017 Dカード払い専用端末
北国工業の企業系探索者のおっさん達は、私の一日あとにセーフティゾーンに到着したみたい。
私がいればセーフティゾーンでWIFIが繋がることはすでに知っていたみたいで、あんまり驚くこともなく資源回収に向かっていった。
なお、おっさんから渡されたお手紙には、彼が言っていた通りに管理人員は北国工業で出すのであちらさんが用意するトイレとシャワー室を運んでほしいという旨が記されていただけ。
なお、使用料金などは良心的な値段で、ぼったくりですらないものが記載されていて、私に至っては無料だそうな。
もちろん、運搬料金も十分な額がもらえた上で、だ。
この辺は調べても参考になりそうな金額がでてこなかったので、高いのか安いのかはよくわからない。
でも、行商のついでに運ぶだけでこの金額で、使用料が無料になるならありだと思う。
正直自社の利益を優先してくるかと思ったので拍子抜けだったけれど、今回の件を足がかりにするための布石かな?
統括局長のシブオジといい北国工業といい……。あっちの貴族も抜け目がないけれど、こっちはこっちで本当にもう……。
もう聖女様方には頼れないしなあ。
戻ってきた北国工業のおっさんにお手紙の内容について聞いたところ、運搬料金についてはアイテムボックス持ちに同様の依頼をした際の五倍の金額だそうな。
そもそもこんな金額になったのは、アイテムボックス持ちでこれだけの大きさのものを分解もせずに一度で運搬できる者が少なく、依頼をしてもすぐには受けてもらえない点と、護衛料金などを含めていないことが大半の理由らしい。なお、希望すれば護衛には無料で北国工業の企業系探索者が就くとのこと。いらん。
他にもあるだろうけれど、おっさんは知らないらしい。せいぜい恩を売ってるんじゃないかとも言われたけれどね。
依頼を受ける場合には、正式な契約書を用意して担当者と会う事になるそうだけれど、ある程度北国工業のおっさんがフォローしてくれるそうな。
同じ探索者で、現場のことをよくわかっており、なおかつこのおっさん。結構立場的には上の人なんだって!
全然そんな風にはみえないのは現役で探索者してるからかなあ。どうしてもセーフティゾーンで会うときは小ぎれいにはしていても、ね。限界ってあるし。
正直な話、今回の北国工業の依頼にはだいぶ前向き。
報酬金額もそうだけれど、今後行商を続けるならセーフティゾーンでトイレやシャワーが使えるのはとてもありがたいことだからね。私の使用料金無料だし!
今回の依頼を足がかりにして色々頼んできたりする可能性もあるだろうけれど、それは別に断れないわけじゃないしね。だって、今回の依頼は私がお願いしたものではないもの。北国工業側からの依頼だからね。とはいっても、これまで企業から依頼を受けたことのない私が、初めて受ける依頼。
五階層という深い階層と認識されている場所でネットを繋げたり、大容量のアイテムボックス持ちだともわかっているのが私なわけで、そんな相手が初めて受けた依頼が企業の依頼。
北国工業の紐付きだと思われても仕方ないところはあると思う。
もちろん、他の企業の依頼を受けたりしていけばそういう誤解も解けると思うけれど、それって別に解く必要のない誤解だしね。
なぜなら、北国工業の紐付きだって思われていれば、他の企業からの依頼の防波堤になるから。
まあ、この防波堤の弱点は、北国工業に話を通してでも依頼をしたい場合とかそんなんだね。実際は紐付きでもなんでもないわけだし。
じゃあ紐付きになればいいんじゃないかといえば、もちろん答えはNO!
だって紐付きになったら北国工業の依頼を受けないといけないじゃん。美味しいところだけを貪れるほど世の中甘くないんだよなあ!
あっちでもそういうのいっぱいあったよ。ほんといっぱい。だからこそ、うまく立ち回るのが大事なんだけれどね。
ただねえ。あっちでは私のバックに聖女様方がいらっしゃったっていうのも大きいわけでして。実力行使なら負けないんだけれど、そういうのが通用しない世界では……。私ってただの美少女な聖女でしかなくなっちゃうんだよ。
そんなわけで、北国工業のおっさんには今回の依頼を受けることだけ伝えて、おっさんを味方に引き込むために諸々の立ち会いなんかもお願いすることにした。
おっさんがもし私のフォローを失敗すれば、それは直接行商の運命も左右するっていうのは十分わかってる話だからね。
セーフティゾーン常連のおっさんも五階層の探索者達から白い目を向けられたくないでしょう。
もうここで資源回収を始めて十年選手だって言ってたしね。
ネット環境が構築されているセーフティゾーンなので、おっさんはすぐに会社に連絡して段取りを組み始めたみたい。
この辺の行動力はさすがは現場の責任者って感じがするねえ。まあ、運搬するトイレやシャワーなんかの選定もすでに終わってて、運搬の準備くらいしか残ってなかったらしいけれど。
それ、私が依頼を拒否したらどうしてたんだろうね? まあしらんけど。
通話を終えたおっさんが、今回の行商を終えたあとに正式な契約を行いたいってことで、日時の打ち合わせなんかをして戻っていく。
北国工業のパーティの人達どころか、周りで話を聞いていた探索者達も大喜びしているのを苦笑するしかない私。
本当にトイレとシャワーは待ち望まれていたんだねえ。まあわかるよ。うん。野ざらしに近いようなトイレほんとやだもんね。
とはいっても、私の行商は仕入れたものがあらかたなくなるまで続くので、先におっさん達は帰還して準備にするということでここでお別れ。
あとは地上に戻ってからになったよ。
北国工業の依頼を受けるといっても用意するトイレとシャワーを関東第二ダンジョンの近くまで運搬するのはあちらの仕事。
私はダンジョン内での運搬を担当するだけなので、当然だよね。そこまでアイテムボックス持ちの力を借りるのはさすがに費用対効果が悪すぎるというもの。
ただ、今回の北国工業の依頼に関して、ダンジョン内への施設の設置ということもあり、関東第二ダンジョン支部からの横槍はかわせなかったみたい。
おっさんも頻りに謝っていたけれど、こればっかりはしょうがないことだろう。本来はもっと煩雑な工程があって、短時間では処理できない諸々が必要なようだしね。
ただ、その時間がかかる諸々も、ダンジョン統括局長のシブオジの登場であっさりと時短されてしまったよ。
ビバ権力! ただし、借りいち! でも私じゃなくて北国工業が背負うやつだから私には被害なし! 被害なし! コレ大事!
私が行商の準備とサブカルチャー鑑賞に時間を使っている間に、シブオジと北国工業がせっせと準備を整えてくれたおかげで、私的には特に待つこともなく依頼の日がやってきた。
といっても、私の都合を最大限考慮されているので、日時を指定したのは私で、あっちが合わせる側。
さらには護衛はなしでの依頼なので、ぶっちゃけ私が出発する日なんて指定する必要すらない、と思っていた時期が私にもありました。
ダンジョンのセーフティゾーンへの施設の設置というのは、実は国家プロジェクトで進行していた時期があって、結構莫大な予算で行われていたものなんだって。
それでも運搬に伴う危険性とアイテムボックス持ちの希少さ、設置後の管理面から全部のダンジョンのすべてのセーフティゾーンに設置はできなかった。
その設置ができなかったダンジョンは、関東第二ダンジョンも含まれており、予てから何度も国へと施設の設置は求められていて、その全てが却下されてきた歴史がある。
単純に資金面の問題だったり、五階層のセーフティゾーンまでの道のりが他のダンジョンより短く、行き来が比較的楽だったり、回収できる資源の希少性の問題だったり。まあ色々あって今まで実行されることはなかったわけだ。
なお、関東第二ダンジョンの五階層のセーフティゾーンまでの行き来が比較的楽とされているのは、他のダンジョンのセーフティゾーンまでの道のりとの比較であって、安全なわけでもなければ誰でも行けるわけでもない。勘違いしてはいけない。チャリで楽して行ってる聖女もいるけれど、勘違いしてはいけない。
そういうわけで、国家プロジェクトですら断念したことを一企業と一ダンジョン支部で行おうとしているのだ。
当然、マスコミが騒ぐし、探索者達も騒ぐし、なんなら一般人も騒ぐ。一般人関係なくない? いや、騒ぎたいだけか。
結果として、壮行会とか偉い人が喋りたいだけの催し物なんかが開かれることになったりと、色々あったそうな。
……え? 他人事のようだって? いやだって、そういう催し物が開かれてる間に私はもう出発してたし、なんなら私が顔出す義理ないし、シブオジが用意した私の影武者がマスコミ対応とかしてたっぽいし。
いやあ、シブオジまじでわかってるよね。私が何も言わないでも影武者用意してくれてるあたりが本当にそう。
あ、もちろん私にどうするかは聞いてくれたよ? 対応が面倒ならこちらですべて対処しておくって言ってくれたから一も二もなくぶん投げましたとも。
騒ぎが結構大きくなっちゃったし、私がそれでへそ曲げて依頼ぶん投げて国外逃亡とかされたらそれこそ大問題だしね。
ダンジョン大国日本の探索者優遇政策はまじでありがたいわあ。
……まあね。私がダンジョン内で行商してて、しかもぼったくり価格でやってるっていうのは割と世間体が悪かったってのもあるっぽいんだけれどね。
これがぼったくりとはいえない程度の価格でやってたらまだよかったんだろうけれど、そんなん知らんがな。
あ、あと、なんかね。その、ね。税金の問題とかが、ね。戸籍も、ね。なんか、ね。うん。
国外からの面倒な横槍とかがないように戸籍用意してくれるっていうし、税金の方もダンジョン内での経済活動は探索者優遇政策でかなり多めに見てもらえるっていうか、確認しようがないっていうね。
ダンジョンってそういう隠れ蓑としてかなり有用だからねえ。
それでも国が本気出せば色々調べる方法はあるっていう、ね。前回まではお目溢しいただけるようなのですが、今回からは難しくなるみたいなので、なんか渡されました。
じゃじゃーん。Dカード払い専用端末ー。
なんとこれ、Dカードでの支払いに対応した小型端末で、Dカードに紐付けられた口座やチャージされている金額で支払いできる便利アイテムなのだ。
本来は国内のダンジョンを管理している省庁であるダンジョン省への手続きなんかが必要で、きちんとした実績があるお店や、ダンジョン街の中で経営されているお店に貸し出されるものなんだそうな。
私のような行商の場合、基本的には許可されないんだけれど、例外処置だって。
ネットに繋がっていないと機能しない点は問題ないし、ダンジョンもダンジョン街の中という都合のいい解釈とかでなんとかしたそうな。
さらには探索者優遇政策の一環で受けられる様々な控除や納税の諸々なんかにも対応してくれるっていうね。
いちいち面倒な帳簿付けやら控除申請なんかをしないでいいんだって!
その代わり、関東第二ダンジョン内での行商に関してだけっていうね。
関東第二ダンジョン以外での商売に関しては他の人と同じ面倒な作業が必要だから気をつけてほしいって言われちゃった。最悪脱税で捕まっちゃうんだって!
……うん。どういう面倒な作業が必要なのかも懇切丁寧に教えてもらったから、たぶん私の行商は関東第二ダンジョンだけだと思うよ。




