018 とあるオブジェ
面倒な税金に関するアレコレや、戸籍の問題が解消された結果、どうやらわたくし、全国区の有名人になった模様でございます。
ダンジョン100年の歴史の中でもダンジョン内へのネット環境の構築というものはとりわけ大きなものであり、莫大な予算の下、国家プロジェクトとして何度も行われて、失敗している。
だが、それを個人で実現してしまった美少女がいるそうですよ? はい、私ですね。
別の国家プロジェクトであったダンジョン内施設設置を一企業と一ダンジョン支部で行い。さらには見事に成功させてしまったがために、芋づる式で掘り出された私の偉業は、ダンジョン内からの配信という形でお茶の間に届けられて見事全国区の有名人と相成ったわけでございますうー。
あ、壮行会に出ていた影武者の人はきっちり顔を隠していたので素顔まではばれてないし、逆にそっちの方がミステリアスで受けが良かったみたい。
名前に関しても行商のお店で使ってる『神域屋』で通ってる以外は特に流出もなし。
というか、Dカードに必要事項を登録した時に入力した名前以外、私って名乗ってすらいないんだよね。
普通に本名しか入力してないけれど。名字? 忘れちゃったなあ。だって100年以上使ってないやつだよ? あっちでは名前だけだったし。
まあ、私は神域屋。そう、神域の聖女ってさえわかってればいいのよ!
……あれ? そういえばこっちでは聖女って一回も言ってないし言われてもいないな。別にいいけれどさ。
ダンジョン内でネットが繋がることをお茶の間に暴露されて、ダンジョン内でのリアルな探索風景のライブ配信が始まるのか、と期待されたみたいだけれど、まあそんなわけがない。私はそんなことしないし、極小空間門の近くじゃないと電波が届かないから五階層のセーフティゾーン以外映せないからね。
それでも普通にカメラで録画して編集された動画がネット上には大量にアップされている。
でもライブ配信となればまた違った需要があるみたいで、結構望まれているらしいことをシブオジからそれとなく伝えられていたりする。
でも、問題はモンスターだって傷つけば血が出るし、内臓がはみ出るし、こっちを殺そうと死にものぐるいで襲いかかってくる。そういった残虐性マックスな映像を編集なしで配信していいのかっていう話。
当然普通の動画サイトではNG。
アングラな危ういところでならノー編集の録画データが流れているみたいだけれどね。
普通の動画サイトでは、ダンジョンのライブ配信なんて今までは一階層の入り口までが精一杯。
そのあたりに出現する生物はモンスターじゃないから、まあいってみれば野山で狩猟してるみたいなもの。
とてもではないけれど、ダンジョン探索とはいえないもので最初は需要があったみたいだけれど、今はもう完全に下火で、何かしらの企画物でもない限りは再生回数なんて稼げないそうな。
そこにきてリアルなダンジョン探索がライブ配信される可能性があるかもしれないと聞けば、そりゃあ飛びつくよね、と。
「……で、あれがその末路か」
「そうみたいですよ。もう三日目ですし、本当に頑丈でどうにもできないです」
「支部の方はどうだって?」
「自業自得であり、ダンジョン内は自己責任だから死なない程度に無視しろってことらしいです」
「一応水は通るんだろ? 問題は餓死か」
「それも神域屋に確認はとってあります。五日で解放するそうです」
「五日ならまあ、死なんか」
「ええ、あれでも他所のダンジョンではそれなりだそうなんで」
関東第二ダンジョンの五階層のセーフティゾーンの広間の端っこの方に、トイレとシャワーの施設が出来て、その反対側の隅の方には最近、とあるオブジェが設置されているんだって。
なんでもそのオブジェは近づくだけでひどい臭いがして、すすり泣く声が聞こえるっていうとっても怖いオブジェ!
最初は物珍しさに人が集まっていたりもしたけれど、今では臭いやらなんやらのせいで誰も近寄らないし、近寄っても水をぶっかける程度。
さすがに水分補給がないと頑丈な探索者でも死んじゃうからね!
私としては別に死んでも構わないんだけれど、日本の法律上殺人になっちゃうそうだからやめといた。
ここが他の探索者の目があるセーフティゾーンじゃなかったらやってたと思うけれどねー。
んで、あのオブジェはなんかよくわからないことを言って他の探索者に迷惑かけまくったバカの末路。
なんでも、自分は他のダンジョンのトップ攻略者で、そんな自分の探索をライブ配信する名誉をうんたらかんたら。あとアイテムボックスを有効活用してやるとかなんとか。
よく覚えてないのはしょうがないよね。だって販売中のところに割り込んできてぎゃーぎゃー言ってたんだもの。
関東第二ダンジョンの五階層のセーフティゾーンの常連の探索者はみんな、お行儀が良くて、民度がとても良い素晴らしい探索者ばかりだったからびっくりしたよ。
こっちの話も聞かないし、挙句の果てには私を力づくでどうにかしようとでも思ったのか、掴みかかってきたし。さらにはそれを止めようとした北国工業のおっさんを殴り飛ばしたからね。もうだめだよね。うん。
で、完成したのがあのオブジェ。
最初はもうほんと喚くから音を遮断して放置してたよ。
一応おっさんが支部の方に連絡したんだけれど、返ってきた回答は自己責任だから死なない程度に放置しろ、だって!
いやあこれですぐに解放しろなんて言われたら手足だけ結界で覆って六階層に置いてくるところだったよ。
色々情報を聞いてきたおっさんが言うには、あのオブジェが言ってた他所のダンジョンのトップ攻略者というのは嘘で、トップではないけれど、そこそこの探索者らしい。それも他所のダンジョンでも他の探索者から苦情がそれなりにきていて、厄介者扱いされていたんだってさ。
このセーフティゾーンに来るにはボスオークを倒さないといけないわけだけれど、そこは雇った探索者と一緒に倒したみたい。
雇った探索者はもう帰ったみたいだけれど。なので、アレはソロ。
ダンジョン内は基本的に入り口付近しかネットや通信会社の電波が繋がらない。それはつまりリアルタイムでの連絡手段がほとんどないということ。一種の密室なのがダンジョン。当然、犯罪を隠蔽するのは地上より容易だし、探索者は様々な対策をして探索しているわけだけれど、それも限界がある。
悪人が善人を利用した冤罪事件も多く、常にカメラを起動して探索していても殺されたりしたらダンジョンにカメラなど証拠になりそうなものを吸収させてしまえば証拠隠滅は非常に簡単。死体ですら同じだし、吸収される前に回収できるような状況でなければ犯罪を立証するのは困難だったりする。
さらには探索者はモンスターを討伐するために強力な武器やスキル、魔法を持っている。殺さずに無力化するなんて相当な実力差がなければ不可能に近いことなんだよね。実際に無力化を試みて逆に殺されるという事件はたくさんあったそうな。地上では平和ボケな日本人気質は今でも変わっていなくても、ダンジョン内では決してそうではない、と殴られた北国工業のおっさんが言ってた。説得力よ……。
そんなわけで、今回のことはダンジョン内での制裁としてはむしろ軽い方という結論になったんだって。ただし、無力化も済んでいるし、死なせないようにはしないとだめだけれど。
というわけで、臭いのとすすり泣くのがうざいので広場の隅っこに置いてあるわけ。
なお、臭いのは汚物の臭いだし、自分の出したものにやられて吐いた結果だったりで、全部アレのせい。
死ぬまで放置されることもないだけマシだよね。あっちでは何人ものバカが死ぬまで晒されてたってどっかの聖女が言ってたみたいだよ!
まあ、大半は少しでも生き延びさせるために水だけは通すようにしていた結果、それを理解しない民衆が自分達の手で殺すために水を流して溺死させたみたいだけれど。
これまで行ってきた所業の結果だからね。仕方ないね。
こっちではそこまでいかないし、解放するのも決定しているわけだからまあ、どうでもいいよね!
きっかり五日後に結界は解除されて、自分の垂れ流した汚物の上に崩れ落ちたなんか変なやつがいたって話だけれど、北国工業の人が片付けたみたい。
彼らはトイレやシャワーの施設管理を支部から委託されてるから、今回の件でも駆り出されたみたい。可哀想に。
なお、アレがこれだけひどいめにあったことに関して、迷惑を被った他の探索者は誰も文句を言わなかったし、むしろ秘密裏に殺されていないだけ温情だろうってさ。
ここは日本だけれど、ダンジョンが出来て平和ボケしている人もだいぶ減ったみたいだね。彼らが生きるか死ぬかの探索者をやっているってのも大きいだろうけれど。
「余罪てんこ盛りで結局捕まったんですか」
「ああ、それが今回の顛末だな」
「そんな人がよくもまあ、捕まらないで今までいましたね」
「それに関してだが、アレの親が大企業の社長らしくてな。もみ消してたって話だ。ニュースで流れてただろ? 株価暴落したってやつ」
「あー。なんか社長変わったとかなんとか?」
「それだな」
変なオブジェ事件のあとに行商に来たところ、北国工業のおっさんから色々と聞かされることになった。
正直私としてはもうすでに忘れていたので、一瞬思い出すまでちょっとだけ苦労したようなそうでもないような?
あっちでは割とよくある光景だったこともあって、記憶にとどめておくようなものでもなかったんだよねえ。
ただまあ、アレだけわかりやすいほどにバカやってたやつのもみ消しって相当大変だったんじゃないかなあって思うだけだったよ。
私がオブジェにしなくてもそのうち明るみでてたんじゃないかな? いやダンジョン内だからこそ揉み消せてたのかな? 被害者を殺して証拠隠滅してたりとか? 他にも大企業ならもみ消す手段は豊富にあるか。
「それにしても、知らない顔が増えましたね」
「まあそれは仕方ないだろ。ここもずいぶん有名になったからな」
「回収できる資源だってそんなに貴重なものでもないでしょうに」
「ネットが使えて弁当やら飲み物やら色々買えちまうからなあ。正直言って快適なんだよ。他のとこと比べて」
「快適なあ。おまえさんどこから来たんだ?」
「うちは名古屋だよ」
「あそこは確かセーフティゾーンがあるのは七階層だっけか」
「めちゃくちゃ遠いぜ? ここの倍以上かかるし」
「資源はレアアースだったか」
「買取金額はいいんだがな。遠すぎて便所もないし、ここに比べたら結構な地獄だぜ?」
「少し前まではここも何もなかったんだがなあ」
知らないおっさんと知ってるおっさんが会話を始めたので、販売も終わっていることもあって私はソファーに寝っ転がってお楽しみタイムに入る。
色々と有名になったことで、他所のダンジョンから探索者が流れてきたりして、常連の仲間入りをしたり、そうでなかったり。
元々あまり多いとはいえない程度の人口密度だったので、広間にはまだまだ空きもあるし、六階層や四階層で探索するのも混み合うこともなく平和に受け入れられているご様子。
オブジェ事件以降は特に顕著かな?
元々の民度のいい先住民に倣う形で、みんなお行儀よく過ごしているからね。
人数も増えてお客も増えたので、私としては売上も好調で大変よろしい。
現金のみだった支払い方法も、Dカード払いが追加されてもうほとんどの人がそっちでの支払いばっかりになったけれど、こっちのほうが色々と楽だからねえ。




