003 関東第二ダンジョン
ガイドブックによると、異世界ラーンルリアでもお馴染みの薬草とひとまとめに呼ばれていた数種類の植物が買取対象になっているものの、あっちでは買取されていた種類が買取対象に記載されていなかったりもしている。
この辺はまだまだ研究が足りていないのか、姿形は同じでも実際は別物なのか。私は聖女であっても薬師じゃないからわかんないや! 大事なのはお金になるか。それだけである!
関東第二ダンジョンの入り口はドームの中にさらに分厚いコンクリートと金属で守られた建物の中にあった。
これだけガッチガチに固めているのも溢れ対策だろうね。あっちでもよくあったよ。私が結界で固めたところは外に出ようとするモンスターがモンスターに押しつぶされてすごいことになってたけれど。ああいうのを地獄絵図っていうんだよ!
たくさんの探索者で混雑しているダンジョン入り口の建物に並び、前を行く探索者の真似をして入り口の建物のゲート前に設置されている端末にDカードを翳してダンジョンへと侵入を果たす。
私の探索者人生の偉大なる一歩である!
ダンジョン特有の魔力の濃さを感じつつ、少しだけ懐かしく思いながら進むと視界が開け草原が目に入ってきた。
関東第二ダンジョンの一階層入り口は広い草原と遠目に点在する林と大きな森で構成されている。
草原にはモンスターはおらず、小動物が生息しており、買取対象の薬草類もあまりないそうだ。まあ、入り口なのでそんなものだろう。むしろいきなりモンスターがいないだけでもこのダンジョンは優しい部類だ。
あっちのダンジョンにはいきなり強めのモンスターが集団で襲ってくるようなダンジョンもあったからねえ。
攻撃力が皆無の私の主な収入源になりそうなのは、やはり薬草類である。その他にも買取対象には一部の果物なんかもあるようなので見かけたら積極的に採取する所存です。
あっちのダンジョンでも使っていたような武器があれば、私のようなか弱い美少女でもモンスター討伐はできるのだけれど、突然の帰還で持ち込めなかったし、こちらで購入しようにも日本円が一円もないからね! 仕方ない仕方ない。
初心者探索者と思しき普段着に鉄パイプだったり金槌だったりと、武器に見えない武器を持った人々を尻目に、てくてくと草原を抜ける。
さらっと見た感じでは、ガイドブック通りに薬草類は全然なさそうだったし。とりあえず、森の方にでも行って探したほうがいいだろうと進んでいくこと三十分。意外と遠かったがその間買取対象の薬草類を少しだけだが採取できた。
これだけでも一応お昼ごはんくらいは食べられそうなので、探索者というのはボロい商売だと思う。
ただ、周りの初心者探索者たちはこういった薬草類を完全に無視していることを考えると、見分けがつかないのか小動物を討伐するほうが実入りがいいと思っているのか。たぶん前者だろう。
ガイドブックの記載を信じるなら小動物を討伐してドロップするお肉は多くても五百グラム程度で百グラムあたり百円にもならない。逆に薬草類なら種類にもよるがひと束で千円以上で買取してもらえる。
ただし、特徴的な目印があるわけでもなく、買取対象外の植物と似たような見た目のものが多く、きちんと見比べなければわからないというのも頷ける。
ちなみに、ダンジョン内に出現する生物はすべて、殺すとダンジョンに吸収されて何かしらの物品を残す。
ガイドブックによればそれらの行為をドロップすると呼んでいるらしい。ゲームかな? なつかしっ。あのゲームの続きって出てるのかな。もしプレイできるのならやりたいなあ。
小動物しかでなかった草原とは違い、森の中からはモンスターが出現し始める。
モンスターとただの動物の違いは、魔石をドロップするかどうかであり、モンスターの身体能力は動物とは明らかに異なっている。階層を深めるにつれてモンスターたちも人類同様スキルや魔法を使い、物理法則を無視し始める。
あちらのダンジョンに慣れている私からすれば当たり前の話だが、地球では非常識なのもわかる。ダンジョン発生当時は相当大変だったらしいしね。ダンジョンの歴史というパンフレットに結構詳しく書かれていたりする。
それによると、特にダンジョン発生から数年が経過してダンジョンの中に豊富な資源が確認されてからは、ダンジョン景気とよばれる好景気が世界中で巻き起こった。
どの国もダンジョン探索に躍起になり、既存の資源の回収と未知の資源の研究に全力を傾けた。
特にモンスターからドロップする魔石は研究の結果、まったく新しいクリーンエネルギーとしてすぐさま実用化され、一部の石油産出国など以外からは諸手を挙げて歓迎されている。
しかし、ダンジョンの傾向によって資源の回収が容易な場所とそうでない場所は明確に異なっている。モンスターをわざわざ入り口まで運んで外に出られるかどうかの確認まで行い、安全性を確認した上で資源回収が難しいダンジョンは放置され始める。
だがそれは明確な悪手だった。
ダンジョン発生から五年が経過したときに悲劇が起こる。
放置されたダンジョンから、世界規模で同時多発的に大量のモンスターが溢れ出てきたのだ。所謂ダンジョン溢れである。
あちらのダンジョンでもダンジョン溢れは街や村を簡単に滅ぼすほどの脅威であり、ダンジョンが見つかり次第定期的な間引きが必須であり、生き残るための義務でもあった。
結果からいえば、ダンジョン発生から五年後に起きたダンジョン溢れ――第一次ダンジョン災害による被害は世界人口の三割の消失という恐るべき惨状をもたらした。
ダンジョン発生時に発足した国際ダンジョン機構は、後の研究結果からダンジョンの放置の危険性をダンジョン保有国全てに伝えることになるが、さすがに今更である。
第一次ダンジョン災害で滅びた国は片手では収まらず、ダンジョンから溢れたモンスターがダンジョンの周囲で繁殖し、モンスターの楽園――魔境を形成し、さらなる被害を出している。
ダンジョンの中では繁殖行動をとらないモンスターなのに、外に出た途端繁殖し始めるんだから不思議だよね。ダンジョンは不思議がいっぱいで一攫千金の夢をもたらしてくれるけれど、それと同時に危険もいっぱいで怖いところ、というのがあちらの世界での共通認識だ。
まあ私にとってはストレス発散のためのアトラクションだったけれど。
ちなみに、日本も第一次ダンジョン災害で被害を出しているが、世界的にみてとても軽微な被害で済んでいる。
当時の総理大臣が強烈なダンジョンフリークで、ダンジョン溢れは必ず起こると政治家生命を賭けてまで主張しており、実際に日本に発生した十箇所のダンジョンうち、資源回収が困難なところであっても間引きを行っていたらしい。
そんな総理大臣であってもすべての資源回収困難なダンジョンを間引きさせることはできなく、結果として日本では二箇所でダンジョン溢れが発生。それでも自衛隊や当時の探索者たちの迅速な行動で被害を抑えることができた。
その総理大臣は今や歴史に名を刻む救国の英雄として教科書に載っているそうな。
すごいね、総理大臣。預言者かなんかかな? 当時は変人、今や英雄。あれ? トンチキ集団も似たようなもんだったな。彼らも私と合流するまでは割と変人として対応されてたようだし。強かったんだけれどね。……行動がね、痛かったからね。
ちなみに、日本の魔境は巨大で分厚い壁で完全に封じられており、ここ数十年、被害らしい被害はないそうな。パンフレットに載っている情報ではだけれど。
それでも世界的にみて稀有な結果であることは確かなようで、ほとんどの国は魔境を持て余し、国力をすり潰しながら対処しているような状況だそうだ。
そういった結果もあり、日本はダンジョン保有国として非常に大きな発言力をもっているとかもっていないとか。まあ私に政治はよくわからんとです。
ちなみに五年周期でダンジョン溢れは発生しており、対処に失敗した国は悉く滅びの道を歩んでいる。
第一次ダンジョン災害以降、現在に至るまでダンジョンによる大きな被害を出していない日本はダンジョン大国と呼ぶにふさわしいのかもしれない。それでも多大なリソースを割いていることは変わりなく、世界的な発展速度は亀の歩み以下にまで落ち込み、文明レベルは100年前とほとんど変わっていない。
未来の世界なはずなのに生前とあんまり変わらない文明レベルなのはそういうことらしい。それでも世界的に大きな被害を出して、継続的に対策も必要で、とても大変なことになっているのに文明の後退が起こっていないだけましなのかもしれないねえ。
森の中で魔石を持たない野生動物や、少数のモンスターなんかを神域魔法の隠蔽で完全にスルーし、買取対象の薬草類を採取していく。
読みどおりに草原よりも森の方が薬草類は多い。脱初心者を果たしたような簡単な防具をつけた探索者や、防具もつけていないうかつな初心者探索者も森に入っていたりするが、彼らはやはり薬草類を発見できていないようだ。
こういうのは慣れが必要だから仕方ないことだと思うけれど、この調子では薬草類の納品ってすごく少ないのではないだろうか。あ、だからこそ買取金額が異様に高いのか! いいぞもっとやれ!
ある程度採取も出来たので、お腹も空いてきたことだし戻ることにする。
ちなみに、採取したものはすべて収納空間に保管してある。
そう! 女神様からの依頼の達成時にもらえたランダムな魔法の報酬はなんと! なんと! あの有名な空間魔法だったのだ! いえー!
あちらの世界でも空間魔法の所持者は相当にレアで、さらには使いこなすほどの強者は歴史に名を刻むレベルの稀有さだったのだ。
そんな超絶レアな魔法をゲットできたのは、正直言って回復魔法よりも嬉しい。聖女さまなのになんで治せないの? と無邪気な子供に言われたときにはなんでだろうねって本気で思ったものだけれど、私はくじけない! なにせ今は空間魔法があるからね! ひゃっほー! 伝説の空間魔法使いとは私のことだー!
空間魔法のLv1で使える魔法は、収納空間。
ちなみにスキルや魔法は使用すると熟練度がたまり、Lvがあがると新しい魔法や技なんかを習得する。
私の神域魔法での隠蔽なんかもそうやって習得したものなのだ。
そしてこの収納空間という魔法は、伝説の空間魔法にふさわしい素晴らしい性能をもつ魔法なのだ。
自身の魔力を割り当てると、その割当てられた魔力に応じて収納できる容量や収納空間内のカスタマイズができるようになる。
私の魔力は膨大で、ちょっとやそっとでは減ったような気すらしないわけがわからないレベルなので、収納空間に大量に魔力を割り当ててもまったく使った気がしない。
なのでカスタマイズし放題! フォルダ分けや検索機能、時間停止など、とりあえず思いついた、というかこちらに戻ってきて思い出したパソコンの知識なんかをもとに色々設定してある。超便利!
なお、こっちの世界にはスキルとしてアイテムボックスという収納空間に似たような下位互換のものがあるため、収納空間を人前で使ってもアイテムボックスだと勘違いする可能性が高い。
ただまあ、アイテムボックスも結構レアスキルのようで、目をつけられる可能性があるのがちょっとだけ心配な感じである。
それでも私には超絶有能な神域魔法があるのでたぶん大丈夫! 100年使い倒した神域魔法に死角はあんまりない! ないったらたぶんない!
「おー……結構な額に……」
「ふふ……一度にこんなに薬草を納品してくださった方は初めてですよ」
「おー……」
なかなかに美人な受付嬢のお姉さんが買取を担当してくれたのだが、納品した量がちょっと多かったようで驚かれた。
私も精算額にちょっとびっくり。あ、いやすごくびっくり。だって二桁万円近くですよ? すごくない? すごいよ! 美味しいものいっぱい食べられそう!
「あ、それとですね。あ、ちょっとまっ……あれ、どこへ……」
精算が終わり、Dカードに無事入金も確認できたので、お腹を満たすためにいざ出発! 私の美味しいご飯の前に立ちはだかるやつは全員結界で囲ってまうぞおらー!
ニコニコ笑顔の受付嬢さんから不穏な気配もしていたし、さくっと神域魔法で隠蔽してカウンターから離れる。
目の前で視線をしっかり私に向けて認識していたのに関わらず、受付嬢さんは私を見失った。当然の結果なので特に言うこともない。どうよ、私の神域魔法のすごさは! はっはー! お寿司とか食べたい! 100年ぶりだよ!? ひゅー!
自然と早くなる足をせかせか動かして、関東第二ダンジョンに来るまでに確認した、回っているお寿司屋さんのある場所まで全力ダッシュダッシュ! 急ぐのだー!
お寿司美味しかったです。
やっぱりあちらの食事より、こちらの食事の方が圧倒的に美味しいですね。もうあちらには戻れませんね、これは。戻る手段があるのか知らんけれど。
回っているお寿司をたっぷり堪能し、支部においてあった無料のパンフレットでは集められない情報を集めるためにネットカフェにやってきた。
パンフレットの中にはダンジョン街案内マップみたいなものもあったので、これで当分は美味しいもの食べ放題だ。次はすき焼きでも食べようかなー。
ネットカフェでもDカードの支払いが可能で、会員にならなくても問題ないようなのでさっそく個室を借りてみる。
なお、ポイントカードを作るとお得らしいけれど別にいいや。
100年以上ぶりのネットカフェはマンガがいっぱいで、ちょっと目移りしてしまう。いや、別にちょっと読むくらいならいいよね。何日でも泊まれる程度の資金はあるんだし。うんうん、ちょっとくらいいいか。
……とか思っていた時期もありました。
マンガの誘惑恐るべし! いや映画とかアニメも見たけれどさあ! 100年という時間の流れは恐るべきものだったのだ……私わるくない。
気づけば朝であり、徹夜したくらいでは疲れない頑丈な体でも朝日は眩しかったことは言っておきたい。
でもまだまだ読みたいもの、見たい作品はいっぱいあるので当分はここから出られないだろう。うん、ダンジョン災害でも挫けずに作品を世に出してくれたクリエイターさんたちに敬礼!
そんなこんなで一週間ほどネットカフェに入り浸り、美味しいものを食べて現代を満喫してみた。……してみたのだけれど、ある程度読みたいものは読んだ、とはとてもいえないけれど、いい加減資金も乏しくなってきたので動いておこうと思い、非常に名残惜しいがネットカフェをあとにした。
一応最後にちょろっとだけ情報収集っぽいこともした。とはいっても関東第二ダンジョンについて少し調べた程度だ。それもパンフレットには載っていない生の声を。
今の時代でも生き残っているネットの掲示板で関東第二ダンジョンの評判や、有名な探索者やスキル、魔法についてを流し読みした結果、こちらのダンジョン事情はあちらと比べて非常に遅れていることがわかった。
スキルや魔法の取得数は個人差が激しいのでなんとも言えないが、スキルや魔法のLvに関しては一流どころでもLv3がせいぜいであり、Lv4やLv5は都市伝説呼ばわりされている。
ちなみにあちらの冒険者はスキルや魔法のLvが3で一人前。Lv5で一流といった感じであり、ずいぶんと差がある。
私は結界魔法をLv10にして昇華させ、神域魔法もLv10にしてある。あちらの世界でも隔絶した存在なのが私なのだ! 神域の聖女だしね!