中編
中編です。
喫茶フリップで頭を悩ませる、ひばりたち。ひばりは、ある提案をする……。
中編
コーヒーをお代わりした私は、コーヒーの良い香りを思い切り吸い込んでから口に入れる。キリマンジャロの少し酸味のある味が腔内に染み渡る。やはり、喫茶店で飲むコーヒーというのは格別の味だ。美味しいコーヒーを飲みながら頭も使う。私は少し良い気分になっていた。
「普通、許せないというのは自分に対して何か不都合があった場合だよね 自分の仕事を邪魔されたとか 自分の好意を無にされたとか 」
中岡さんの言葉に私も、うんうんと頷く。
「高杉さん、誰か“にじ“に関係ある名前の方はいませんか? 」
私は中岡さんの言いたいことがすぐに分かった。もし、虹子さんという女性がいて、その虹子さんに元同僚の方が好意を寄せていたが、ひどい仕打ちをされてしまったとしたら、“にじのあくまゆるせない“と書いてしまうのではないだろうか。でも、高杉さんの答えは「そんな人はいないねぇ」だった。
「名字でも名前でも“虹“の付く人は居ないよ あだ名や呼び名でも“にじ“に関係ある人は居ないなぁ 私の周りで少し関係があるとすると“雨“の字が付く雨城さんくらいか 」
もちろん私は高杉さんの元同僚さんと面識がないし、事務所にだって行った事がない。
うーんと、みんな首を捻っていたが高杉さんが、急に顔を上げてみんなを見回す。
「申し訳ない もう、やめましょう 送ってきた本人も大した事ないと言っているし 別に事件でも何でもありませんから お騒がせしました 」
高杉さんはそう言うが、私は中途半端でモヤモヤしていた。
「あの、高杉さん 高杉さんが勤めていた会社の事務所の場所を教えてもらえませんか? 」
「えっ、会社の場所? どうして? 」
高杉さんは驚いて聞き返すが、私は真剣だった。
「私は名探偵のようにアームチェアデティクティブは出来ません それに刑事ドラマで現場100回なんていうじゃないですか だから、高杉さんの勤めていた会社を実際見てみれば何か分かるかも知れないなと 」
「でも、雨城さん 会社まで電車乗り継いで二時間はかかりますよ 」
「大丈夫ですよ 私は、ほら、時間はありますから 」
高杉さんは呆れたような顔をしたが、乗り換え駅と下車駅、そして、そこから会社までの地図を書いてくれた。
「それでは、行ってきます 」
「今から行くのかい? 」
「気を付けて下さいよ 雨城さん、電車乗るの久しぶりなんですから 」
「何か分かったら教えて下さい 待っていますよ 」
3人に見送られて店を出ようとした時、視界の外れでカウンターにいるマスターがニヤリと笑ったような気がしたが、振り向いてみるとみんなコーヒーを口に運んでいるところだった。
店を出た私は自転車に跨がり駅に向かう。そして、駅の駐輪場に自転車を止め、階段を上がり改札口に向かった。そこで、Suicaを出した私は残高が心配になった。
・・・最後にチャージしたの、何時だっけ? ・・・
私は券売機でSuicaにチャージすると残高は僅か530円だった。
・・・危ない危ない 高杉さんは片道で900円弱かかると言っていたから気付いて良かった ・・・
私はホッとしてホームまでの階段を下り、ちょうどやって来た電車に乗った。通勤にも帰宅にも外れた時間なので車内は空いていて席に座る事が出来た。電車に乗るのは本当に久しぶりだ。毎日、電車で通勤していた事が懐かしく思い出される。
電車で通勤していた頃は座れる事などなかったが、こうして座っているとついウトウトしてしまう。私は電車の大きな揺れでハッと目を覚ました。電車はポイント切り換えで進路を変え、乗り換え駅のホームに滑り込むところだった。
・・・いけない、乗り過ごすところだったよ ・・・
私は慌ててホームに降り、エスカレーターに乗り連絡通路を渡ると別のローカル線のホームに降りて行く。このローカル線は周辺に工業地帯が多くあるためか、この時間でも乗客も多く、私は吊り革に掴まって流れていく外の景色を眺めていた。
駅の東口から外に出た私は高杉さんに書いてもらった地図を頼りに歩き出す。線路沿いを歩いていると上り下り何本もの列車がすぐ横をゴォッと音を立てて走っていく。途中から道は住宅街の中に入りぐねぐねと進み、また線路沿いに出て、その突き当たりに高杉さんの会社があった。二階建ての小ぢんまりとした茶色いビルで、コンクリートの門には金属プレートに社名が彫られていた。
私は暫く会社の家屋を見つめながら、自分が仕事をしていた時の事を思い出していた。そんな私を気持ちの良い風が包み、すぐ横の複線の線路を格好の良い電車が走っていく。少しデザインが違うなと思ったら快速電車だった。6両の各駅停車よりも長い15両編成で走り去っていく。その時、私はハッと閃いた。
・・・そうか、そういう事なのかも ・・・
私は腕時計を見ると急いで駅までの道を歩き始めた。まだ、喫茶フリップの営業時間内に十分戻れる筈だ。私は自分の考えに確信をもっていた。
・・・そうだ、そうだよね 私だってイラッとすると思うもの ・・・
やはり私は名探偵にはなれないと実感した。高杉さんに聞いていた筈なのに、現地に来るまで気付きもしなかった。
・神経質で完璧主義者の元同僚さん
・社長肝いりの事業
・線路沿いの事務所
そう、おそらく“にじのあくま“とは“2時の悪魔“だと思い付いた。社長が参加しての店頭販売の会議中、おそらく書記を仰せつかっていた元同僚さんはボイスレコーダーで会議の内容を録音していたのだろう。私も書記を任命された時は、後で議事録に文字起こしするため、よくボイスレコーダーで会議の内容をそのまま録音していた。そして、その時ちょうど電車が走って来たのではないか。それも、各駅停車ではなく編成の長い快速電車が……。その時間が2時だったのだろう。列車の走行音で掻き消された録音データを聴いて、完璧主義者の元同僚さんは怒りに身を震わせたに違いない。思わずメッセージを送信してしまう程に……。
私は思わずスキップして線路沿いの道を駅に向かって歩いていた。その横を今度はまた違う電車が走っていく。8両編成の特急のようだった。早く戻ってみんなに知らせて上げよう。私は自然に笑みが浮かんでしまい、そのうち本当に笑い出していた。すっかり気分の良くなった私はホームからやって来た各駅停車に乗り込み車窓から外を眺めていた。しばらくすると、あの高杉さんの勤めていた事務所が窓の外に見えてくる。そこで私はまた別の事に気付いてしまった。
次回、完結です。
ひばりが気付いた事は何なのか?
考えてみてください。