019 施設
新しい奇抜なオブジェが増産されるようなこともなく、何度目かになるかもう数えていない今回の行商も平穏無事に終わりそうな今日このごろ。
ただ、今回は今までと少し違っていて、関東第二ダンジョン統括局長のシブオジからちょっとした依頼を受けて色々と設置作業などを行っている。
トイレやシャワーはすでに台数を増やして五台ずつになっており、五階層のセーフティゾーンの広間の一角は専用のスペースとして認識されるようになっていたりする。
今回はそのスペースに新たに施設が追加されるのだ。
「ここだな。神域屋、よろしく頼むわ」
「はいはい。排水用の施設まで必要とかダンジョンにお風呂を設置するのって本当に面倒ですね」
「いやいや。普通は問題になるのはそっちじゃないからな? 現状でも神域屋の協力なしじゃ湯の確保ができないわけだし」
北国工業のいつものおっさんの仕切りに従って、シブオジから預かっているダンジョン用の入浴施設を設置していく。
今回預かってきたものは、いくつかの施設を連結させて稼働させるタイプの新型らしいよ。浴槽だけのレンタル品とは違って、ダンジョンで稼働させるための様々な魔道具付きだし、排水などもダンジョンで行えるようにきちんと設計されている。
ダンジョンの床や壁は、一定時間の接触で物体を吸収するんだけれど、排水をただ垂れ流しにしただけではセーフティゾーンのような場所ではよくないそうな。
確かに今私がいるここの広間は石の床で、凹凸もないし傾斜もない。ここで排水したらそのまま広がっちゃうだろうね。
他のセーフティゾーンでも大体同じような凹凸も傾斜もないような場所なので、排水用の設備が用意されているんだって。まあ、中身は非常に簡単なもので、水が逃げないようにダンジョンの床を囲うだけのものなんだけれど。
他には掃除などを魔道具で管理できるようにしたり、関東第二ダンジョンの五階層のセーフティゾーン限定ではあるけれど、料金がDカード払いに対応していたり、監視カメラを常時稼働させて支部とやり取りしていたり。
まあ、お湯を用意するのも私頼りだし、私がいなきゃネット環境維持できないので、ネット環境が前提のものは私がいるのが前提の施設なんだけれどね。
「じゃあ、あっちに連絡するぞ? 準備はいいか?」
「いつでも大丈夫ですよ」
入浴施設を順番通りに設置して接続を済ませて、テスト稼働も問題なし。あとは貯水タンクに水を満タンまで入れるだけ。
この貯水タンクも特注のもので、かなりの大きさなんだけれど、トイレやシャワーなんかの施設を複数同時に持ち込んでいる私の収納空間にかかれば特に問題もなく運べちゃう。
でも中身の水に関しては消費されるものだから別の契約で運ぶことにしたんだよね。
初回特典でテスト用の水くらいはそのまま入れて運んであげたけれど。
「よし、あっちも準備オーケーだ。やってくれ」
「はい。……終わりです」
「……いや、まじで反則だなそのスキル」
「公表していないだけで反則級のスキルや魔法なんて持ってる人は持ってるでしょう」
「そうか? そうだな。切り札や奥の手ってのは持ってるやつは持ってるだろうけど……。うーん」
「気にすると禿げますよ。それよりあっちを放置でいいんですか?」
「おっと。……すみません。移動完了です――」
極小空間門は向こう側がほんの少ししか見えない程度の小さな穴を繋げる魔法だけれど、それはつまり繋がってるんだよ。
引き寄せと組み合わせると、穴の向こうにある物体をこっちに呼び出せちゃうのだ。
ぎりぎり見える程度の小さな穴が引き寄せの範囲内とか思っていなかったので、できたときにはびっくりしたよ。あっちの文献にもそんなこと書かれてなかったしね。
でもできちゃったのなら新たな商機ってやつだよね。
収納空間にはまだまだ大量に入るとはいえ、単純に用意するのが結構大変なのだ。でもいつも行商に来た時に繋げている一階層に荷物を運び込んでおいてくれれば、あとは引き寄せるだけ。
今のところは入浴施設用の水がメインだし、私の仕入れ以外の食料や飲料は対象外にしている。だって行商のメイン商材だし。
他にも私が取り扱わないタイプの商品をこちらで販売するお店を支部からの委託で始めるとかいう案も出ていたりする。
そのために入浴施設と一緒に強固な金庫タイプの施設なんかも運び込んであるので、本気なのだろうね。
そのうち宿泊施設とかも運ばされるのだろうか。まあ、その程度の依頼なら受けてもいいんだけれど。
どうも、関東第二ダンジョンのセーフティゾーンを実験場にしてダンジョンでの居住性の確保を進めたいみたい。
とはいっても私のような運搬能力や、それに近しいことができないとなかなか難しいのは当然だけれど。だからこその実験なんだろうね。
ここで色々と実験して成功したら、違うダンジョンのセーフティゾーンへの運搬依頼とかもされたりするのかもね。やるかどうかはわからんけれど。
成功すれば大きな事業になりそうな臭いがするおかげか、いくつかの企業から接触があったとシブオジから聞いている。でも、私としては実績のある北国工業とシブオジにとりあえずは任せることにしている。
今の所特に問題もないし、私への便宜もそれなりに図ってくれている。変なオブジェ事件とかその筆頭だよね。
本来は私も何かしらの罰則を受けるような話だと思うし。法律的に? しらんけど。
でも、実際は特に何もなしで、相手側だけ大打撃を受けている。特に何か恩着せがましく言われたわけでもないけれど、さすがに気づくよ。
これは明らかに私に配慮しているってね。
面倒事がこちらに降りかからないようにしてくれたのだし、恩には恩を返すべし。返すべき恩の範疇を超えてきたらもちろん叩き潰すけれどね。
その辺が聖女様方は本当にうまかったなあ。国家転覆を企んでた狸や狐とは大違い。
こちらでの聖女様方のポジションになってくれたら嬉しいけれど、まあ期待はしないでおくよ。割とがっかりさせられるのにはなれてるから。
あっちでも人間の欲ってのは果てしないものがあったからねえ。ほんと業が深いのよ。異世界でも所詮人間は人間ってことだね。
順調に稼働を始めたお風呂屋さんだけれど、基本的に料金は高めの設定。その辺のスーパー銭湯の十倍くらいかな。
何せ私がお湯の運搬に関わってるからね。仕方ないね。
それに、お風呂じゃなくてもシャワーはお手軽な料金で使用できるからね。いやならそっちを使えばいいのさ。
……ほとんどの探索者はお風呂使ってるけれど。
なお、ちゃんと男女で別になっているけれど、男性比率の方が高いのでそっちの施設の方が大きく作られているよ。具体的には倍くらい。
結構この入浴施設は大きな施設なんだよねえ。
まだ雑貨屋は稼働していないので、お風呂セットなんかを商品に追加したけれど、これは雑貨屋が始まったらそっちの管轄になる予定。
まあ店員さんの選定がなかなか進まなくて難航しているそうだけれど。
北国工業のおっさん達が委託されてるのは管理まで。さすがに店員をやるのは違うらしい。
その辺は支部と北国工業の問題なので私はノータッチよ。
入浴施設に併設される形でフードコート的な簡易施設なんかも用意されていたりして、このまま入浴施設を中心として拡張していく感じになるそうな。
そのために施設群がある一角は広めに確保されているようだし。
ちなみに、雑貨屋予定の店舗は今は空なので、私が行商で使っていいことになっている。
私の近くに極小空間門が空いていることで、一番通信強度が高いこともあって入浴施設の監視カメラやDカード払いの端末なんかが安定するからね。
特に監視カメラはかなり気合の入ったやつが配備されていて、セーフティゾーンの防犯の一助になっている。もちろん浴室や脱衣所にはカメラはないよ。カメラは、ね。
……私が有名になったことで、他のダンジョンからこっちに移ってきた人や、物珍しさに惹かれてやってくる人なんかもいる。
他のダンジョンのセーフティゾーンにまで行けるような探索者なら、関東第二ダンジョンの五階層は割と難易度が低いみたいだし。
ただまあ、関東第二ダンジョンの職員から色々と注意事項を聞かされて、契約書まで書かされているらしいよ。変なオブジェが増えないように。
ちなみに、私がいない間は当然ながら極小空間門がないからネット環境は維持されないし、毎日引き寄せられる水の追加もない。
なので、入浴施設の管理は北国工業のおっさん達頼りになるし、支払いも事前に発行されたチケットか現金になる上に、様々な制限が入ったりするそうな。
具体的には、お湯の使用制限だね。行商中は毎日引き寄せするから大量の水を貯水タンクに補充できるけれど、それがなくなればいくらタンクが大きくてもあっという間に水はなくなっちゃう。
洗い場のシャワーなんかは魔道具でなんとかなっても、湯船に張るお湯は生成した水では消えちゃうから無理なんだよね。
私の行商も決まった期間でやってくるわけじゃないし。仕方ないね。
とはいえ、最近は商品の在庫の量も大量で、水の引き寄せを毎日やっているのもあって、在庫の補充もできることがばれちゃったりもしている。
なので、在庫が大体捌けたら帰るっていう方針を変更して、その辺は気分で決めていたりする。
在庫の注文を支部が代行してくれているので、あっちで色々交渉した結果以前よりも安く、大量に仕入れられていたりもする。
もちろん、今までサービスしてくれたところを優先してるので、サービスしてくれなかったところは他よりもだいぶ少ない注文量になってたりするとかしないとか。
支部が代行するといっても、私の意向が最優先だからね。ざまあ!
「神域屋さーん。いるー? アイス食べたいー」
「はいはい。他のおじさま達の相手はもういいんですか?」
「お風呂に入れるようになって汗臭くはなくなったけど、やっぱりむさ苦しいのは変わんないしねー。神域屋さんの方がいいー」
「アイスがあるからでしょうに」
「それはそれー。これはこれー」
「はあ。いいですけどね」
すぐ近くのフードコートでは、酒はなくても酒盛りみたいになっているおっさん連中が管を巻いている。それを横目に私達は甘い物三昧ですよ。
まあ、あっちはあっちで甘いものや塩っぱいものを肴にしているけれど。
甘味大好きヒーラーさんはこのセーフティゾーンでも唯一の回復魔法使いなだけに、みんなから大人気。結構な美人さんだし、仲良くしていた方がいざってときに回復魔法を使ってもらえる確率も上がるのなら、誰もがちやほやするよね。
でも私が行商をするまでは、ちまちま持ち寄った甘味を餌にしていたみたいだけれど、もうそんな手は通じない。
ヒーラーさんはちやほやされなくなっても回復魔法を使ってくれると思うけれどね。この人初めてあったときも魔力欠乏で暴走するほど無理して使ってたみたいだし。
付き合ってみてわかったけれど、聖女様方に通じるところがあるくらいには救いの手を差し伸べている気がするよ。
似ている部分はあるけれど、全然力量が違いすぎるほどに違うくらいには差があるんだけれどね。まあ、私としてはなんとなく聖女様方に似ているってだけで若干気を許しちゃったりしてるんだけれど。
あっちでは回復魔法の使い手って、慈愛に満ちた人ばっかりだったからなあ。こっちではどうなんだろうね。しらんけど。




