前編
またまた趣味全開ですみません
今回はユーライア・ヒープで一番好きなアルバム「Demons And Wizards」を強引に採用(笑)
苦しい所は目を瞑って下さい
前編となります
前編
緑色に赤い文字で店名が書かれた看板の置かれた店の前に私は自転車を止めチェーンロックを掛ける。そして、茶色い古ぼけたドアを押した。カランカランとベルの音がする。店内に入るとコーヒーの良い香りと適度な音量のBGMが満ちていた。私は慣れたように左側のカウンターの端の席に腰かける。
「いらっしゃい、雨城さん 」
マスターがにっこりと微笑み、カウンターの奥に座った高杉さんとテーブル席に腰を降ろしている中岡さんも会釈してくれる。未だ引きこもり状態の私だが週に何度か、この喫茶フリップにだけは顔を出すようになっていた。ここで一杯のコーヒーを飲み、店内に流れるプログレッシブロックを聴く時間が少しずつ私の心を癒してくれている。そう感じていた。
「マスター、キリマンジャロ、お願いします 」
私はコーヒーを注文してから、そういえば何時もとお店の雰囲気が違うなと気が付いた。それは店内に流れるBGMだ。何時もは常連客の高杉さんと中岡さんのリクエスト、それにマスターの好みで店内に流れるBGMは“キング・クリムゾン“、“ピンク・フロイド“、“EL&P“そして、時々“イエス“といった感じなのだが、今日は違う音楽が流れている。今まで聴いた事のない音楽だった。
・・・この曲はなんだろう? ・・・
私は集中して聴いてみたが分からなかった。彼が残したCDを私もよく聴くようになって以前よりプログレッシブロックには詳しくなっていたが、今かかっている曲は聴いたことがないように感じた。なんとなくコーラスやハーモニーからオカルトっぽい雰囲気がある。アコースティックギターをかき鳴らし、彼が聴いていた様なプログレッシブロックとは違うような気がした。
「マスター、この曲は? 」
カウンターの中の椅子に座っていたマスターに私は声をかける。マスターも高杉さんも中岡さんも、私に気を遣ってくれて私が声をかけなければ向こうからは話しかけてこない。それが居心地の良さに繋がっていたが、私はこの時この未知の曲が気になりマスターに話しかけていた。
「これは“ユーライア・ヒープ“というバンドのアルバムだよ ハードロックや後にポップス調の曲を創ったりしたけど、このアルバム“悪魔と魔法使い“の頃はプログレッシブロックといってもいいのかも知れないね この後暫くはこの流れが続くんだよ 」
「へぇ、“ユーライア・ヒープ“ですか それに“悪魔と魔法使い“って凄いタイトルですね “天使と悪魔“とかなら納得ですが、なんで“魔法使い“なんでしょうね とにかく私、初めて聴きます 」
「うん、そうだね 本郷さんはあまり好きではなかったようだからね 雨城さんが聴いた事ないのも頷けるよ 」
「それで今日はどうしてこのアルバムを流しているんですか? 」
「すまんすまん 雨城さん、好きなアルバム、リクエストしていいよ もう私は十分聴いたから 」
カウンターの奥の席から高杉さんが声を上げる。どうやら高杉さんがリクエストして、このアルバムをかけていたようだ。
「えっ、ごめんなさい 別に嫌じゃありませんので大丈夫です 高杉さん、何時もは“エマーソン・レイク&パーマー“ばかりリクエストするのに珍しいですね 」
「いやあ、このアルバムを聴けば何か分かるかと思ったのでね 」
「えっ、何かあるんですか? 」
高杉さんはカウンター席から立ち上がると、私の前に自分のスマートフォンを置いた。その画面にはメッセージアプリが立ち上がっていて、その中に謎の言葉が受信されていた。
「にじのあくま、ゆるせない(*`ω´*) 」
私は思わず声に出して読んでいた。
「何ですか? にじのあくまって 」
私は高杉さんに尋ねるが、高杉さんも首をひねる。
「私もさっぱり分からなくてね これを送ってきた元同僚に電話してみたんだよ そうしたら送信した事すら忘れていて、たいした事じゃないと思うから気にしないでくれ、と言うんだ 」
「でも顔文字まで付けて、相当怒っているようですけど 」
「そうだろう 私も気になってね それでコーヒーでも飲みながら落ち着いて考えようとここに来たんだ それで、マスターにこのメッセージを見せたら、マスターが“にじのあくま“ならこれが関係あるんじゃないかとレコードをかけてくれたんだよ 」
「この“悪魔と魔法使い“というアルバムの中に“レインボーデーモン“という曲があるんだよ 」
マスターの説明に私は、そういえばさっきかかっていた曲の中でレインボーデーモンと歌っていたのを憶えていた。
・・・レインボーデーモン、虹の悪魔か でも何の意味があるの? ・・・
私の頭では何も思いつかない。
「その曲の中に何か許せないと思うような歌詞があるんですかね? 」
私は先日の“太陽と戦慄“のようにタイトルや歌詞に何か意味があるのではと考えマスターに訊いてみた。
「いや、何もないね 許せないと思われるような描写もないしね 」
「そのオカルトっぽい雰囲気が許せないんじゃないですか? 」
それまでテーブル席にいた中岡さんもカウンター席にやって来て言う。
「そう、本郷さんもあの雰囲気が好きではないと言っていたね 」
マスターが私の顔を見ながら言うが、私は今聴いた限りではこのバンドが別に嫌いではなかった。
「でもそれなら、にじのあくま許せないではなくて、ユーライア・ヒープ許せないとバンド名を書きません 」
私は額に手を当て考えながら言うと中岡さんも、そうだね、それにその場合は“許せない“と書くより普通に“嫌い“と書くよねと首を振る。
「その元同僚さんはどんな方何ですか? 」
中岡さんが高杉さんに尋ねる。高杉さん自身はもう退職しているそうだが、以前は洋菓子の販売会社に勤務していたそうだ。ケーキやスイーツ等を製造元から仕入れ、それを小売店や飲食店に卸したり店頭で販売したりする。店頭で販売と云っても、店舗があるわけではなく地域のイベントやホームセンター等に出店して販売するという形だそうだ。この出店販売は社長の肝いりで、よく会議が開かれ、社長が熱い思いを語っているそうだ。この会議の議事録も必ず目を通すよう厳命されているらしい。
事務所は駅から徒歩20分程の線路沿いにあり、そこでその店頭販売部門に所属していたという。メッセージを送ってきた元同僚の方も同じ部署の所属だそうだ。
「わりと神経質な男でね 完璧主義なところもあって気難しいけど、いい奴だったよ 」
そんな元同僚さんが、ゆるせないというのはどんな場合なのだろう?私たちも高杉さん同様頭を悩ませていた。
お読みくださりありがとうございます
勘のいい方は、この前編で解ってしまうかも知れませんね
ご感想いただけると幸いです
よろしくお願いいたします