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なんか異世界きたっぽい。  作者: 加藤凛羽/潮もずく
第1章【村の救世主】
5/14

5 なんか村を浄化したっぽい。


 清拭せいしきを終えて2階の大広間に戻ると、俺は直近で解決しなければならない問題が潜んでいたことを思い出した。


「しまった、どうしよう……」


 目の前の虫食いだらけのシーツにため息が漏れる。


 新しく作り替えるには材料も道具も時間もない。

 新しいものとの交換をねだることも、財政的に厳しいだろう。

 トイレの尻拭きタオルを手に入れられただけマシといえばマシなのだ、これ以上はヘンダーの眉根の皺がグレートキャニオンに並んでしまうことになりかねないだろう。


「何か方法は……」


 せっかくだし、ディアナの布団に入れてもらおうかとも考えたが、彼女のシーツも同じ様子。

 アレクやニックのも変わらなかった。


 現実的な手段は存在しないらしい。

 ならば、非現実的な手段を試さざるを得ないだろう。


「……ディアナは今トイレだし、アレクたちは清拭のために外にいる。

 ……やるなら今だな」


 鑑定、と小さく唱え、自分のスキルを再確認する。


 非現実的な手段、それはこの世界独特の、魔法やスキルに頼るという方法だった。

 残念ながら俺に魔法の心得はないが、しかし思いつくもので一つ、有用そうなものがあるのを俺は覚えている。


「浄化の奇跡……。

 スキルポイント全振りすれば、レベルをカンストできるか」


 浄化の奇跡。

 鑑定のギフトで調べてみると、このスキルの効果は、簡単に言えば対象を清潔だった状態まで復活させるというものだった。

 細かくみてみると、実態はエントロピーがどうのこうのと少し難しいことが書いてあるが、それらを簡単にいえば、擬似的な時間の巻き戻しのような効果だということが判明する。


 つまり、極めれば破れたシーツも元に戻るらしい。


「効果量はスキルレベルと幸運(LUK)に依存するってことは、とりあえずスキルポイントとステータスポイントを全振りすればなんとかなる……かも」


 レベルあたりの浄化がどんなものかはわからない。

 しかしカンストしたレベルであれば、その効果はレベル1よりはかなりマシになるはずである。


 俺は周囲に誰もいないことを確認すると、浄化の奇跡のレベルを10に、LUKの値を11まで引き上げ、スキルを行使した。


「浄化の奇跡」


 スキルの行使を宣言する──と、対象に指定したベッドが淡い光に包まれ、気がつけば新品のベッドに置き換わっていた。


「おぉ……!」


 思わず、感嘆の息が漏れる。

 MPの消費を確認するが、どうやらこのスキルは自分の魔力を使わないらしく、数値は微動だにすらしていなかった。


 これ、もしかしなくてもチートなのではないだろうか?


 これまで問題視していた清潔問題が、このスキル一つで解決してしまったのだから!


(これなら石鹸が広まらない理由もよくわかるな……)


 こんなスキルがあるのなら、だれも石鹸なんてものを手間をかけて作ったりなんかしない。

 ……いや、ディアナの言葉を思い出すに、貴族の人は石鹸を使っているっぽいし、そうでもないのかも。


 考えられるとしたら、このスキルをここまで伸ばせる人はいないとか?


「そういえば、これ、ジョブスキルなんだよな」


 ジョブスキル。

 職業を得ることで、相応のスキルを獲得するゲームシステム。

 おそらくだが、本来は修道女や修道士が修行の果てに獲得する奇跡なのではないだろうか?

 それを俺は、鑑定解析なんてチートなギフトがあるものだから、ポイントを使って楽々に獲得してしまった……?


「……まずいな」


 瞬間、いろいろなことを察して、渋い表情になる。

 これはたぶん、色々まずいことになる予感がする。


 まず一つ。

 もし俺の想像が正しければ、このレベルの浄化はきっとそれなりに高位な聖職者にしか扱えないということ。

 そしてそんなスキルをこんな子供が扱ったのだと知られたら、神父がどのような行動に出るかわからないということ。


 おそらく神父もこのスキルを持ってるはず。

 その上であの尻拭きタオルの惨状を思い返すと、単なる神父程度では、このレベルの浄化は体現できない。


 知られてしまえば間違いなく聖女だなんだと担ぎ上げられ、面倒な政治戦争に巻き込まれかねないだろう。


 そしてもう一つ問題がある。

 もし仮に政治戦争に巻き込まれなかったとしても、ヘンダーにバレたら何かしら利用されかねないという可能性だ。

 小さな田舎ではよくある話だ。

 自分の利益のために、有用なものを隠し、自分の成果として活用する……。


 そうなるといつかこの村を出る時、足枷になりかねない。


(一層、自衛の手段を磨かないといけなくなったな……)


 今朝の女騎士の剣を思い出しながら歯噛みする。

 おそらくスキルポイントはレベルを上げなければ貯められない仕様だ。

 そのためには魔物討伐が必要になる。

 しかし戦う手段がない現在、魔物討伐は不可能に近い。


 何か考えねば。

 まずは……まずはこのベッドの件を、俺の仕業だと悟られない細工をしよう。


 やるとしたら……全員のベッドを浄化するか?

 俺のだけなら、俺が怪しまれるし……。

 でもベッドだけだとそれはそれで言い訳が厳しそうだ。


 ……ならばどうするか。


「よし、この教会を……いや、この際村まるごと浄化させよう。

 そうすればたぶん、なんとか有耶無耶にできる……はず!」


 俺はそう考えると、床に両手をついてスキルの使用を宣言した。


「浄化の奇跡!」


 淡い光が部屋全体を包み込み始める。

 光は壁に浸透し、隣の書斎や一階の礼拝堂、裏の食堂、裏庭から教会前の広場、さらには村の外の水堀まで駆け抜け──光がおさまった頃には、村全体が、まるで新しくこしらえたかのような輝きを取り戻していた。


「これでどうにかなるだろう」


 ……その後。

 興奮した面持ちで先ほどの奇跡の感想を叫ぶ3人の子供達の相手をすることになったが、それはまた別の話。


 ***


 翌朝。

 心地いいベッドの上──が、突如として鳴り響くうるさい鐘の音によって穢され、目が覚める。


 窓から覗く空はまだ暗く、遠方に見える木々の頭が白んで見えるほどの時刻だった。


「夜明け……」


 やや冷たさの残る、しかしどこか蒸し暑い澄んだ空気に上体を起こし、これまでのことが全く夢ではなかったことに、一種の郷愁を覚える。


「そういえば、朝の鐘が鳴ったら、礼拝堂に降りなきゃいけないんだっけ……」


 眠気眼ねむけまなこを擦りながら部屋を見回すと、すでに3人の姿はそこにはなかった。

 きっと鐘が鳴るよりも早く起きて、朝の支度をしているのだろう。


 現代社会の人間には、到底不可能な働きである。


 俺は誰もみていないことを確かめると、浄化の奇跡を使って身支度を整え、下に降りることにした。


 礼拝堂に降りると、たくさんの人がベンチに腰を下ろし、何やら世間話をしているのが聞こえてきた。


「昨日の光、あれはきっとオリハルコンティウス様の御業よね!?」

「あぁ、きっと昨晩、この村にご降臨なさったんだ!

 そうに違いない!」


 後方のベンチに腰を下ろし、耳をそばだててみれば、大体そのような話をしているのが聞こえてきた。


 オリハルコンティウス。

 そういえば昨日子供達もその名前を呼んでいたな。

 たしか、神父様が祈りを捧げていた時に詠唱していた祝詞の中にもそんな名前があったような。


(この宗教の神様の名前……なのかな?)


 小首を傾げるが、答えはわからない。

 まぁ、ここで暮らしていればいずれわかることだろう。


 そんなふうに思いながら礼拝が始まるのをまっていると、正面の方からスタスタと歩いてくるヘンダーの姿を目撃した。


「おはようございます、神父様」


 ベンチを立って、カーツィーをして見せる。


「おはようマーリン。

 朝の挨拶は忘れていないようじゃな。

 修道女としての常識は、忘れているようじゃが」


 何か苛立つようなことでもあったのだろうか。

 眉間に皺を寄せながら、イヤミのように吐き捨てて腕を掴んで引き寄せる。


「教会の人間は、前の席で礼拝を行う。

 覚えておきなさい」

「はい……」


 厳しい口調でそう説明するヘンダー。

 そんなこと言われたって、知らないのだから仕方ないじゃないか、と心の中で愚痴るが仕方ない。


 俺は精一杯ため息を我慢すると、彼の指示通り、昨晩の礼拝と同じ先に腰を下ろし、彼の祝詞を繰り返した。

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