14 なんかボス部屋来たっぽい。
10階層に降りると、魔物たちの強さは段違いに強くなっていた。
まず、どこから調達したのか、質の高い武器や防具を装備した魔物が増えた。
これまで武器を使っていたのはゴブリンとゴーレムだけだったが、それに加えてリザードマンやあの狼の魔物まで武器を使い始めている。
おかげで魔物たちの行動パターンは様変わりし、知能も高くなっているのか苦戦するようになってきた気がする。
……この分だと、ボスはもっと強力に違いない。
油断なんてするつもりはないけど……生きて帰れるか不安になってきたな。
「こういう武器って、どこから調達してくるんですかね……」
受けたダメージを回復させながら、先ほど倒したリザードマンが使っていたショートソードを回収する。
軽く鑑定してみると、村から持ってきた物よりランクが高く攻撃力も高い。
考えられるのは、以前に挑んでいた冒険者が落とした物とかだろうが、それにしては刃こぼれが少ないものが多い。
というか、ほとんど新品に近いのである。
「ダンジョンの七不思議というやつだな」
「ダンジョンの七不思議?」
きょとん、と首を傾げる。
「誰が補充しているのかわからない宝箱とか、魔物が装備している武器がやたら高級品だったりとか」
「宝箱なんて置いてあるんですか?」
「たまにあるらしいぞ。
まぁ、滅多に見かけることはないし、入っているのもなんの用途かわからないメダルとか、いつ作ったのかわからない怪しい薬品とかだけどな」
ふむ。
話を聞くに、ゲームでは当たり前のようなシステムがこの世界でも起きていて、でも仕組みがさっぱりわからないモノ、みたいなイメージだろうか?
「そうだ、その武器誰が作ったかとか、その鑑定解析とかいうギフトでわかったりしないか?」
「残念ですけど、そういうのはわからないみたいですね……」
「ダメかぁ」
落胆したような顔を浮かべるアレクに、苦笑いを浮かべる。
やはり、直接見たり感じたりしたことにのみに限定されているというのが、このギフトの肝であり弱点なのだろう。
***
ダンジョン最奥。
ボス部屋は重厚な扉によって隔絶されていた。
扉のサイズから鑑みるに、奥には相当広い空間が広がっていることが予測できる。
「準備はどうだ?」
黄金に輝く戦斧を担ぎながら、こちらを見下ろしてくる。
装備に関しては、10階層でドロップした装備で強化されているし、新しく取得したスキルもかなり使い勝手がわかるようになってきていた。
心の準備の面でも、自己暗示のスキルで少しは緊張がほぐれているし、きっと問題はないだろう。
アレクの斧にも、事前に刃こぼれを修復するために浄化の奇跡をかけてある。
戦闘中にすぐ破壊されるなんてことはまずないはずだ。
俺は拳を彼に突き出しながらニヒルな笑みを浮かべた。
「大丈夫です、問題ありません」
「そうか。
俺は結構緊張してたんだが……腹を括るか」
深呼吸。
額に浮かぶ汗を拭い、その巨大な石の門扉に手をかける。
彼が少し力をこめると、それはギィ、と軋んでゆっくりと開き、中の様相を露わにした。
「……」
生唾を飲む音が、異様に大きく聞こえる気がする。
扉の奥に見えるのは、一言で言えば聖堂だった。
薄暗い、だだっ広い石の聖堂。
ギリシャの神殿を彷彿とする柱に支えられた天井。
床と壁にはステンドグラスを模したモザイク画が彫刻され、最奥には巨大な石像が飾られている。
「ボスは……見当たらないな」
周囲を警戒するアレクの声が、異様なまでに反響する。
(こういう一見ボスがいなさそうな部屋の場合は、大体天井か──装飾品に紛れてたりするんだよなぁ……)
天井を確認。
何も隠れていない。
怪しいのは、あの奥にある石像くらいだが、鑑定しても魔物らしい反応は返ってこない。
警戒しながらショートソードを構え、一歩足を踏み入れる。
「いませんね……。
部屋を間違えたのでしょうか?」
「いや、それはないと思う」
言って、アレクが石像のさらに向こうを指さす。
「見えるか?」
「モザイク画のことですか?」
「ちがう、その向こうだ」
彼の言葉に目を細める。
透視能力を持っているわけではないので壁を透かしてみる、なんてできないが、なんて言い訳を飲み込んでジッと観察して──それが、モザイク画などではないことに気がついた。
(あそこだけステンドグラスだ……)
よく気がついたな、この薄明かりで。
やはり現地人は目がいいのかもしれない。
なんて思いながら、そのステンドグラスの奥に映る何かを凝視する。
「何か、氷山みたいなものが見える気がします」
「それだ。
剥き出しの龍脈、ダンジョンコアだ。
昔、村に来た冒険者に聞いたことがあったのさ」
鑑定してみる。
すると確かにそれはダンジョンコアと呼ばれるもののようだった。
ちなみに材質はオリハルコンらしい。
売値は……日本円換算で52兆円!?
「ダンジョンを攻略することを目的にしている冒険者は、主にあれを採掘することで生計を立てるんだ。
ダンジョンの主──ボスを倒せば地底に引っ込むってんで、一度にそう大量には採掘できないらしいが。
噂によると、ダンジョンっていうのは一種の魔物で、あのオリハルコンを餌に冒険者を誘い込んでるって……マーリン?」
52兆円あれば何ができるだろうか?
一生遊んで暮らしたとしても足りないに違いない。なんて妄想にトリップしていたときだった。
不審がったアレクの呼び声に、ハッと我に戻る。
「す、すみませんアレク。
ちょっと魅了されてました……」
「わかる、あの量のオリハルコンは魅力的だよな……。
ま、それを持って帰るにしたって、まずは生きてボスを仕留めるところからなんだが」
苦笑いをする彼に、すこしバツの悪い顔を返す。
取らぬ狸の皮算用とはまさにこのことである。
「帰ったら山分けしましょう」
「おいおい、あれ全部持って帰るつもりか!?
ピッケルもないんだぞ!?」
「大丈夫、安心してください。
私に秘策がありますので」
そんなやりとりをしながら、聖堂のちょうど中心まで降りてきたときだった。
不意に、部屋の空気がガラリと切り替わるような感覚に、咄嗟にその場を離れた。
「アレク!」
「うぉっ!?」
床下から突き上げるように現れる何かに、アレクの体が弾き飛ばされた。
寸でのところで斧による防御が間に合ったようだが、空中では威力を殺しきれない。
彼はそのまま天井に蜘蛛の巣状のひび割れを作ってめり込んだ。
「まさか、天井も石像もブラフで、地面から姿を現すなんて……」
長い体を持ち上げ、こちらを睨む巨大な白いムカデのような魔物に戦慄しながらショートソードを握り直す。
⚪⚫○●⚪⚫○●
Gailrancor
Lv.24
HP:5700/5700
MP:1500/1500
状態異常:なし
スキル
・突進(10/10)
・双剣術(5/10)
・破壊光線(8/10)
・同時思考演算(3/10)
⚪⚫○●⚪⚫○●
鑑定解析のギフトで調べてみると、レベル自体は俺たちとさほど変わらなさそうだ。
しかしHPやMPは桁違い。
さすがボスと言ったところだろう。
「こん…….のッ!!」
そこまで確認した時だった。
一瞬気絶していたアレクが目を覚ましたのか、反撃に出るべく天井を足場に、固い甲羅をめがけて大斧を振り下ろした。
「脳天撃ッ!」
うっすらと光る黄金の刃が、生物の外骨格と接触したとは思えない鈍い金属音を奏でて弾き返される。
「……ッ!?」
HPを確認。
どうやら1ダメージも入っていないようだ。
「硬ぇ……ッ!
マーリン、甲羅はダメだ、腹を狙えッ!」
落下しながら指示を飛ばすアレクに、ハッと我に戻る。
見れば確かに、腹部にだけ甲羅がない。
狙うならそこしかないのだろう。
「了解!」
俺は鋭く返事を飛ばすと、身体能力強化のスキルを使って突っ込んだ──が。
「カカカカカカカカッ!」
鳴き声を上げるガイルランコル。
素早く身をくねらせると、その鋭い鉤爪がついた足で、魔力を纏わせた一撃を跳ね返した。
「おっも!?」
たった少し、撫でられただけ。
ただそれだけの一撃で、俺の体は簡単に宙を舞う。
「カカカカカカカカッ!」
鎌首をこちらに向け、ロックオンするような動作。
まずい、着地を狙って突進が来るッ!
「させるかッ!
ホーリーバレット!」
金色の魔力弾が腹部を狙う──が、しかしそれすらも前足の鉤爪により切り裂かれる。
「魔法を斬った!?」
なんとか受け身を取って着地しながら、その反応速度に舌鼓を打つ。
さすが双剣術レベル10といったところか。
しかし感心するのも束の間。
ガイルランコルはそのままこちらへ重心を傾け、2人まとめて轢き殺さんと突進する。
「回避ッ!」
寸でのところで回避する二人。
しかしそれだけでは不十分だった。
「グッ!?」
突進しながら、振り抜かれる鉤爪に、アレクが痛手を負ってしまったらしい。
俺は背が小さかったからなんとか当たらずに済んだが……。
奇跡を行使してアレクの傷を癒しながら、俺は頭をフル回転させる。
甲羅は硬い。
腹を狙おうにも、奴の鉤爪捌きはテクニカルで攻めあぐねる。
しかも遠距離攻撃持ちだから迂闊に距離も取れない……。
となると、作戦はこれしかないだろう。
「アレク!
私が気を引きます! その間に攻撃を!」
「わかったッ!」
それから戦闘は激しさを増した。
縦横無尽に駆け回り、奴の気を引くヒットアンドアウェイを繰り返し、アレクの重い一撃が腹部に当たるよう誘導を試みる。
しかし、現実はそう甘くはない。
ヒットアンドアウェイを繰り返すということは、少なくとも一合は剣を交えるのである。
そうするとその鋭い鉤爪をもろに食らうことも少なくなく、徐々に怪我は増えていく。
魔力消費なしで回復し続けられるとはいえ、回復速度にも限度があるし、治るとはいえ痛みはそれだけで動きを鈍らせるのに足りてしまう。
そしてその鈍りは、攻撃を仕掛ける手にも現れ、やがては隙を生む。
それは俺だけではなく、隙を狙って攻め込むアレクだって同様だった。
「斧がッ!?」
不意に、前足の関節を狙うアレクの重い戦斧が巻き上げられ、隙ができる。
ガイルランコルがそれを見逃さないはずはなく、飛ばされた斧に気を取られている彼に向けて、鋭い一撃が叩き込まれた。
「がはッ!?」
「アレグ──ぅッ!?」
返す太刀で、鋭い鉤爪が今度は俺の腹部に深々と突き刺さった。
「カハッ!?」
赤黒い液体が、思った以上の量が口から迸り、串刺しになる。
痛い。
熱い。
冷たい。
寒い。
一瞬が永遠に感じられるほどの苦痛が全身を支配し、視界が真っ白になる。
「カカカカカカカカッ!」
──だが、ここで諦めるわけにはいかないッ!
「ぬぉぉぉぉおおおお!!!!」
俺は歯を食いしばると、無理やり突き刺さった鉤爪から逃れると、奇跡が体を再生するのに任せて、気合いでショートソードを構え直した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ──」
(ここで真の力に覚醒する、とかなら非常に燃えるんだけど……現実はそう甘くはないんだよなぁ……)
特にここで新たなスキルが発現するわけでもない。
そんな伏線なんてかけらも踏んでこなかったから仕方ない。
だから戦い方を工夫しなきゃ。
スキルの使い方を工夫して、なんとか一撃を届けさせる!
「うおおおおお!!!!」
身体能力強化のスキルをフルに使い、再度ガイルランコルへと突進、鋭い鉤爪と剣を交え──瞬間的に強化範囲を圧縮、腕に集中することで、なんとかその鉤爪を跳ね上げる。
「スイッチ!」
「ぜやぁっ!」
空いた腹部に、アレクの黄金に輝く斧が滑り込む。
肉にめり込む黄金の斧。
血管が切れ、紫の体液が迸る。
しかし、まだ浅い。
さすが巨体を俊敏に動かせるだけあって、筋肉も相応についているのだろう。
しかしそんなことはこちらも承知の上である。
「斧を離してッ!」
「えっ!?」
アレクが困惑の顔を浮かべながらも手を離す。
直後、そこにショートソードの石突で、その斧のヘッドをさらに奥深くへと叩き込んだ。
もちろんただ叩き込んだだけじゃない。
身体能力強化によって局所的に出力の上がった筋力を、限界を超えてさらに強化し、さらに魔力剣スキルを応用して圧縮した魔力の塊を斧にぶつけたのである。
結果。
「カカカカカカカカッ!?」
ガイルランコルは悲鳴を上げながら大きく仰反るほどの威力を発揮した。
「やっぱり、外が硬いやつは中が柔らかい!」
魔力を圧縮して体内で爆発させる。
殻が硬いから衝撃が外に逃げずに体内で暴れ回る。
名付けるなら浸透勁と言ったところか。
そこにガウス加速機の要領でエネルギーの増幅を図ったわけである。
まだまだ改良の余地はありそうだけど、咄嗟の工夫にしてはなかなかいい線いってるんじゃないだろうか?
……が。
「これでも生き残るか……っ」
悔しそうに歯噛みするアレク。
流石に必殺の一撃とまではいかなかったが、しかしこれを何度も打ち込めば勝機はあるはずだ。
もがき苦しみ、のたうち回るガイルランコルをなんとか回避しながらアレクにそのことを告げてみる。
「確かにできればなんとかなるだろうが……できるのか、そんなこと!?」
「わかりません!
またなんとか隙を作らないと…….っ!」
とはいえ、さっきのはほとんどまぐれみたいなものだ。
ショートソードであの攻撃をパリィできたのは、あいつが油断していたからである。
ここからは警戒モードになるはず、そうなると容易には弾けないだろう。
「それなら、一つだけ策がある!
浄化の奇跡だ、あれをあの斧に向けてありったけ注ぎ込んでくれないか!?」
なんで、と聞いたところで説明をしている暇などない。
俺は二つ返事で了承すると、こちらに向かって突進してくるガイルランコルの腹部に埋まった斧に向けて、浄化の奇跡を放った。




