後編
後編です。
このお話で完結となります。
強引な展開はご容赦ください。
後編
私は電車の車窓から流れていく景色を眺めながら考えていた。遠くに工業地帯の高い煙突が何本もそびえ立っている。煙突の先から黒い煙とともに赤い炎が見えている物もあった。そんな景色をぼんやりと眺めながら私は高杉さんの事を考えていた。
・・・あの事務所に長年勤めていた高杉さんが、私が気付いた事に気付かないわけはない そう、私なんかより遥かに内情に詳しく、元同僚さんの事だってよく知っている筈の高杉さんなら、すぐに気が付くのが当たり前だ ・・・
私は電車の吊り革に掴まり体を揺られながら、私が店を出るときに笑みを浮かべていたマスターの顔を思い出していた。今思うと、私を上手く誘導出来て、してやったりという顔に見える。
・・・みんな、本当は知っていたんだ 知っていて知らない振りをしていた 私をこうして自分の意思で外に出す為に ・・・
私は喫茶フリップの面々の顔を思い浮かべていた。マスター、高杉さん、中岡さん。みんなの優しい笑顔が浮かんでくる。
・・・そうか、そういう事だったんだ このメッセージの本当の意味はそこにあったんだ ・・・
私は眺めていた景色が滲んできたのに気付き、慌ててハンカチで目頭を押さえた。彼ら3人の顔が浮かんできて私の瞳から涙が溢れていた。きっと、彼らの計画はこうだったのだ。彼を亡くしてから引きこもりの私を少しでも外に出し慣れさせる事。前回の彼からのメッセージで私が好奇心旺盛な事を見抜き、それを利用して早く普通の生活に戻れるよう手助けしようとしたのだ。
・・・なんだよ、もう こんな手の込んだ事をして、私が気付かなかったら何にもならないじゃない ・・・
私は心の中で毒づきながらも、彼らの優しさに感謝していた。雨城さんが困っていたら力になってあげて下さい、と本郷さんに言われていたんですよ。マスターの言葉が頭に甦る。
私は乗り換え駅で電車を降りると、その駅ビルで何か買って帰ろうと思った。私はちゃんと気付きましたよ。心配してくれてありがとう。そういう思いを込めて、私は小さなオルゴールを購入してから再び帰りのローカル線に乗った。往くときに乗った時とは明らかに自分の気持ちが変化しているのが感じられる。私はオルゴールの小さな包みを持ち、暮れていく外の景色を眺めていた。
駅で電車を降りた私は駐輪場から自転車を出し喫茶フリップに向かってペダルを漕いでいた。喫茶フリップに近付くと道路に面した大きな窓から柔らかな灯りが漏れている。その灯りが私には非常に暖かいものに感じられた。
店の前で自転車を降りた私は、大きく息を吸ってドアを開ける。
「ただいまぁ 」
「おかえり 」
3人は一斉に私の顔を見てホッとしていた。何時も店内に流れているBGMも止まってしまっている。早く帰って来ないかと待ちわびている様子が手に取るように分かり私は思わす微笑んでいた。
私はいつものようにカウンターの端の席に腰を下ろし、買ってきたオルゴールの包みをカウンターに置き中の小さなオルゴールを取り出す。
「へぇ、オルゴール どうしたんだい? 」
不思議そうな顔をする3人の前で私はオルゴールのネジを巻いた。小さなオルゴールの旋律が店内に広がっていく。
「ああ、これは僕も好きな曲だ 」
プログレッシブロックしか聴かないと思っていた3人が揃って口にするが、私がメッセージの謎を解けたのか口にする人はいなかった。やはり、彼らは私が外に出て無事に笑顔で帰ってきた事の方に気持ちがいっていて、もうメッセージの謎なと頭になかったのだ。
・・・まったく、私は初めてお使いに出たお子様ですか ・・・
そう言いたかったが、私が出掛けた時よりも明るい表情になっていたのが嬉しかったのだろう。私も彼らのその嬉しそうな顔を見ると何も言えなかった。
「早く、空を飛べると良いですね 」
マスターがキリマンジャロを私の前に置きながら言う。オルゴールからは、スピッツの「空も飛べるはず」のメロディーが静かに流れていた。私の大好きな曲だ。私が空を飛べるのも、そう遠くない未来の気がする。私はにっこりと微笑みながらコーヒーを口に運んだ。
「みんな、ありがとう 」
私が頭を下げると、3人とも照れたように顔を逸らす。オルゴールの透明な音色が店内に流れ、私の心に染み込んでいた。
お読みくださりありがとうございます。
きっと、雨城ひばりが普通の生活を取り戻すのも、もうすぐそこだと思います。
ありがとうございました。