2 なんか村にきたっぽい。
女騎士に連れられてたどり着いた村は、ザ・中世ヨーロッパといった様子だった。
申し訳程度に掘られた水堀に、低い木の柵。
簡単なつくりの物見櫓が村のこちら側とあちら側にあるだけの、とても簡素な作りだった。
村に到着すると、門番らしき青年が2人、槍を片手に駆けつけてくる。
「これはこれは騎士様。
このような辺鄙な村へ、いったいどのようなご用件で?」
「実はかくかくしかじかでな、記憶喪失の子供を見つけたのだが、心当たりはないだろうか?」
二言三言のやり取りののち、兵士の視線がこちらへと飛んでくるのがわかり、とりあえず愛想笑いを返すことにする。
「いえ、うちの村の子ではありませんね」
「それどころか、隣村でも見かけない顔です」
「ふむ、それは困ったな」
身元不明の孤児が1人。
何ができると言うわけでもない子供がたどる運命に、いったいどれほどの可能性があるだろうか?
ひどければ今夜にでも村八分にされる可能性は、極めて高いに違いない。
そうなるとせっかくの異世界だというのに生きていくことすら難しくなる。
それはとても嫌だ。
せめて魔法くらい使えればと思うが、そんな隠れた才能なんてないし、せめて女の子なら体を売ってどうにかできたかもしれないがそれも叶わないだろう。
……なんてことを考えたときだった。
ふいに、自分の股間の方に違和感があることに気がついた。
(そういえば、ムスコの気配を感じないな?)
走ったりしていた時は気にする余裕もなかったので気が付かなかったが、この感触ってもしかして?
いやいや、子供サイズだから小さくてわからないだけだ。
まさかそんなことなんて起こるはずがない。
自分に言い聞かせ、なんとかこの状況を打開する案を捻り出すよう、脳みそのリソースを移そうとしたときだった。
村の奥から、1人の老人が顔を見せた。
「なんの騒ぎかね?」
歳の頃は80くらい。
外国人は老けて見えるっていうし、多分もっと若いのだろうが、白いふわふわな髭と、ツルツルの頭を見ると、ただ老けて見えるだけじゃなくて、本当に老人なのではないかという気がしてくる。
ちなみに彼が着ている服は、ワインレッドのローブだった。
太陽を模したシンボルが刺繍された白いエプロンのようなものをつけている。
(そういえば、聞いたことのない言語なのに理解できるのはなんでだろう?)
今更ながらにそんな疑問が浮かぶ。
もしかするとよくある異世界言語を理解するスキルが積まれているのかもしれない。
なら、鑑定スキルも積まれているのでは?
「鑑定」
試しに、小声で呟いてみる。
すると思った通り、老人のステータスが目の前に表示された。
(おぉ! と言うことは俺のスペックもステータスオープンじゃなくて鑑定スキルで閲覧できるようになってるわけね……)
そんなわけで、鑑定スキルで調べた老人のステータスは以下のようなものだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
ヘンダー
性別:男性 62歳
Lv.12
HP:120/120
MP:200/200
職業:神父
称号:ロリコン
⚪⚫○●⚪⚫○●
げ、見たくないものまで見てしまった……。
思わず顔を顰める。
知らない爺さんの性癖なんて、知ったところで得にはならない。
いや、むしろ自衛の準備ができるという点ではいいことなのかもしれないが、そこは悩みどころである。
「──なるほどのぅ、そういう事情か」
女騎士との話し合いが一段落したのか。
老人、ヘンダーはこちらを一瞥してニコリと微笑んだ。
「それなら、わしが一旦預からせてもらおう」
「神父様、それは……っ!」
「ただでさえ最近は食糧難が続いていますのに、これ以上人が増えたら……っ!」
「神のお告げじゃ。
その子供を招くことが、村を救うことになる」
反対する2人の門番に、鋭い眼光を送るヘンダー。
その威圧に何も言えなくなったのか、2人はもごもごと口を噤ませた。
「と言うわけだそうだ。
彼の言うことをしっかり聞いて、村の役に立ちなさい」
女騎士は俺を馬から降ろすと、どこかへと去っていった。
こうして俺は、バルーザ村で生活することになったのである。
***
「今日からここが、お前のベッドじゃ」
彼に連れてこられた教会は、村のほぼ中心部に位置していた。
広い空き地を正面に構える、赤煉瓦の壁が特徴的な木骨煉瓦造の2階。
その中に4つ並べられたベッドのうちの一つが、どうやらこれから俺の寝起きする場所らしい。
ちなみにほかの子供は外に出て農作業の手伝いをしているようだ。
「ありがとうございます」
「礼儀はあるようじゃな、よろしい」
虫の湧いていそうなぼろいベッドに内心辟易としているのを隠しながら、前世で培った営業スマイルを浮かべて見せる。
薄い布地。
それだけならまだしも、虫食い跡が目立つのは勘弁してほしかった。
(新しいシーツを作らなきゃな……)
「文字は読めるかの?」
「あー……忘れました」
「そうか。なら、礼拝後はわしの部屋に来るといい、勉強を見てやろう」
「ありがとうございます」
それから俺は、ヘンダーから1日のスケジュールについて教えてもらった。
まず、朝の鐘で起床する。
身支度を整えて朝の礼拝。
朝食が終われば他の子供たちは農作業などの手伝いに駆り出されるようだが、俺だけは彼の書斎に呼ばれるそうだ。
ちょっと嫌な予感がしなくもないが、しかし勉強を見てくれるというのは非常にありがたい。
農作業なんて俺には無理だしね。
勉強を見てもらいつつ彼の手伝いをするのがどうやら俺に与えられた仕事のようで、夕飯時までは教会で雑務。
夕刻の礼拝を終えて夕食を済ませれば、そこから先は自由時間。
この間に体を拭くなりして身奇麗にし、日が沈むころには就寝らしい。
何というか、ブラックすぎる仕事場だ。
一番は昼食の時間がないのがひどい。
食糧難だからというのもあるかもしれないが、そういえば昼食という文化が生まれたのって、実は結構最近のことらしいし、そこまで食料自給率とかもない故の、当然の帰結なのだろう。
どうにかしなければ。
「何か質問はあるかな?」
「教会の雑事って、何をするんですか?」
教会というのは、祈るくらいしかすることが無いようにも思える。
夕飯時まである雑事というのが何なのか、非常に気になったのだ。
「そうじゃな、いろいろあるぞ?
掃除洗濯、炊事、それから怪我をした者への看病や薬の調合……。
朝と夕刻の鐘を鳴らすのも、教会の仕事じゃ」
「俺は鳴らしに行かなくてもいいのですか?」
「そんなわけないじゃろう。
それについては子供らの当番制じゃからな、帰ってきたら教えてもらうといい」
なるほど、当番制なんだ。
というか、思った以上にやることあるな……。
そっか、洗濯とか炊事も仕事なのか……。
ここで暮らしていくんだし、当たり前か。
しかもこれ、家電がないから洗濯って人力なんだよな?
やばいな、時を見て洗濯機をつくらないと。
「承知しました」
「難しい言い回しを知っておるの。
肌も髪もきれいじゃし、もしかするとどこかの商家の令嬢だったのかもしれんな」
令嬢。
その言葉を聞いて、先刻自分の股に感じた違和感を思い出す。
あの女騎士は俺のことを少年と呼んでいたのに、ヘンダーは何の迷いもなく女であると言い切った。
不安が募る。
今の俺はいったい、どっちなのだろうか?
鏡がないから顔の変化も確認できないが……中性的な見た目に変わっているのかもしれない。
単に若返っただけかと思っていたが、そうじゃないのかも。
「今日は疲れたじゃろう。
しばらく休んだら食堂に来なさい。
ここの案内をしてやろう。
場所は、礼拝堂のすぐ裏じゃからな」
ヘンダーは柔らかい笑みを浮かべると、頭を数度ぽんぽんと叩いて部屋を後にした。