009 ダンジョン内行商
「護衛は間に合ってまーす。次回の行商は未定でーす。でもやるつもりでーす」
「そ、そうか。でもやるんならまた利用させてもらうぜ」
「残念だが仕方ない。というか、カスタマイズできるまで鍛えてるアイテムボックス持ちがフリーなわけないよな」
「まあそうだわな。じゃあ楽しみにしてるぜ」
「また会ったら頼むわ」
面倒事に発展する前にさくっと伝えると、掴み合い一歩手前くらいの雰囲気だったふたつのパーティはあっさりと引き下がってくれた。
どっちもそれほど本気ではなかったのかな? いや、単純に冷静になっただけかな。
普通はアイテムボックス持ちが紐付きでないなんてことはないだろうしね。しかもこんなセーフティゾーンまで来ているようなやつが、ね。
実際はアイテムボックスでもないし、どフリーなんだけれどね!
「唐揚げ弁当は売り切れか。くっそぅー。もっと早く戻ってくればよかったなあ」
「ステーキ弁当もないの? 残ってるのはのり弁……。いやでもここで食べられるだけましか。のり弁とお茶ください」
「味噌汁はないの? おにぎりとかも? サラダは……。ないのね。お弁当とお茶だけなんだね……。のり弁とお茶ください」
続々と帰ってくる探索者たちが北国工業や風の知らせが食べているお弁当に気づいて話を聞き、私のお店に殺到してくる。
あとはもうその繰り返しとなった。
やはり読みどおりにダンジョン内行商は大人気のようだね。
これならお試しとしては大成功といっていいでしょう。次来るときはもっとたくさん仕入れてこないと。
ちなみに、お品書きの横に『勧誘、交渉などはご遠慮ください』と書いた紙を新たに貼り付けておいた。
お品書きの横なので、買いに来る人全員の目にちゃんと入っているから、無視して勧誘とかをしてくる人はいなくなった。
このセーフティゾーンには限られたメンバーしかいないし、次も行商予定だっていうのは他の探索者から聞いたのか、無理に勧誘などをして不興を買うのは割に合わないと思ったのかもね。
次の機会に売ってもらえなかったら辛いだろうしね。周りが美味しそうにお弁当を食べている中、自分だけ食べ飽きた保存食では悲しいなんてもんじゃない。探索のモチベーションもだだ下がりだろう。
探索者の保存食というのは、インスタントの食品などが主になる。
ダンジョン内で飲料水を確保するのは非常に難しくて、各自で持ち込むくらいしか手段がない。
ダンジョン内に存在する水や魔法で生成される水は、飲料には適さないどころか健康を害するレベルなのだから仕方ない。
研究は続けられているようだけれど、大多数の探索者は諦めて重い飲料水を持ち運んでいるのが現状なんだよね。
今回案内役にしていた探索者達のように、パワーアシストスーツで大量の荷物を持ち運べても、大半は水だったりするのだろう。人間が一日に必要とする水の量は大体二リットルと言われているし、それがパーティの平均人数の六人分。さらに滞在日数をかければ百リットルくらいは余裕で消費することになる。
インスタント食品も改良に改良がなされて、種類も多いし、美味しいものも多い。
でもそういったものはお湯が必要だったり、冷凍されていたりとダンジョンに持ち込むにはあまり適していなかったりする。
もちろん探索者向けのインスタント食品の研究も進んでいるから、100年前よりはマシになっているみたいだけれどね。
それでもやっぱりできたてのお弁当が食べられるなら、インスタント食品を選んだりはしないのは売り切れたお弁当が物語ってる。
箱買いしたお茶は残っているけれど、収納空間に入れっぱなしだし次回に売ればいいかな。
セーフティゾーンに帰ってきた探索者パーティ全員にお弁当が行き渡ったわけではないけれど、十分な宣伝にもなったのでこの辺でとっとと帰ることにする。
「おう、戻るのか? 次、期待してるぜ」
「できればもっとたくさん持ってきてくれよー」
「次はお茶だけじゃないとうれしいかもー」
「私、甘いものがたべたーい!」
「酒があったら最高だなー」
「ダンジョンで酒とか死にたいのか?」
「タバコならいいんじゃね?」
「セーフティゾーンの外で吸ってよねー」
「死ねってか!」
撤収作業をしていると、お弁当を買ってくれた探索者たちが色々と声をかけてきたので、適当にあしらっておく。
甘い物や飲料系の種類を増やすのはいいかな。お酒はだめだね。ダンジョンでは致命的でしょ。タバコは臭いし。
ほかにもお弁当の種類と量も増やしておこうかな。今回のはホットがモットーで買ったけれど、大量購入ができそうなお弁当屋さんを調べてみよう。
あ、でも別に収納空間内に入れるだけならお弁当に限らなくてもいいのか。だったら販売できる種類も増えるかな。
……いや待て。販売できる種類が増えたら大変になりそう。やっぱり種類を一気に増やすのはやめておこう。とりあえずお弁当だね。
さくっと撤収作業を完了させて、ボス部屋に戻るための回廊を進んでいく。
その途中で神域魔法で隠蔽をすればもう誰も私に気づけない。途中まで誰かつけてくるかと思ったけれど、そんなこともなかった。民度いいよね。このセーフティゾーンにいる人。
ボス部屋の扉に鎖はなく、その扉を開けると目の前には長い階段。
セーフティゾーン側から四階層に戻る場合は、ボス部屋をショートカットできる。ボス部屋も無駄に広いからね。時短になってとてもいい。
たぶん、ボス戦してる人がいた場合や、同時に侵入する場合なんかの対処のためかな? ダンジョンってこういう細かいところの配慮はできるくせに、色々と雑だったりだるかったりするところが多いんだよなー。もっと頑張れよ!
行きと違って帰りはさくさくと帰ることに成功。
まあ、だいぶ迷子になった行きと違って、帰りは道がわかってたしね。
次にセーフティゾーンまで行くのも道は大体覚えてるから大丈夫。私、神域の聖女なので!
なお、神域魔法にマッピングとか記憶力を向上させる系統の魔法はないよ。私の素のスペックだよ! ハイエルフですので!
さて、無事いつものネットカフェに帰ってこれたので、いつもの個室で次回の行商のための商品の仕入先を探そうかな。
……その前に昨日途中だったアニメみよう。うん。大丈夫大丈夫。時間はいっぱいあるさ!
……と思ってた時期が私にもありました! あれ? この下り何回もやった気がする。
ま、そんなことはどうでもいいとして!
気がついたら朝になっていて、たっぷりと寝たら続きを見て、また朝になっていたのでたっぷり寝てました!
不思議だね! 全部日本のサブカルチャーが悪いんだよ! いや悪くないよ! いいぞもっとやれ!
というわけで、いい加減動いたほうがいいだろうと、さくさくっと仕入先を検索。電話をかけて個人でもいっぱい買えますかと聞くこと数件。
事前に連絡を入れて種類と個数を確定させれば、大体どこのお弁当屋さんでも問題ないとのこと。
さらには配達までしてくれるところもあるみたいで、近くにあったお弁当屋さん二件以外は配達してもらうことに。
もちろん配達場所はこのネットカフェだよ。店員さんに聞いたら大丈夫って言ってたし。個室に止まってる常連さんとかもやってるみたいだからね。まあ、量がバカみたいに多いけれど。
今日中に配達してくれるところもあったけれど、すぐにはできないのでその間にスーパーに行って飲料系を箱買いしておく。
お茶がぬるいってみんな言っていたのを思い出したので、収納空間の一部をカスタマイズして大量の氷と水と一緒にぶちこんでおいた。
一晩冷やせばキンキンでしょ! これでもうぬるいなんて言わせないぜ!
ついでに帰り道でスイーツ店にもよって、色々とデザートも買ってみた。でもこれは大体私用なので売らないと思う。大量購入はできなかったしね。
一応大量購入できないか聞いてみたけれど、他のお客様にご迷惑になりますので、とやんわりと断られちゃったよ。やんわりかな?
こういうデザートはどこで大量購入できるんだろうね? あとで調べておくか。
ネットカフェの個室に戻ってすぐにお弁当の配達があったので、受け取っておく。
その場で収納空間に全部入れたらやっぱり驚かれたけれど、便利ですねえとしか言われなかった。
まあ、一般人からみたらそんなもんでしょう。すぐさま勧誘しにくるのは探索者とか企業のスカウトくらいなもんだよ。
そのあとは注文したお弁当を取りに行ったり、キンキンに冷やした飲料を時間停止している区画に入れ直したり、業務スーパーでお菓子類をいっぱい買ったりした。
案外業務スーパーでもデザート系の大きいのが買えたりするんだよね。でも謎のメーカーのばかりだし、個別に個人向けに販売するのには向かないタイプのやつばっかりだね。自分で食べる用だね。
お試し行商の売上がなかなかの額になっているので、色んな食べ物を大量に購入してもまだまだ余裕がある。
とはいえ、大量といっても個人で一度に買える量なんてたかが知れているのだ。
数日にわけるか、本格的に契約して作ってもらうとかしなければ、金額的に問題はないのは当然ともいえる。
次の行商の仕入れもだいたい終わったと思うし、今度はお品書きを作っておかないといけない。
お弁当は受け取るときにもらったメニュー表もあるので、そんなに大変ではないけれど、他の飲料水とかお菓子とかはちょっと面倒くさい。
まあアニメを見つつちょこちょこ作っていけばいいかな。別に全部を一度に売る必要もないしね。飽きたら次回に回してもいいのだ。
仕事ではあるけれど、自由な行商だからね。
どれを売るかは私の勝手さ!
さあ、ちょこっとお品書きを作ったらアニメの続きをみよう! 私の行商生活はこれからだ!
それからさらに一週間。
あれ? 全然お品書きの準備が進まないな? おかしいな。結構私頑張ってると思うんだけれど。あ、休憩はこの辺にして続きみなきゃね!
それからさらに三日経って、なんとかお品書きの準備が整ったよ!
私、頑張った!