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1話

全4話。軽い気持ちで読んでいただければと思います。


「はい、お兄さん速度違反ですよー、馬車の速度ね、ちょっと出し過ぎ。もうちょっと抑えて走らせましょうか。はい御者免許証出してー」

「けっ、騎士……それも女が。ほらよ!」

「はい確認しましたー。じゃ、これ書類ね。数日以内に罰金支払いに来ないと、牢屋行きなっちゃうからねー」


 御者は唾を吐くと、馬車は去っていく。

 ふぅとクロエは息を吐き出し、マントに付いた砂埃を叩いて払う。


「クロエ、そろそろ交代の時間だ」

「リシャール」


 現れたのは見目の良い優男——同僚であるリシャールだ。

 騎士の制服を規則正しく着用する彼を、道行く令嬢たちが目をハートにして立ち止まる。彼はそんな視線に慣れた様子で、手にしていた書類を確認していく。


「詰所に戻ったら違反者の確認だな。交通部と連携し、免許の減点作業を行い、その後は見回りと」

「…………」

「やれやれ。また書類仕事が溜まるな、クロエ。……クロエ?」

「……た」

「? なんだい、よく聞こえなかったからもう一度——」


 リシャールが首を傾げ、さらりと髪を揺らした直後。


「もっと充実した異世界が良かったああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 クロエは大通りで膝をつくのだった。


◇◇◇


 クロエは転生者である。

 死因はそう珍しくはない。自爆だ。

 そして気が付けば、赤ん坊として異世界に生まれ落ちていた。


 クロエが生まれた家は、大貴族の令嬢——ではなく。極めて一般的な家庭であった。

 転生前と変わらない、中流家庭の娘。両親の仲は問題なく、お金もとびきりの贅沢さえしなければ問題なし。進路はクロエの第一志望に進めたことも考えれば、恵まれている方だろう。


「クロエ、追加の書類だ」


 そんなこんなでクロエは今、平凡な騎士団員をしている。

 この世界で騎士というのは、警察官のような職業だ。華々しいように見えて、その業務は地味。クロエの生活はきらきらとはかけ離れている。


「……リシャールってさあ、どうしてそんな格好いい訳?」

「なんだ突然」


 そんな中、唯一のきらきら要素は目の前の男くらいだろう。


「いやね、私は常々思っているよ? リシャールって格好いいなって。顔良し、スタイル良し、頭良し、剣の腕も騎士団ナンバーツー。——だからこそ、だからこそ許せないんだ」

「……」

「なぜ私のきらきら異世界生活が始まらない!?」


 どんっ、とクロエが机を叩くと、羽ペンが振動で揺れた。


「なぜ!? 可愛い弟妹、もしくは近所の子とかあんまなかったし(いたのはクソガキのみ)。家族から冷遇されてもいないし(むしろめっちゃ可愛がってくれる、ありがとう)。学園ものかと思えば普通に騎士学校卒業したし、就職したらしたらで日々地味な業務ばかりで三年目!!」

「…………」

「三年だよ三年!! エンディングで流れたら騎士Aとか表示されるタイプの普通の騎士団員だよ!!」

「…………」

「チートもないし特殊スキルもない! 一向に生活に変化はないし!! ねえ! そう思うでしょう!」

「この書類、ここスペルミスしているな」

「ガン無視!!」


 クロエは半泣きになりながらミスを直した。

そんなクロエを見て、リシャールは深々と嘆息する。


「君の意味不明な言動には、騎士学校の頃から呆れ果てていたが……仕事の最中の無駄絶叫は止めてくれないか。大体、君は今の一体何が不満なんだ?」

「仕事が地味。もっと大きな事件を解決したい」


 リシャールは険しい表情のまま考え込むと、「そういえば」と声を上げた。


「つい先ほど、とある事件を聞いたな。まだ未解決だそうだ!」

「えっ!」


 クロエは立ち上がった。

 未解決事件。それは、後々起きる大きな事件の伏線ではないだろうか。期待に目を輝かせ、リシャールを見つめる。

リシャールは顎に手を添えると、


「最近、王都で全裸の男が全力疾走で盗難を働いているとか。公然わいせつ罪に窃盗罪だが、あまりにも速いのと神出鬼没なため、確保に至っていないらしい」

「——ただの変態案件!!」


 思っていたのと違った!


「クロエ、事件に大小はない。どんな小さな事件であれ、心に傷を負ってしまった者がいるのならば、それはとても由々しき事態だ」

「いやそうなんだけど、今求めていたのは違うというかさぁ」


 巨悪と戦うとか、そういうのを期待していた。

 はあ、と盛大に溜息を吐く。書類をなんとか仕上げつつ、不在にしている騎士団長のデスクの上に判待ちとして置いておく。


「クロエ、そろそろ見回りの時間だ」

「のせいで休憩時間が碌にない……しかも見回り……! あーきらきら異世界したい……」

「またそれか」


 リシャールは呆れたように嘆息する。

 その些細な動作でさえ美しい。リシャールの容姿は、クロエの生活の中で唯一のきらきら要素といって良いものだ。


「いっそリシャールとのきらきら恋愛とか出来たらいいのになぁ」

「……!」

「わ、なに?」


 リシャールの足が止まった。

 勢いよく振り向いた彼の頬は赤い。首を傾げると、リシャールは何度か口を開けては閉めを繰り返す。

 怪訝に思いながらも、クロエはふと、体が軽いことに気が付いた。


「い、今のは、君、つまりそういう、いや俺も君が相手なら……」

「あ、しまった。剣どこに置いたか忘れた。リシャールどっかで私の剣見なかっいただだだ!? なんで頭鷲掴み痛いってこの美男ゴリラめ!」


 その後、リシャールは妙に不機嫌な面でクロエの剣を探し出してくれた。


◇◇◇


 騎士団は二人一組で動くのが鉄則だ。

 騎士三年目のクロエの今年度のペアは、同じく三年目のリシャールである。本来ならばもう少しベテランと組むのが暗黙の了解だが、リシャールがあまりにも優秀であることと、クロエがあまりにも自由であることが理由で、騎士学校からの付き合いである二人が組まされた。


 優秀であるリシャールと組んで以来、仕事は円滑に進んでいる(進まされている、ともいえるかもしれない)。

 しかしながら、問題も一つ。


「リシャール様ぁ」


 それは、クロエが前にいた世界では“あざとい”、もしくは“ぶりっこ”と呼ばれる声色。


「メルディ様。ご機嫌麗しく」

「もう、メルディで良いっていつも言ってるじゃないですかぁ」


 ハートマークを散らしながら近づいてきたのは、一目で貴族令嬢と分かる愛らしい少女であった。


「まさかリシャール様とお会いできるなんてぇ、メルディ、感激雨あられ。これは運命天命結婚しかない!」


 近くにお付きの人間がいるが、クロエたちがいる市民街は貴族令嬢が出歩く場所ではない。

 つまり、リシャールに会うためにわざわざ来たのだ。この分じゃ巡回ルートもばれているな、とはクロエの予想である。


「こちらこそメルディ様にお会い出来て光栄です。お変わりはございませんか?」

「恋の病、私はあなたに首ったけ……ぽっ」


 問題というのはこれである。

 リシャールに惚れた女性たちからの声掛けが凄い。おかげで巡回ルートが倍以上の時間がかかっているのだ。

 特に何が問題かというと、


「問題がないようで何よりです。何かあればお声掛けください。では」

「お待ちになって――――!!」


 令嬢、綺麗なスライディング土下座、からのリシャールの足にしがみつく。


「め、メルディ様!?」

「あーーなんか変わったことあったかもしれないですわ!! あったあった絶対ありましたわ!! 今思い出すのでお待ちになって!!」

「コアラもびっくりの飛びつきっぷりだ……」

「——失礼、メルディ様」

「きゃっ」


 リシャールは長い足を勢いよく振り上げる。令嬢の体は宙に浮くが、リシャールは華麗に横抱きして落下を防いだ。

 周囲から拍手を浴びる。


「あまりお転婆されると、お付きの者が心配されますよ」

「り、リシャール様ぁ……!」

「それでは、失礼します。本当に何かあったら言ってくださいね。では。クロエ、行くぞ」


 ぽーっとする令嬢を置いて、リシャールとクロエは歩き出す。

 そう、特に問題なのは——


「リシャール様!! 私ですアイディです!! 覚えておいででごわすか!!」

「アイディ様、ご機嫌麗しく!」

「今日も素敵だどん! 結婚してくださいでごわす!!」

「はは、ありがとうございます。変わったことはございませんか? もし何かあれば、お気軽に言ってください。それでは」

「待つでごわすー!! どんっ!?」

「ふ、お転婆な方だ。本当に何かあれば言ってくださいね。では。行くぞクロエ」

「リシャール様! あっしでっせ! 結婚してくだ——」

「ストレス限界突破!!!!」


 地団駄を踏むクロエを気にする人はいない。

 リシャールは優秀なのだが、女性人気があまりにも高すぎる。数メートル歩く度にこれで、しがみ付く令嬢たちを実力行使でリシャールが引き離すところまでが天丼だ。

 もはや天丼を重ねすぎて天天天天天天天天天天丼丼丼丼丼丼丼丼丼丼くらいの勢いなのである。


「疲れた……ただの見回りなのにどうしてこんな疲れるの……?」

「大丈夫か?」

「どこのイケメンのせいだよちくしょう」


 イケメンが自分に群がって逆ハーレムならともかく、ペアを組んだ相方に突進してくる濃い味の女性陣の大群。クロエ自身が何か求められている訳でもないのに、非常に疲れる。


「あの!」

「今度はどこの女性だぁ!」

「ひっ」

「クロエ」


 振り返りつつ意気込んだクロエは、リシャールの言葉ではたと気が付いた。

 七、八歳くらいだろうか。気弱そうな少女はクロエの剣幕に怯えている。……当然、その目にはクロエが映っている。


「久しぶりに人から話しかけられた……!?」

「悲しき怪物みたいなことを言わないでくれ。どうしたんだい?」


 珍しくリシャール目当てではない少女は「ええと」と言葉に詰まらせながら話し始める。


「私の飼っている犬が、逃げてしまって……」


 少女は、そう口にした。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

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