頭のおかしい令嬢は今日も彼に愛される
彼はその日、ひたすらに吟味していた。
色とりどりの輝きを放つ宝石が並ぶショーウィンドウを前にまるで似つかわしく無いその表情はなにやら切羽詰まっているようにも見えた。何故こんなにも鬼気迫る表情を彼がしているのかと言うと、それは婚約者にプロポーズをするためであった。
婚約者ならば結婚が約束されているのだからプロポーズする必要はないのでは?と思う人も多いだろう。しかし、彼は違った。いや、彼の婚約者は違ったのだ。
彼の婚約者であるフィオナ・リベルトは幼い頃から変わり者で周りから遠巻きに見られることが多かった。
その理由は、さることながら彼女の奇行によるものに他ならなかった。
彼女の奇行が公になったのは王子の婚約者候補を決めるための茶会の時。数多の女性が王子に我先にと謁見を求め、あわよくば自分が婚約者にと他者を蹴散らせることに頭を置いていた時、彼女は茶会で用意されていた茶菓子を一人頬張っていたのだ。
通常、茶会で振る舞われる茶菓子は量や種類の豊富さを見せつけ、己の財力を表すための貴族の見栄の権化と言っていいだけのものである。そのため、貴族は自分の家でも食べられると誇示するため茶菓子に手をつけないのがほとんどだ。
それを頬張るなんてまるで卑しい生まれだと他者に知らしめているようなもの。周囲が冷ややかな目でそれを見るも彼女はやめることなく、むしろ周りに「もっと食べんさいよ!」と無理強いにも近いほどに勧めていたのだ。
王子はもちろん、その茶会に呼ばれた面々は何とも言えない表情をして顔を引き攣らせていた。
フィオナ・リベルトはそれだけではなく、貴族としてあるまじき行為である農作業を自宅の敷地内に畑を作り、自ら行っているとも噂されていた。
あろうことにその畑で収穫した野菜や果物は市場に出品までしているそうだ。それも品評会で高値が付くほどの高評価ぶりで。
加えて自ら炊事場に立ち、コック顔負けで料理をしていると言うではないか。
そんな彼女が社交界で真っ当な婚約者を得られるはずもなく、数多の縁談を断られ悲惨に思った両親がどうにか娘を幸せにしようと藁にもすがる思いで婚約話を持ちかけてきたのが彼の家であった。
彼は王子の友人候補、基側近候補となる家柄だったため茶会への招待が来ていたが、その時はちょうど体調を崩して欠席していたため彼女の奇行を目にすることは無かった。
しかし、彼の家はこの話が持ちかけられたとき、一度断っていた。
彼の家がこの縁談を断ったのは彼の真面目すぎる性格に問題があったからだ。
一度した約束は何としても守らねばならいというなんとも真面目すぎるポリシー故に、婚約=結婚すると言うことは相手を幸せにするためにどんな努力をも惜しまず奮闘し続けることだという解釈を持っていたのだ。そのため、彼はまだ家を継いでいない身で養われる立場であることから婚約者を娶っても100%幸せにできると約束できないと常日頃両親にそう言って縁談を断ってきたのだ。せめて己が立派に自立するまでは婚約者を娶るべきではないと。
そのため、彼もまた今だ婚約者が決まっていなかった。また、そんな真面目すぎる性格故、腹に一物を抱えた輩はもちろん、一般的な貴族にも忌避されるきらいがあったためフィオナの婚約者にと白羽の矢が立ったのである。
そんな彼がなぜ頭が可笑しいと言われるフィオナにプロポーズをするための宝飾品に頭を悩ませているのかと言うと、それは5年前に遡る。
茶会で盛大にやらかした娘の奇行を耳にした両親はなんとかならないかと頭を抱えていた。どこの家とも縁談は断られる始末、このままではかわいい我が娘は行き遅れの末独りぼっちで死ぬことになる。そんな可哀想なことがあってたまるかと、なにか小さな糸口でもありはしないかと考えていた。
そこではたと思い出した。そういえばまだフィオナに会ったことがない人がいると。
一度縁談を断られたがそれはフィオナに会う前だったからきっとフィオナの奇行など知らないだろうと考えた。普通ならその場にいなくても社交界でのどんな行動でも噂として耳に入ってくるはずなのだが、彼の家は違う。
彼の家であるエルネスト家当主は真面目を体現したような風貌で尚且つ自身の治める領地ではどんなことでも真摯に向き合うとされ、領民からの人気も高い。そしてそれは事務次官を務めている王宮でも有名であった。
なぜそんなに有能な人物が事務次官に留まっているのかというと、それはエルネスト家当主の考えによるものであった。そもそもエルネスト家は地位や名誉にあまり関心がなく、与えられた役割を過不足なく遂行する家として陰ながら国を支えてきた。それが先代当主の時代、戦争での大飢饉に見舞われたときに真面目+心配性であった先代が通常よりも数倍蓄えていた備蓄により飢餓による国の衰退をなんとか押し留めることができたのである。これにより報奨として地位の格上げと国の右腕となる役職を与えられたのだが、先代は自分には荷が勝ちすぎていると言い断った。しかし、なにもなしとはいかないため、仕方なしにあまり目立たない事務次官と言う役職を賜わることとなったのである。
そして当代当主は先代の意向を受け継ぎ、虚飾を排した生き方を家訓としていた。そんな家訓の中で至極真面目に生きてきたエルネスト家長子のガレオは2人の当主さながらの生真面目さであった。ガレオもまた社交での噂などに興味はなくリベルト家の娘の話など知る由もなかった。
両親はそこに目をつけた。彼ならば婚約さえ果たせればどうにか娘を幸せにしてくれるだろう、と。そこで一度でいいのでお互い顔を合わせてみませんか、と見合いを勧める手紙を送ることにした。そして後日、悩みに悩んだエルネスト家は何度も断るのは失礼であろうとYESの返事をするのであった。
それから数日、ガレオとフィオナの顔合わせの日がやってきた。父親からこんこんと言われたフィオナは朝から気怠げな顔をして父から渡された紙を何度も読み返していた。そこにはつらつらと小さく書かれた文字と特に大きく目立つ様に「喋らず微笑む!」と書かれた文字があった。
「はぁー…」
本日何度目かわからぬため息をこの日のために誂えたドレスに着替えさせられながら吐く。すると着替えさせている侍女のマリーにすぐさま小言を言われるのだ。
「お嬢様さま?笑顔ですよ、え・が・お!お嬢様は喋らなければ絶世の美女なんですから。」
何度言われたかわからないこの言葉にまたため息が出るフィオナであった。身支度が終わり約束の5分前にガレオたちエルネスト家がやって来た。客間で暫し談笑を楽しむとあとは若い2人で、とのことで園庭を案内することに。
「改めまして、本日はお招き頂きまして誠に有難うございます。麗しい貴方様にお会い出来て大変嬉しい限りです。」
丸メガネでぴっちりとオールバックにした髪型の彼があまりにも真顔で淡々と言うものだから真面目なんだろうがえらくお世辞を言うのが下手な人だなぁと思いつつ父にこんこんと言われているので何も言わずに紙に書かれた通りに返事をする。
「『こちらこそわざわざこんな所までお越し頂きまして誠にありがとうございます。この度は私との顔合わせと言うことでもし宜しければ今後もよしなにして頂きたい次第で御座います。』」
彼は彼で何とも台詞のように話す人だなぁと感じていたことをフィオナは知る由もない。
それから2人は庭園を見て周り東屋でお茶をすることにした。ガレオは実に堅い話し方で淡々と受け答えをし、フィオナは何とも心のこもっていない棒読みのように話す、そこには異様な空気が漂っていたが無事顔合わせは終了となった。
エルネスト一行が帰るのを見送るとフィオナは顔合わせの間中ずっと貼り付けていた微笑みを崩し、一息吐いた。そして先程までのストレスを発散するべく、マリーに無理強いして農作業用の服に着替えて畑へと直行した。
畑を前に先程の疲れを吹き飛ばすがごとく野菜の状態を見て収穫していく。自分が育てた艶艶でハリのあるトマトに大きく育ったナス、そして身の詰まったきゅうりをうっとりと眺めながら今作も上々の出来であることを喜んでいた。
するとその時、マリーが悲鳴をあげ、フィオナを呼ぶ。何事かと慌ててマリーの方へ行くとなんとそこには帰ったはずのガレオの姿があった。その横には顔を真っ青にしたメイドも立っていた。
それもそのはず。フィオナの今の格好はタオルを頭から巻き、鍔の広い帽子をしっかり被り、庭師よろしく大きめの長袖に大きめなオーバーオールとブーツと言うなんとも珍妙な姿であったのだ。顔を真っ青にしたマリーの横でフィオナは驚いて開いた口が塞がらなかった。
「も、申し訳ありません。お休みのところを無粋に上がり込んでしまい大変失礼致しました。こちらでお茶を頂いた際に手袋を落としてしまった様で再度伺いました。すぐに引き揚げますのでどうか少しの間お時間を頂きたく存じます。」
フィオナの姿に一瞬動揺するもすぐに元に戻り、相変わらず堅苦しく喋るガレオであった。その横では顔を真っ青にしたマリーとメイドが今にも倒れそうなっていた。それを見てフィオナは全てがどうでも良くなり思わず笑ってしまった。
「ふふふふふふっ!マリー、もう婚約は諦めるんやなぁ!お父様にもそう言いんしゃい。こうなってしまっては隠すことなどできんかろうて。」
「お、お、お嬢様っ?!」
「ほんでガレオさんやったですねぇ。どっかに手袋落としたそうで、わしが一緒に探しますんでついてきなさいな。」
つい数時間前に出会った人と同一人物なのかと疑うほどの独特な訛りの喋り方に今度はガレオが間抜けにも口が開いたままとなっていた。
「え、えっと…、フィ、フィオナ様でいらっしゃいますか?」
何とか絞り出した言葉はなんと間抜けなことか。その言葉にフィオナはまた吹き出してしまう。
「ふっ、はははっ!そうです、そうです!わしが先程会うたフィオナで間違いありません!」
「た、大変失礼致しました!余りにもお姿が変わっておられたので…、いえ、失礼しました!ゴホンッ!お手数ですが案内をお願い致します。」
「あいわかった。こっちですわ。」
2人は先程と同じ様に園庭を歩く。違うのはその表情でフィオナはスッキリとした朗らかな顔で、ガレオは何やら思い詰めたような顔をしていた。東屋に着くと椅子の下に案の定手袋が落ちていて、ガレオは回収する。そしてその時、ここまで来るまでに考えていた疑問をフィオナに尋ねた。
「申し訳ありませんが、大変無粋な質問をしても宜しいでしょうか?」
「構いまへんよ。」
「貴方様のご両親は王都産まれで王都育ちの筈ですが、その喋り方はどなたから?」
「あぁ。コレは生まれつきですなぁ。わしはココに来るまでは田舎の野菜農家で育ったけんこの喋り方のが落ち着くんですわ。」
「田舎とは?もしや養子であられましたか?」
「ちゃいます、ちゃいます。何ちゅーんかね。生まれ変わり言うやつですかねぇ。」
「う、うまれ、かわり?」
「そうです。そうです。年老いてぽっくり逝ったと思うたらまた赤子からやり直しですわ。」
フィオナの衝撃的な言葉を頭が処理しきれずにいた。うまれかわり。生まれ変わり?輪廻転生と言うことか?実際に本当に起こるとは。
漸くその事実を飲み込めたガレオはそれ以降何も聞かなかった。そして園庭から戻ろうとすると日が暮れ始めていた。フィオナは歩きながら歌を口ずさんでおり、初めて聞く筈のその歌がガレオには心地よく感じていた。
「今の歌は何と言う歌ですか?」
「あぁ。すんませんねぇ。うるさかったですか。」
「いえ、とても素敵な曲だな、と。」
「それはどうも。これは昔畑作業から帰る時によく歌っておりましてねぇ。あの人もよう一緒に歌ってくれたわ。」
しんみりと言う最後の台詞に何とも言えない切なげな感情が沸き起こる。何か言おうと口を開きかけたその時、先にフィオナが話し出した。
「のぅ、ガレオさん。一つお願いがあるんですが。」
「何でしょう。」
「わしとのこの婚約の話は無かったことにしてくれんですかねぇ。」
「理由を聞いても?」
「理由も何も、わかってますやろ。こんな変な喋り方で貴族様方のせん畑弄りもし、頭のおかしい令嬢と言われとるわしと婚約なんぞしても何のメリットもなかろうて。」
「少々変わっているとは思いますが頭が可笑しいとは思いません。喋り方も畑作業も人それぞれの個性と趣味の範囲ですので。」
それを聞くとフィオナはまた笑い出す。
「あっはははっ!!あの人も同じことを言いよったわ!そんなこと言う人はあんたで2人目ですわ!」
「それは、お褒めの言葉と受け取っても…?」
「そうですなぁ!褒めとりますわ!」
「それはそれは恐縮です。」
そして2人は何となしに2回目、3回目と合うこととなった。それが月に1度の定期になったあたりからガレオはあることを決心した。一度断ったこの婚約を正式に結ぶために準備をしなくては、と。しかし、一つ気がかりなことが。それは度々フィオナの口から聞く「あの人」の存在であった。フィオナの喋り方からして、きっと転生前の人物であろうことは確かであったが、どう言う関係だったのかまではわからなかった。わかるのは特段と仲が良かったのだろうことくらいだ。今、確かめるべきかを悩んでフィオナを見ているとフィオナがつんっと眉間を突いてくる。
「怖い顔になっとるよ。どしたん。なんか悩み事か?」
「いえ、少し考え事をしていて。」
フィオナが砕けた態度なのにも関わらず、ガレオは相変わらず堅い。しかし、フィオナにはそれが心地よかった。まるで「あの人」のようで。
「そうや。大真面目なあんたにこれあげるわ。匂い袋言うて緊張したときなんかに匂い嗅ぐと落ち着くんよ。」
そう言われて渡されたのはラベンダーのポプリであった。しかも何とも珍しいお手製の巾着で「ガレオ」と刺繍までしてある。匂いを嗅いでみるとどことなく懐かしい匂いでほっと落ち着いた。
「お見事ですね。こんなに細かな刺繍は普通の貴族令嬢では出来かねますよ。」
「縫い物は昔からやっとって割と得意なんよ。よう服も自分で作りよったわい。」
「服もですか?!」
「ココのドレスみたいなんは作れんが簡単な服やズボンなんかはみんな自分で作りよったけんの。」
「何ともすごい世界ですね。」
「それが当たり前やったけんねぇ。」
フィオナの前世にいたところの話は毎度驚かされるような話ばかりで聞いていて飽きない。しかも定期的に会うようになってから茶菓子は全てフィオナの手作りとなっており、この茶菓子がまた格段と美味い。甘い物をあまり好まないガレオが毎回完食するほどで、それはもはや甘い物好きでは?と思えるほどである。そのため毎度この茶菓子も楽しみの一つとなっていた。
「今日のソバボウロなるものも格別に美味しいですね。一番好きかもしれません。」
「そうか、そうかぁ。あの人もそれが一番好き言うとったなぁ。」
不意に出た「あの人」の言葉にさっきから悩んでいたこともあり、思わず聞いてしまった。
「「あの人」とはどなたです?」
「あぁ。あの人はわしの…、大事な人やな。」
愛おしそうにそう言うフィオナにガレオは「あの人」がどんな人なのかがわかってしまった。
「その人とはどう仲良くなられたのですか?」
「そうさなぁ。恥ずかしい話し、あの人ともあんたみたいにお見合いで会うたんよ。都会の人でえらく真面目な人やって暫くはあんたみたいなお堅い喋り方しとったわ。そんで自分の両親が世話になったけぇ言うてうちに婿入りしてくれたんやけどそれだけやと愛がないと思われそうやけって、物凄い綺麗な指輪持ってプロポーズしてきてくれたんよ。あんな堅物がどれだけ悩んだんやろうかって物凄く嬉しかったわ。」
頬を染めながらそう言う彼女を見て、ガレオは婚約話を受けるだけでは駄目だ、きちんとプロポーズをしてフィオナの気持ちを確かめる必要があると思い至った。「あの人」に負けないほどに、いや、それ以上に幸せにしてみせる、と誓った。そして冒頭へと戻る。
ガレオは彼女の好きな色もどんな宝石が好きなのかも知らなかった。悩みに悩んで何も知らないままでは駄目だと一旦見送ることに。次に会うときに彼女に聞いておこうとそのまま街をなんとなしに彷徨いていたら彼女が好きそうな珍しい調味料が露店で売られているのが目に入る。なんでも東方の国から仕入れた大豆と言うものから店主自ら手を加え作り上げたものだと言う。普段なら絶対に興味を惹かれることのないであろう見たことも聞いたこともないそれを一つ買いフィオナの顔を思い浮かべながら帰るのであった。
後日、いつものようにリベルト家に行き、園庭でお茶を飲んでいるとき、ガレオは街へ行った時に見つけたあの調味料を差し出した。
「先日街へ赴いた際にこれを見つけまして、もしかしたらフィオナ様がお好きかも知れないと思い持ってきたのですが、宜しければ貰って頂けますでしょうか。なんでもショーユと言うものだそうです。」
「醤油?!あんらまぁ!これまたすんごいの見つけて来てくれたねぇ!わしもこれずっと欲しかったんよ。ありがとぉ。」
「…喜んでもらえて何よりです。」
あまりにも破顔して笑うので此方まで嬉しくなってつい照れてしまうガレオであった。そして、肝心なことを聞かねばと、意を決して言葉を紡ぐ。
「あの、つかぬことをお聞きしますがお好きなものは何でしょう?」
フィオナはガレオのその質問に不思議に思うも自分のことに興味を持ってもらえているのだと気づきふふっと笑いながら答える。
「そうさなぁ。大根、人参、南瓜に茄子が好きかいねぇ。後は畑も勿論好きやし、自分で作る野菜が一等好きかねぇ。そうだな、あとは空が好きやわ。」
「空、ですか。」
「晴れの日は野菜に栄養をあげてくれ、雨の日は土を濡らしてくれるんよ。そんな働き者の空がわしは好きや。」
「空をそんな風に見るとは…。」
フィオナが空を見てそう言うものだからガレオも共に空を仰ぎ見る。そう言えば久方ぶりに空を見上げた気がするなと思いながら、青々と澄み切った空を2人は穏やかに眺めていた。
それからまた街へと駆り出すガレオは以前の険しい顔ではなくすっきりとした顔であの店へ来ていた。相変わらず色とりどりの輝きを放つ宝石たちを前にも迷わず注文していく。そして満足そうに頼んだ物を受け取り、一層大事そうに持って帰るのであった。
そしてまた、フィオナに会う日がやってきた。事前にリベルト家当主にはプロポーズをすることを了承して貰っており、あとは自分が誠心誠意フィオナに伝えるだけとなった。いつもは穏やかに会うことができるのだが、今日ばかりは緊張してしまう。何せ一世一代の大舞台である。ポケットにそれがあるのを確かめて、いざ、フィオナに会いに行く。
フィオナはいつものように迎え入れてくれ、その顔は普段と同じく穏やかな笑みを浮かべている。それを見て少なからず緊張の糸が緩む。
「そういえばお父様に聞いたんやけど、事務次官の任を任されたんやて?おめでとぅ。」
「もうお聞きでしたか。えぇ。父の後継として推薦してもらいこの度有難い事に任命して頂けました。」
「真面目なガレオさんやから安心して任せられんやろねぇ。」
「そう思って貰えると嬉しいのですが。」
それからたわいも無い話をしながらいつもの場所へと向かう。今日はいつもの茶菓子ではなく汁気の多い食べ物が出されたため、何とも不思議そうにまじまじと見ていると笑われてしまった。
「見たことないもんで驚いたろぉ。これな、先日ガレオさんに頂いた醤油で作った煮物言うんよ。見た目は悪いかも知らんが味はうまいよぉ!」
「なるほど。あのショーユと言うものがこのような料理になるのですね。フィオナ様は博識でいらっしゃる。」
「まぁまぁ、世辞はいいけん食べてみぃ。」
そう言ってスプーンを差し出され、受け取ると一掬い、透明感のある茶色いものを口に入れる。醤油の味が口に広がり噛んだ瞬間じゅわーっと滲み出る大根の旨みが醤油と合わさる。初めて食べるとは思えない懐かしさを感じながら、出された煮物の美味さを噛み締めていた。
「ふふっ!そんなに美味しそうに食べて貰えるんなら作った甲斐がありましたねぇ。」
「えぇ。こんなに美味しいものを私は生まれてこの方食べたことが御座いません。」
そう言って微笑むガレオの顔を見てフィオナは驚き目を瞬かせる。一瞬「あの人」に見えたのだ。あの人も自分が作る煮物が好きでいつもこの笑みを見せてくれていた。あの人なのか…と思いかけるがそんな馬鹿なと否定する。そんな自分に都合のいいことがあるわけ無いじゃないか、と。気持ちを切り替えて美味しそうに食べるガレオを暖かな目で見つめていた。そうして食べ切ったガレオがなにやら真剣な眼差しでこちらを見る瞳と目が合う。
「私は貴方様の中にいる「あの人」の代わりにはなれません。ですが、貴方様が1人にならないよう側にいることはできます。「あの人」よりも貴方様を幸せにする努力をし続けると誓います。ですので、私と人生を共に歩んで頂くことは可能でしょうか。」
そう言ってガレオは徐ろに小さな箱を差し出す。フィオナは唐突なプロポーズの言葉に驚きつつも「あの人」と同じ言葉でプロポーズする姿に「あの人」を思い出しポロリと涙をこぼした。そして差し出された小箱を受け取り、開けてみると中にはなんと、空をそのまま押し込めたような澄んだ空色の宝石が付いた指輪が入っていた。その綺麗さに思わず見惚れながらも確信してしまったのだ。「あの人」だと。
フィオナの突然の涙に狼狽えるガレオは泣くほど嫌だったのかと勘違いし、己を卑下する。やはり自分では駄目だったのだ。気が大きくなってしまったばかりに悲しませてしまった、と。その顔に気がついたフィオナが慌てて否定する。
「ち、違うんよ!あまりにも嬉しくて、嬉しくて…。つい涙が出てしもうた。」
「え…?」
「改めまして、こんなわしやけどもこれからも仲良うしたってくださいな。」
そう言って微笑むフィオナをガレオは目を丸くさせて見つめ、一拍空いたのち嬉しそうに誰も見たことのない顔で笑ってみせた。
こうして頭のおかしい令嬢は今日も彼に愛されている。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
さらっと読める短編を書いてみたのですがなかなか難しいものですね。
感想やご意見、評価等作品の糧となりますので宜しければお気軽にお伝えください。
誤字、行間の変更を行いました。
教えて頂いた皆様ありがとうございます。