7 なんか作物が龍脈症っぽい。
直面している問題は、思っていた以上に多く、そして複雑に絡まっていた。
例えば食糧不足による飢饉。
ヘンダーによると、理由がわからない作物の病によって、チェチェ麦──パンの材料になってた麦だ──の収穫量が激減。
その他の作物も根腐りなどで壊滅的な打撃を受けているとのこと。
そしてそれに付随するように別の問題が湧き上がっている。
領主からの徴税だ。
村でできた作物と、それから特産物の徴用、それから公的事業のための労役として、大人の男性の一部が連れて行かれている状況。
飢饉のせいで食事がまともに取れない上に、力仕事の頼みの綱である男衆が労役に駆り出されるため、畑の管理が追いつかないらしい。
ちなみに税はできた作物の3割だそうだ。
(うへぇ、なかなか深刻だなぁ……)
ヘンダーに提示された、目下一番困っているのはこの2点だそうだ。
「どうにかならんかの?」
「と言われましても……」
一応、異世界に来た時のためと、簡単に農業の勉強はしてあるつもりだ。
例えば根腐れは土中の水分管理不足によって起こるとか、作物の病気は土を変えればとりあえず何とかなるとか。
とはいえ、覚えているのはそんな感じのゆるい認識で、実際どうすれば解決するかはわからない。
鑑定解析のギフトがあるから、それを使えば何かわかるかもしれないが……。
「一度、畑の様子を見させていただいてもいいですか?
それから、どのような計画で農業をされているのかも知りたいです」
何はともあれ、見なければ話は始まらない。
俺はヘンダーに連れられて、村の畑を視察することにした……のだが。
「──と、その前に。
マーリン、こっちへ来なさい」
席を立ち、本棚の横に据え付けられたクローゼットを漁りながら手招きをするヘンダー。
何事かと首を傾げていると、不意に白色のローブが彼の手に握られていることに気がつく。
「それは?」
「修道女のローブじゃな。
アレクらは畑仕事があるから着せとらんが……お前は立場上、着ておいた方が無難じゃろうて」
渡されたそれは、ヘンダーが着ているそれとの色違いのようなデザインだった。
ただ一つ違うのは、エプロン部分が無い代わりに、キリスト教の修道女が被るような帽子を渡されたことくらいだろうか。
ちなみにこれの色も白だった。
「色違いですね」
「そうじゃな。
その色は無垢、生まれたてを意味しておってな。
階級が上がれば成熟を意味する黄色、死を意味する黒、甦りを意味する赤、天使を意味する青、そして神を意味する金に色が変わるのじゃよ」
「へぇ……」
なんだか空手とかの帯の色みたいだな、なんて思いながら袖に手を通す。
「ということは、神父様は今はえーっと、4つ目の階級ってことですか?」
「そうなるの。
ちなみに、それぞれの階級には名前があってな。
白から丁稚、職補、禰宜、司祭、司教、神補となるんじゃが……まあこれについてはおいおい覚えれば良い」
「はい……」
たしかに、一度に言われても覚えられる気がしない。
俺は苦笑いを浮かべながら帽子を被った。
***
「やぁ、ヘンダーさん!
その子は?」
「あぁ、昨日からわしが預かっとる本庁からの丁稚じゃ。
いろいろ見せて勉強させてやりたくての」
「あぁ、彼女が噂の。
本庁からの派遣だったのか」
畑に出向くと、ちょうど休憩をしていた農夫の1人が話しかけてきてくる。
「昨日からお世話になっております。
マーリンと申します」
「おう、俺はここらの畑を管理してるティルマンってんだ、よろしく!」
小麦色の髪と短く整えられた顎鬚が特徴的な、筋骨隆々とした男性の差し出された手は、厚く、そして固かった。
「それで、何か気になることはあるかい?」
「そうですね……。
まず、どんな感じで作物を育てているのか、年間のスケジュールを知りたいです」
「いきなりそれかぁ。
いい目してやがらぁ」
目を丸くしながらも、しかし俺が見せる勤勉さに気をよくしたのか。
頭をくしゃくしゃと撫でながら答えてくれた。
──結論から言おう。
なろう系でよく出される農業改革の筆頭、ノーフォーク農法はすでに実践されていた。
もしかするとこれで何とかなるかも、と思っていたが、どうやら先手を越されていたらしい。
ちなみに発案者は今目の前にあるティルマン氏。
そりゃそうだよな。
歴史上、異世界人が関与したわけじゃないのに自然と発想された農法なんて、この世界の人でも思いつけるはずだよなぁ……。
……となると、別のアプローチが必要か。
ちなみに、今村で育てている作物はメメロというカブの仲間、それからチェチェ麦、ヤークの飼料となるヤツメ草、そしてトマト。
カブの仲間であるメメロには土壌の栄養を調整し、次にチェチェ麦を育てるのに最適な状態にしてくれる役割があるらしい。
チェチェ麦で土壌の栄養を使った後は、ヤツメ草を植えることでヤークの飼料を確保、ついでに肥料を入れることで土壌を育て、肥沃になった土を使ってトマトを育てるといつサイクルだ。
実際に畑を見てみたが、素人目には特に仕組みそのものには異常が見つからない。
しかし彼に見せてもらったそれぞれの植物を見てみると、ほとんどの作物になにやら黒い斑点が浮かんでいたり、根っこが腐ったりしているのが見受けられた。
「土中の水分が多いせいかと思って、水やりの頻度とか、土を変えたりしてるんだがなかなか変化がなくてな」
頭を抱える彼を傍目に、土を少し取って鑑定してみる。
(土そのものに異常はないみたいだな。
カビも細菌もウイルスも検出されない……何でだろう?)
こういうのは大体、そういうものが原因であることが多いと聞く。
浄化の奇跡を村全体にかけたせいで、それらが消えて検出されなくなってるのかな?
(可能性はありそうだな……。
となると、植物自体の病気が治っていないのはどうしてだ?)
今度は土ではなく作物そのものを鑑定してみる。
すると、そこには『栄養失調』の文字が表示されていた。
(栄養失調……?)
おそらくだけど、もしかすると病気に対処するために栄養を使ったからかもしれないな。
そのあとに浄化の奇跡で無理やり病原体を消したものだから、栄養が足りない状態だけが残った……のかも。
とはいえ、これは一時的な処置になっているに過ぎないはず。
彼が言っていた、土を変えたり水分調整をしたのに治らない作物の病というものが、今後また発症しないとも限らない。
原因を追求するためのヒントが奇跡のせいで消えちゃったかもしれないのは残念だけど……他のも見てみれば、なにか片鱗だけでもわかるだろうか?
「他に育てているものは?」
「そうだな、別の畑になるが特産品の綿花だな。
レッサートレントの亜種で、大人しい性格の魔物でな。
少量の魔石を土に混ぜるだけで育ってくれるから、この辺じゃよく育てられてるんだが……こいつにもちょっと問題が起きててなぁ」
というわけで問題の畑も見てみる。
レッサートレントの亜種──コットントレントの畑は、少し奇妙な見た目をしていた。
何と表現するのが適切だろうか。
牧場と畑が渾然一体になった感じというか、畑の作物が根っこを足にして、わさわさと土の上を歩き回っているのである。
「おぉ……」
コットントレントの見た目は、大人の腰くらいの高さの低木のようだった。
普通のそれと違うのは、頭にまばらについてる綿花と、土の上を蠢き走り回る根っこくらい。
「本来なら、もっと綿花をつけて、今見えてる緑の葉っぱが見えないくらいになってるはずなんだがな……」
「なるほど、収穫量が落ちてるんですね」
「ああ。
これじゃあ、税を納めることもできねえよ」
たしか、収穫量の3割を収めなきゃなんだったか。
俺は、ふむ、と顎先に指を当てながら、こっそり1匹を鑑定してみる。
⚪⚫○●⚪⚫○●
レッサートレント亜種
コットントレント
Lv.1
HP:10/10
MP:27/15
状態異常:栄養失調
⚪⚫○●⚪⚫○●
(状態異常は、やはりこれも栄養失調か。
……ん?
MPの値がなんか妙だな。
最大値と残量が逆になってる……?
……いや、これもしかしてひょっとすると……魔力過多?」
いつの間にか声に出ていたのか。
その呟きに、ティルマンが俺の両肩を掴んで
「今、なんて言った?」
「えっ……と、魔力過多、ですか?」
栄養失調と魔力過多の関連性はわからない。
しかし少なくともそれが、状態異常として表示されない以上は、特に問題視するような状態ではないのでは?
「なるほど、そういうことだったか……。
畜生、盲点だったぜ……」
しかしティルマンにとってはどうやら心当たりがあったようで、納得したような表情で大きなため息をついていた。
「どういうことですか?」
「これは、多分だが龍脈症という病気だ」
龍脈症。
魔力の強い土地では、その土地の生物が大きく強力に育つという性質がある。
しかし、魔力があればそれだけで大きく育つというわけでもなく、そのものが大きく育つための、物質的な材料、栄養がなければならない。
……ようするに、無理矢理大きく育とうとする物に対して栄養が足りていないから、育ったものがスカスカになってしまうのだ。
「だがおかしいな。
この辺りに龍脈は通っていなかったはずだが……何か知らないか?」
「いや、わしも心当たりがないのう」
2人の視線が俺の方に集中する。
外から来たからか、何かを知っているとでも思っているのだろう。
「わ、私も知りませんよ!?」
少なくとも、大きく育った植物なんてものは見ていない。
いや、その土地ももしかすると龍脈症になっていて、枯れたりしているのかもしれない。
でもそんな場所知らない──
「あ」
そういえば、ここにくる前にダンジョンのようなものを発見したことがある。
あの女騎士と出会った場所だ。
「心当たりがあるんじゃな?」
さすが鋭い。
俺はヘンダーの問いかけにこくりと頷くと、一つの可能性について尋ねることにした。