11 なんかパーティを組んだっぽい。
松明のあかりを片手に、ゴブリンの方へと駆け出した。
作戦なんてたいそうなものはない。
ただ、飛び道具相手のセオリーとして肉薄することは理にかなった選択だったからである。
「ッ!」
第二射が頬を掠めるのを無視してさらに一歩踏み込み──
「ギギッ!?」
怯むゴブリン。
第三射が明後日の方向に飛んでいくのと、重い物音から体勢を崩した様子が予測できた。
「ここだッ!」
床を滑らせるように松明を投げる。
利き手じゃないからコントロールが悪いかと思ったが、どうやら上手く足元の方に転がってくれたらしい。
(幸運補正ナイスッ!)
照らされる醜い緑色の体。
視認できるゴブリンの数は──3!
「一つ!」
弓を蹴り飛ばし、馬乗りになるような形で喉をナイフで潰す。
左右のゴブリンが慄いて下がるが、すかさず応戦すべく鉄剣と棍棒を振り下ろしてくる。
(それを予想しないと思ったかっての!)
首を突き刺した勢いのままゴブリンを飛び越えるように前転。
同士討ちをさせてゴブを1匹血の海に沈める。
ゴブがこちらを振り返った。
追撃する2匹。
これ以上逃げれば明かりがない分、暗闇に慣れていない俺の目では分が悪い。
自然、待ち構える形になる──が、それも突っ込んだ時点で織り込み済み。
振り抜かれる剣が松明の光で反射するのを目で追いつつ、パリィ。
ナイフの腹で滑らせるように石床に受け流すと、空いている方の手で腕を押さえ込み、背後に回り込みながら頸動脈を掻っ切る。
「二つ!」
「ギャフッ!?」
「ギャッ!?」
迸る血飛沫が、剣ゴブリンを挟んだ向かい側にいる棍棒ゴブリンの視界を奪う。
暴れる棍棒。
あの中に突っ込むのは非常に危険だ。
しかしあそこに重いものでも投げ込まなければ、あの動きを止められない。
それを用意していないわけがない。
先ほど首を切った剣ゴブリンの膝裏を蹴ってバランスを崩させ、暴れる棍棒ゴブリンに向かって全身の力を使って弾き飛ばす。
「ギャッ!?」
共倒れになるゴブリン。
うまい具合に怯んでくれたらしい。
俺はその幸運に感謝しながら、起きあがろうと踠く棍棒ゴブリンの眼窩にナイフを突き刺し──嫌な予感がして、ゴブリンの山に身を伏せた。
直後。
「あっぶねぇ!?」
危険察知スキルのおかげか。
間一髪、先ほどまで俺の頭があったあたりを、火の玉が駆け抜けていった。
(ゴブリン・メイジまでいるのかよ!?)
舌打ちしつつ、すでに息絶えた2匹のゴブリンを盾にして遠方を伺った。
(ちっ、見えねぇ……。
足音も聞こえないとなると、相当に頭が良さそうだな……)
足音は魔法で消してるか、それとも何かしらの装備の効果なのか。
どちらにしろこちらをまっすぐ狙ってきたことを考えると暗視系のスキルも持っているのは間違いないから厄介だ。
(まずいな。
これが暗視じゃなくてサーチなら逃げ切れないぞ)
どうするか。
頭を捻るが、良さそうな答えは思いつかない。
このまま伏せて、どこかへ行くのを待つか……いや、さっきの戦闘音を聞いて、他のゴブリンがやってくる可能性もある……。
どうする?
考えるが答えは出てこない。
このままでは確実に死ぬ。
すぐそこに感じる死神の気配に動悸が激しくなる。
思考が鈍化して、堂々巡りになる。
──と、そんな時だった。
「《ホーリーバレット》!」
背後から、聞き覚えのある声がして、銀色に輝く閃光が闇を切り裂いた。
「マーリン、こっち!」
不意に握られる手首。
松明の明かりに照らされるその顔は、赤い髪をした青年のものだった。
***
「危ないところだったね……」
先の戦闘現場からほど近い壁。
その裏にある隠し部屋に引き摺り込まれた俺は、松明の明かりに照らされる赤髪の青年になんとも言えない表情を返した。
助けに来たつもりが助けられてしまったという感覚は、なんというか、あまりこういう言葉を使うべきではないと頭ではわかっているが……屈辱的である。
「……助けてくれて、ありがとうございます」
先ほどの戦闘での緊張がまだ残っているのか、未だ鳴り止まぬ心臓の鼓動を落ち着かせながら頭を下げる。
「いや、こちらこそ来てくれて助かったよ。
しばらくすれば救援が来てくれる、とは思ってたけど……まさかマーリンがくるとはね」
苦い笑みには、いったいどんな意味が孕んでいるのか。
助けがこんな小さな子供でがっかりした?
それとも、子供に助けられるくらい、村の人たちに自分が情けなく感じられていると思っている?
真意はわからないが、きっとポジティブなものではないことだけは確かなのだろう。
答えの出ない考えは放棄して、先ほどから気になっていることについて尋ねることにする。
「アレク、ダンジョンから帰れなくなってた理由を聞いてもいいですか?」
彼がいたのは、ダンジョンの入り口からかなり近い場所だった。
地下一階に降りて、壁伝いに体感1時間ほど歩いたあたり。
部屋の中とか見てまわっていたから、そういうのを抜きにすればあの階段からこの辺りまでは10分も必要ないだろう。
そんな浅瀬の隠し部屋で、なぜ何日も滞在していたのだろうか?
「あー、実はさっきまでもっと下層にいたんだ。
でも、ちょっとトラップを踏んじゃってね、いろんなところをたらい回しにされてたのさ……」
言って、床を照らして見せるアレク。
見るとそこには、何やら複雑な刺繍がされたカーペットがあった。
(魔法陣の刺繍……下層……トラップ……もしかして──)
それらのキーワードから導き出される答えは、一つしかない。
「転移の罠?」
「ご名答。
これで結構いろんな階層を行ったり来たりさせられて、さっきようやく地表近くに出られたところなんだよ」
なるほど、と納得する。
しかしそれと同時にもう一つの疑問が湧く。
「どうしてここが地表近くだってわかるんです?」
転移の魔法陣で移動させまくられていたなら、今が何階層なのかわからなくなるはずだ。
それなのに彼は『もっと下層に』と言った。
一旦地上に出たのかと一瞬考えたが、それなら村に戻らず再度潜った理由がわからない。
食料とか、絶対尽きているはずなのに。
そういう意味を含んでの質問に、しかし彼は懐から懐中時計のようなものを取り出して見せ
「こいつを神父様から借りたのさ」
「それは?」
一見、ただのなんの装飾もないシンプルな懐中時計に見える。
大きさは彼の手のひらほど。
無骨な作りで、蓋には顔の入った太陽の彫刻がされている。
蓋を開くと、中は時計というよりは方位磁石のようだった。
ただ、そこにはN極やS極の文字はなくて、代わりに0〜10までのメモリが振られているだけである。
ちなみに現在、針は1のメモリを刺していた。
そんな不思議な道具に怪訝な顔をしていると、彼はニヤリと子供のような笑みを浮かべて口を開いた。
「深度計。
ダンジョンの魔力濃度から、おおよその階層を把握できる道具さ」
ずるい。
俺そんなのもらってないのに!
少しだけ嫉妬心を覚え、内心頬を膨らませる。
しかしそんな俺の様子など知らぬ顔。
アレクは子供のように深度計にどれだけ助けられたかを語り続ける。
まるで魔導具オタクみたいだな。
「まぁ、その話は一旦置いといて。
アレク、今お腹とかは空いてないですか?
あるいは、今どこか怪我をしてたりとか?」
かなり脱線した彼の話を、キリの良さそうなところでブチっと遮り、当初の救出というサブ任務をクリアする方向にシフトする。
ダンジョン攻略が目的だったが、彼を治療して仲間にした方が、この先の攻略もしやすいだろうと考えたのだ。
「いや、腹は減ってないかな。
食料は現地調達できてたし、怪我もこれと言って大したものはないぞ?」
「……現地調達?」
聞き捨てならない言葉に、思わず眉を顰める。
「あぁ。
下層の方に行くとトカゲ系の魔物がいるんだが、そういうのを殺して食べてたから、基本問題はないぞ?」
「バカなの!?」
思わず叫んでしまう。
トカゲを食べること自体に問題があるわけではない。
魔物を食べるということにもまあ目を瞑ろう。
問題は、何を食べているかよくわからない生き物を食べるということについてである。
「うぇ、そんなに怒ることか?」
ことの重大さに気がついていないのか、狼狽えるアレクに俺は『当たり前でしょうが!?』と肩を掴みながら叫ぶ。
「もしそのトカゲが毒を持ってたりしたらどうするんですか!
誰も来ないかもしれないダンジョンの下層で死体になんかなったりしたら、ゴブリンの食糧になって骨も見つからなくなってたかもしれないのに!
そしたら教会のみんなが……んーん、村のみんなが悲しむでしょ!?」
「うわっ、ちょっ、ごめんって!?
だって、俺も多少奇跡は使えるから、毒とか怪我とかは大丈夫だと思って──って痛っ!?
なんで殴るの!?
マウント、ちょっと、危ない!
のしかかかりながらポカポカしないで、思ったより威力あるからそれ!?
あと火が! 燃えちゃう! 危ないって!
あっづ!?」
閑話休題。
一通りアレクの無謀さに叱咤した俺は、一度落ち着くために息を整えた。
彼も、これからは無闇に知らない生き物を食べたりしないと誓ってくれたし、これ以上は勘弁してやろう。
「……それで、これからどうするんだ?」
揉み合ってる時にちょっと火傷してしまった彼の肘を治療しながら口を開く。
「そうですね……。
まずはこの部屋から出ないと始まりませんが……外は多分、仲間を呼んだゴブリンの仲間がたくさん、ってところでしょうか?」
「となると、2人だけで突破するのは厳しいか」
2人の視線が、自然と同じ方向を向く。
例の、転移罠のカーペットである。
「……ちなみに、それの行き先ってどこなんですか?」
「5階層の小部屋だな。
雰囲気はこことほぼ一緒だが、狼とトカゲの魔物が増える。
厄介なのは狼かな。
あいつ雷飛ばしてくるんだよなぁ。
狩るのが大変で、でも倒した後に食った肉は格別だった……」
そんなものよく食べようだなんて思うなぁ、なんてジト目を向けながら、小さくため息をつく。
これに関してはもう怒るのはやめよう。
それよりも、ここから先食料の心配をしなくて良くなったことに感謝しなければなるまい。
「わかりました。
では、そっちのルートで進みましょう。
これ以降の案内はお任せしてもいいですか?」
「まぁ、本当はマーリンだけでも帰って、みんなに無事を伝えて欲しかったが……こんな状況じゃ、帰るに帰れないしな」
苦笑いを浮かべるアレクに、ニヒルな笑みを返す。
こうして、俺たちは臨時のパーティを組んで攻略にあたることになった。




