3 なんか問題が多いっぽい。
さて。
ようやく1人になって落ち着けたので、まずは状況整理から初めていくことにしよう。
「まずは、自分のステータスの確認からだな。
それ如何では、できることとできないことが決まってくるし」
言い聞かせるように呟いて、自分に対して鑑定のスキルを使用した。
⚪⚫○●⚪⚫○●
ナナシ
性別:女性 10歳
Lv.1
HP:10/10
MP:10/10
職業:修道女見習い
称号:記憶喪失の孤児
STR:1
VIT:1
INT:1
AGI:1
DEX:1
LUK:1
ステータスポイント:10
ギフト
・異世界言語
・鑑定解析
・アイテムボックス
コモンスキル
・逃げ足(1/10)
・危険察知(1/10)
・魔力操作(0/10)
ジョブスキル
・家事(1/10)
・早寝早起き(1/10)
・癒しの奇跡(0/10)
・浄化の奇跡(0/10)
スキルポイント:10
⚪⚫○●⚪⚫○●
名前がナナシになっているのは、この世界での名前を決めていないからだろう。
レベルが1なのも、ステータスがそれに合わせて低いのも納得がいく。
それよりもまず気になるのは、性別の欄だった。
「女性……」
ぽつりと呟く声が普段より高いのは、子供になったせいではなかったらしい。
改めて履いていたズボンをおろして中を見てみると、確かにそこには一本の筋があるだけで、慣れ親しんだムスコの姿はどこにもないことは明らかだった。
「どうしてこんなことに……」
項垂れる。
ついに捨てることが叶わなかった童貞。
人生で一度くらいはシたかった……。
「……とはいえ、知らない野郎のブツを見なくて済むのは、不幸中の幸いと言えば幸いか」
代わりに、知らない野郎のブツが俺のナカに入ってくる危険が生まれたわけだが……修道女として処女を守ればそのリスクも小さくなるだろう。
ヘンダーがロリコンな点が一つの懸念材料ではあるが……そこは、身を守る術を身につけてどうにかしよう。
一応魔力はあることだし、あの女騎士がやっていた技を身につければ自衛くらいはできるはずだ。
「さてさて、他には……ギフトのところにアイテムボックスって書いてあるな」
アイテムボックスといえば、異空間にアイテムを収納できるという便利なスキルだったはずだ。
スキルではなくギフトという点を鑑みるに、多分だけどあんまり人前で見せてはいけないものかもしれない。
そういうタイプの作品は多いからな。
気をつけることにしよう。
「とりあえず、中に何が入ってるのかとか調べておこうか」
アイテムボックス、と呟くと、鑑定同様にウィンドウが開いて、内容物の表が表示される。
「持ち物は特になしか。
とりあえず木の棒だけでも保管しておこう」
万が一の時、護身具くらいにはなるだろう。
「それにしても本当に初期装備だな……。
とりあえず喉乾いたし、神父さんの言う通り食堂に行こう」
***
教会の食堂は、長いテーブルが一つと、それを囲うようにボロい木製の椅子が5つ置かれているだけの簡素な部屋だった。
開いた裏口の扉、その近くの壁際にはかまどが設置され、最低限料理をするための設備は整っているようだが、荒屋であることには変わらなかった。
「もう休憩はいいのかな?」
椅子に腰を下ろし、本を読んでいたらしいヘンダーが、こちらに視線を寄こしながら尋ねる。
「喉が渇いてしまいまして」
「そうか。
なら、まずは水場を教えようかの」
それから俺は、ヘンダーから教会周りの案内をしてもらうことになった。
水は裏庭の井戸を使うこと。
飲む時や食用に使う際は、一度鍋に淹れて火にかけること。
体を拭きたいときは、裏庭の桶を使うこと。
教会の中に水桶を持っていかないこと。
ヘンダー神父の書斎は二階広間の隣の部屋。
朝食の後は必ず書斎に行くこと。
トイレも2階。
掃除は朝と夜の2回。
「トイレのスライムはたまに襲ってくることがあるんじゃが、まぁその時はこの薬品かければ大人しくなるからの。
落ち着いて対処しとくれ」
壺を煉瓦で囲っただけの簡易的な便器の奥底でうねうねしている緑色のゲル状の何かを見せながら、そう説明するヘンダー。
トイレの仕組みが異世界っぽくて面白いと思う反面、スライムが下にいることがちょっと怖くて、頬が引き攣ったのは内緒である。
「あの、ちなみにおしりを拭くときはどうすれば?」
「それなら、そこに布がかかっとるじゃろう?
それで拭けばよい」
言って、壁に懸けてある、茶色く変色した薄い布を見せるヘンダー。
見るからにブツが付着していて鳥肌が立つ。
「え、あれを使うんですか!?」
「何か問題があるのかな?」
「不衛生すぎます!
誰が拭いたかわからないブツが付いた布でおしりを拭くなんて!」
「誰が拭いたかわかればええんかの?」
「そういう話ではなく!」
今まで見てきたものはまだ耐えられそうな範疇だった。
しかしこれはいただけない。
これだけはどうしても許せなかった。
「潔癖症じゃのう」
「いやいやいやいや!?」
水を飲むときは沸騰させて、なんてまともなことを言っていたくせに、ここに来て急にそれはおかしいのではないだろうか?
「不安にならんでも、ちゃんと一回ごとに洗っとるわ」
「洗ったからと言って落ちてるとは限りませんよ!?
実際茶色くなってるし! 落ちてないことの証左じゃないですか!」
洗うと言っても、どうせ水洗いなのだろう。
それは流石に洗ったとは言い切れない。
尚も抗議して見せる俺に、ヘンダーは困ったように頭皮を掻くと、仕方ないという風にため息をついた。
「なら、あとでお前さん専用の尻拭きタオルをやろう。
それでよいかの?」
「……はい、それでよしとしましょう」
ここら辺が妥協点だろう。
くそう、やるべきことが多すぎるな……。
絶対トイレットペーパーを作ってやる……。
一通り教会の案内が済むと、農作業の手伝いから帰ってくる子供達の影があった。
背の高い青年と、低い少年。
それから、俺と同じ歳くらいの少女の組み合わせである。
「神父様ただいま!
その子は?」
一番背の高い、赤毛の少年がヘンダーに目配せする。
歳の頃は、鑑定してみると15歳らしい。
思っていたより5歳くらい若かった。
(やっぱ外国人の見た目で年齢を測るの、ちょっと難しいかも)
思っているより少し若めに捉えた方がいいのかもしれない。
「あぁ、今日からうちで住むことになった……名前は……なんじゃったかの?」
4人の視線が集中し、そういえば名乗っていなかったことを思い出す。
名前……。
名前かぁ。
本名を言っても馴染みがないだろうし、こっちの世界用の、女の子らしい名前を新しくつけるのがいいだろう。
俺は、少し思い出すようなそぶりを見せて(記憶喪失の設定なので)一瞬思案したあと、こう名乗ることにした。
「マーリンです。
記憶が無くて、色々常識を知らないところがありますが、教えていただけると幸いです」
ついでにカーツィーの真似事でもしてみせる。
つまむスカートがないので、軽く膝を曲げるだけの略式だが。
しばらく目を伏せて、4人の反応を待つ。
しかしなかなか、こちらこそよろしく、の一言も聞こえてこないので、そっと頭を上げ──
「「……」」
──子供達がポカン、としているのが、目に映った。
すこし、からかいすぎただろうか?
ヘンダーへ目配せをすると、彼は誤魔化すように咳払いをして『ほら、挨拶を返さんか』と口を開いた。
「は、初めまして。
えっと、ミス・マーリン。
僕はアレクサンダー。
気軽にアレクと呼んでくれ」
慌てたように、たどたどしく挨拶するアレク少年。
俺のカーツィーを真似してか、貴族っぽい礼をしてみせようとしていたが、途中で不安になったのか、手が空中を彷徨って奇妙なダンスのようになってしまっていて、思わず吹き出しそうになる。
男子のそういうところは、笑わないでやるのが紳士だ。
俺は頑張ってこらえた……が、こらえているのがはた目にもわかったようで、アレクは恥ずかしそうに頬を染めていた。
「それと、こっちは妹分のディアナ。
こっちのチビは弟分のニックだ。
よろしくしてやってくれ」
苦笑いを浮かべて誤魔化し、口早に紹介を進めるアレク。
一方でディアナは堂々としていて、土で汚れた手をこちらに差し出して笑みを浮かべていた。
「ディアナよ、よろしく!」
「よろしくディアナ」
「ニックだよ、よろしくねお姉さん」
「よろしくニック」
ディアナの真似をして、堂々とした出立で握手を求めるニック。
2人とも小生意気そうで、洋画に出てくる子供のようだという印象だ。
……うん、イタズラには注意しよう。
それから俺たちは、ヘンダーの指示に従って井戸水で手を洗い、夕方の礼拝と夕食の時間を過ごした。
礼拝というものを初めて体験したが、ここでのそれは基本、ヘンダーが何かボソボソ祈りの言葉を捧げているのを復唱し、祭壇に飾ってある小さな木製の像に祈りを捧げるだけの単純なものだった。
(これ、どういう意味があるんだろ?)
よくわからないが、郷に入っては郷に従えというし、とりあえず真似をするだけで今日の礼拝は終わった。
ちなみにその後の夕食だが、ほんの少しの野菜と肉が入った、味付けの薄いトマトスープと、薄くて平べったい原始的な固いパンだけという、とてもひもじいものだった。
改善しなければいけないことが山ほどあって大変だ……。