっと大きめで、色は黒茶。赤い首輪、付けてて」

「ふんふん」

「あと頭が三つあるの」

「犬は死にません!!!!??」


 急に異世界味が出てきた。


「お嬢さん、多分その犬、っていうか魔獣、森に帰っただけだよ、きっと楽しく暮らしてるよ!」

「ケルベロスは犬だもん! きっと森の中で心細い思いしてるもん!」

「多分他の魔獣が心細くなってるよ」

「クロエ、どんな理由があれペットが逃げ出したとなれば大変だ。人を襲ってしまえばさらに。すぐに調査に行くぞ」

「確かに人を襲ったら大変だけども! くう、迷い魔獣探しは異世界感あるけどやっぱり地味!」

「いせ……?」

「この者の言動は気にしなくていい。君は家に帰るんだ」


 少女から家の場所を聞き、去っていく彼女を見つめる。

 リシャールは懐からリボンを取り出し、ふっと息を吹きかけた。リボンがまるで蝶のように飛び立ち、空へ駆けて行く。事件が入ったことを詰所に知らせる魔法だ。


「私のきらきら異世界は何処……」

「ほら、行くぞクロエ」


 こうして、クロエたちは森へ向かうのだった。


◇◇◇


 鬱蒼とした森の中を進む。

 犬の足跡を探そうとしたが、流石迷いの森。そう上手くはいかなかった。結果、こうしてリシャールと二人でしらみつぶしに探す羽目となっていた。


「こうして二人で森にいると思い出すな。騎士学校時代を」

「お、キノコ。食えるのかな」

「聞いてほしい」


 ちょっと寂しそうに言われた。


「騎士学校時代ね? 確かに近くにもっと朝の番組風味の森があったけど」

「ああ。鍛錬出来る場所があったこと、覚えているだろうか」

「あったあった」


 リシャールがよく剣の稽古をしていた。

 顔も頭も剣の腕も優秀なリシャールは、騎士学校でも大変人気だった。数少ない女子たちは肉食獣と化し、血で血を洗うバトルが繰り広げられていた。


「僕たちの同期は皆真面目で、よく模擬戦をしていたね。たまに重傷者が出ることもあったくらい、皆熱が入っていた」

「あ、そういう認識だったんだ」

「?」

「ううん、知らなくていいことってあるよね」


 怪訝な顔をしたリシャールだが、クロエの言動をいちいち気にしてはきりがないと学習済みだ。すぐに話を続ける。


「あの頃は無事に騎士団員になれるか不安だったが……今こうして君とペアを組み、困った市民の力になれるのはとても嬉しいことだ」

「リシャールなんて騎士団№2だしね」

「正しい俺の実力だと思えないがね。騎士団内の公式戦、思い返してみても幸運に愛されていたようなものだ」

「運も実力の内っていうじゃん? もらえる名誉はもらっときなって」


 軽く背中を叩くと、リシャールは一瞬驚いた顔をしつつ笑みを零した。


「君は、いつも適当だな」

「適当最高! あー昔話したら飲みたくなってきちゃった。この件解決させたら、一緒に飲みに行かない?」

「君がアルコールを摂取しないのならね。酔った君は二日酔いで使い物にならないから」

「うぐ」


 過去の恥が頭をよぎり、クロエは渋い顔をした。

 リシャールが立ち止まったのは、次の瞬間だった。「クロエ」と真剣な声色で名前を呼ばれる。


「見たまえ、足跡だ。この森に生息する獣のものではないな」

「ほへ?」


 リシャールが指した地面には、肉球マークがあった。どう見ても犬の足跡だ。


「犬のものっぽいけど……なんでこれが森に生息する獣のものじゃないって分かるの?」

「この森の魔獣についての資料があっただろう。以前それを読んだ際、足跡一覧も覚えたんだ」

「へえー、そういうのあったんだ」

「……あの資料については、騎士団に努めた最初の頃に目を通すよう指示があったはずだったが」

「やばい」


 冷たい視線が「戻ったらきちんと読むように」と言ってくる。

 そそくさと視線を逸らすと、リシャールが険しい声をあげた。


「クロエ、他の魔獣の足跡もある。警戒した方が良さそうだ」


 そう言ってリシャールは剣を抜いた。

 魔獣は人を見れば襲ってくる生き物だ。生態によって攻撃方法も異なるため、警戒するにこしたことはないのも事実だ。


「魔獣の報告例は数多い。油断はするなよ」

「うん」

「どこから攻撃がくるかも分からない。分かっているな」

「うん」

「だが案ずるな。俺と君の組み合わせならば、どんな敵も倒せる。そうだろう? クロエ」

「あのさ、リシャール」

「なんだ?」

「テンション高くなってない?」


 言葉の端々が、妙に弾んでいる気がする。

 じっと見ると、そっと視線を逸らされた。


「もしかしてだけど、私が久しぶりに戦う場面が見れるって思ってる?」

「…………い、いや」

「そ? じゃあここの魔獣そこまで強くないし、出てきたらリシャール対応お願いね。私は魔獣、じゃなくて犬の方探すのに集中するから」

「え……………………………………………………」


 リシャールは迷い犬のような目をして固まった。


「……………………………………そうか…………………………………………」


 そして今にも泣きだしそうな顔で言った。


「やっぱりそうじゃん! そっちでテンション上がってるじゃん!」

「仕方がないだろう! 君はいつも暴力沙汰は俺に任せて、自分は戦わないじゃないか!」

「それは、わ、悪いと思ってるけど」

「君の剣技はとても美しいのに!!!!」

「出た剣技オタク!!」


 リシャールにはそういう一面があった、とクロエは今更ながら思い出した。

 軽い暴力案件ならばリシャールが華麗に片付けてしまうし、クロエとしても剣を鞘から引き抜くのが面倒だったので押し付けていたため、すっかり忘れていた。


「君はどうして面倒くさがるんだ? 君の剣は素晴らしい。この騎士団へ入団出来ていることがその証明だ」

「動いたら疲れるじゃん」

「騎士団へ入団しておいてか……!?」


 クロエは深々と嘆息した。


「リシャールって昔から私の剣好きだよね。言うほど凄い剣技な訳じゃないし、魔法の適正ないから普通の剣士よりも弱いのに」


 リシャールは小さな笑みをこぼす。

 花がバックに見えるような、美しく愛しいものを見る目であった。


「そんなことない。君の魅力は俺が保証する」

「口説いてる?」

「は、いや、口説いてはいないが……」

「はいへいはい。やらなきゃいけない場面は頑張るよ」

「常に頑張ってほしいものなんだがね……」


 茂みをかき分け、進んだ瞬間だった。


「っ!?」

「——リシャール!!」


 リシャールが踏み出した足元で、魔法陣が展開した。

 転移用の魔法陣だ。クロエがそう認識し、手を伸ばすが既に遅く。


「っ俺は大丈夫だから、君の身を!」


 リシャールの体が転移する。

 同時に、クロエの背後で。


「!」


 振り返り大きく目を見開いたクロエの目に、大きく跳躍し牙を剥く魔獣の姿が映る。


ここまで読んでいただきありがとうございます。とっても嬉しいです。

3話は4月19日のお昼ごろに投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ